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ホムンクルスの箱庭  作者: 日向みずき
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ホムンクルスの箱庭 第5話 第5章『氷晶の眠り姫』 ①

今回と次回は蒼ちゃんはヤンデレで紅音はヤンデルと思います(ノ´∀`*)

「フィーア!!」


 時を同じくして、ツヴァイとフィーアの2人もどこかの部屋の空中に放り出されていた。

 ツヴァイは落ちていく途中で、フィーアの足に撒きついている触手を空間ごと切断する。

 そして、落下の衝撃を抑えるために下に自分の空間を形成した。

 見えない空間にクッションのように受け止められた2人は、傷を負うことなく地面に降りる。


「蒼ちゃん、ありがとう・・・ごめんね?」


「大丈夫だよ。君を守れてよかった。」


 互いの無事を確認しあうと、2人は手を取って立ち上がる。

 そこは、氷の結晶で出来た部屋だった。

 水晶のような氷に包まれたその部屋を見渡したツヴァイが目を細めて呟く。


「向こうから会わせてくれるなんて、いったい・・・どういうつもりなんだろうね。」


 つられるようにフィーアが視線を送った先、そこにはひときわ大きな氷の結晶が存在した。


 そして、その中に・・・


「紅音・・・」


 フィーアとまったく同じ姿をした女性がいる。

 氷晶の中で眠る彼女は、さながら眠り姫といったところだろうか。

 閉じられた瞳が開くことはなく、彼女はただ静かにそこに在った。


「どういうつもりか分からないけど、会わせてくれるというのなら、すぐにでも助けだしてみせる。」


 ツヴァイがフィーアの手を引いて、そちらに近づこうとした時だった。


『ああ・・・蒼ちゃん、来てくれたんだね?』


 氷晶の中の人影は動かないまま、声だけが2人に聞こえてきた。

 おそらくは、紅音の能力で直接こちらの心に触れてきているのだろう。


「ああ、紅音、迎えに来たよ。」


 愛しそうにかけられたツヴァイの声には答えず、紅音の言葉はフィーアに向けられる。


「フィーア・・・あなたには蒼ちゃんを幸せにするようにって、ここには絶対に戻ってくるなって言い聞かせておいたはずなのに。」


「あう・・・」


 責めるようなその言葉に、フィーアは思わずツヴァイの後ろに隠れてしまう。


「違うよ、僕が君を助けるためにフィーアを連れてここに来たんだ。」


 フィーアを庇うようなその言葉に、紅音の悲しげな声が聞こえてくる。


「ダメだよ蒼ちゃん。私はもう蒼ちゃんのところには戻れない。

 能力を使って子供たちの本当の声が聞こえないふりをして、私は蒼ちゃんに希望を渡しているつもりで、実際は絶望を押しつけていただけだったんだから。」


「紅音・・・?何を言っているんだい?」


 何かに絶望しているような雰囲気の彼女に、ツヴァイがいぶかしげな表情を浮かべながらも問いかける。


「そっか・・・蒼ちゃんがそれを知らないってことは、その部分だけはフィーアはちゃんと隠せたんだね?」


「教えて・・・もらえるかな?」


「うん、いいよ・・・蒼ちゃんが私を諦めるために教えてあげる。

 私は蒼ちゃんが助かるならもう何でもよかった。

 手段も方法も選ばなかった。紅牙おにいちゃんの記憶に触れた時に、見たのでしょう?

 私の能力で子供たちが命を奪われ形を失って行く姿を。

 蒼ちゃん、私はね?ずーっと、あれと同じことを繰り返してきたの。」


 それは衝撃的な言葉だった。

 おそらく、その事実を知っていたはずのフィーアでさえ小さく息をのむ。

 そのことに気付いたツヴァイは、そっとフィーアの肩を抱いて紅音の言葉に耳を傾けた。


「人の精神に干渉する力を使って、子供たちに蒼ちゃんのためにって言い聞かせて・・・子供たちは皆、良い子だったよ?

 ツヴァイおにいちゃんのためにがんばるって・・・。

 私は、そうやって子供たちを術式の糧にして、蒼ちゃんの薬を作り続けた。」


 自分に与えられていた薬、それが普通とは違う物だということはツヴァイも理解はしていた。

 紅音がいなくなった頃から、クリストフとジョセフィーヌからの薬の供給が減って行ったこと。

 それは、自分たちに賢者の石を完成させる方法を見つけさせるためだと思っていた。

 だが、実際のところは紅音がいなくなったために薬を作ることができなくなってしまい、本当に薬の供給が追い付かなくなっていたのだろう。


 今考えれば、不自然なことはいくつでもあった。

 当時は紅音を取り戻すことばかりに必死で、それに気付くことなどできなかったが。

 話し続ける紅音の声は、今にも泣きだしそうだった。

 それでも、何も言わずにツヴァイは彼女の言葉に耳を傾け続ける。


「私はずっと、子供たちの本当の声を聞こえないことにして術式に食わせてきた・・・ううん、殺してきたの。

 でも、紅牙おにいちゃんに捕まった時に見えちゃったんだ。お兄ちゃんの中に在るたくさんの絶望の姿を。

 それを見た時に私はようやく気付いた。私が殺してきた子供たちも本当はこんなにたくさんの絶望を抱えて、死んでいったんだって。」


 紅牙の意識に触れた際に流れ込んできた絶望。

 それに抵抗できなかった彼女は、紅牙と同じく絶望に心を支配されてしまったということなのだろう。


「ねえ?蒼ちゃんにも聞こえるでしょう。

 子供たちの叫び声が・・・助けてって、苦しいって、殺さないでって。

 こんなにたくさんの絶望を抱えたまま、蒼ちゃんの傍にいることなんてできない。

 でも、蒼ちゃんは私がいないとさびしいんだよね?

 だから、私の代わりにフィーアを連れていって。

 その子は汚れる前の・・・絶望を知る前の私。

 ただ純粋に、蒼ちゃんのことを思っていられた頃の私の姿だから。」


 紅音が伝えた言葉に対して真っ先に反論したのは、ツヴァイではなくフィーアだった。

 フィーアは隠れていたツヴァイの後ろからそっと出てくると、はっきりとした口調で自分の思いを伝える。


「それは・・・違うと思う。

 確かに私は旅を始めた頃は何も知らなかった。ううん、知らないふりをすることができた。

 蒼ちゃんに、皆に甘えて自分が嫌なものは見えないふりをしようとしたの。

 でもそれじゃ駄目だって・・・逃げてるだけじゃ誰も幸せになれないって、蒼ちゃんと皆が教えてくれた。」


 それを聞いた紅音の声色が、微かに変わった。


「そう・・・フィーア、あなたも絶望を知ってしまったんだ?

 だったら消さないと・・・もう一度作り直して、蒼ちゃんの傍にいるのにふさわしい私にしなきゃ。」


 そして、眠り姫はゆっくりとその瞳を開いたかと思うと、氷の結晶から出てきた。

 地面にふわっと降り立つと、紅音はツヴァイを見てにこっと笑ってみせる。


「そっか・・・紅音?」


「なあに、蒼ちゃん。」


「言いたいことは、それで全部かな?君が抱え込んできた苦しみは、それで全部かい?」


 優しく微笑みかけるツヴァイに、紅音は嬉しそうに微笑む。


「苦しくなんかないよ。私は大丈夫・・・私が全部持って行ってあげるから。」


「そうか、君は僕の幸せを考えて・・・フィーアを僕のところに来させた。

 そして、今もそのために動こうとしてくれているんだね?」


「だって・・・蒼ちゃんの幸せが私の幸せだもの。」


「なるほどな・・・だとしたらよかった。

 分かりやすい話で。

 僕はね紅音、何も知らない純粋なだけの君に傍にいてほしいわけじゃないんだ。」


 ツヴァイにかけられた言葉に、紅音は不思議そうに首をかしげる。


「僕が傍にいてほしいのは・・・僕が欲しいのは全てを含めた君。

 子供たちを殺したとか、僕を助けるために糧にしてきたとか。

 きっと優しい男ならこう言うんじゃないかな?

 僕のためにしてくれたことなんだから、全然気にしなくていいんだよって。」


 くすっと笑って、ツヴァイは紅音に語り続ける。


「でも、僕はそんなことには興味ないんだ。

 ただ重要なのは、君がその苦しみを抱えて生きて行くとして、僕がその隣にいられるかどうか。

 いや、僕が傍にいたいから、どうしたらいいかっていうことだけなんだ。」


 ゆっくりとツヴァイが紅音に向かって歩みを進める。

 紅音はその場から動こうとはせず、それを眺めていた。


「まずはそうだな。

 君自身・・・全てを合わせた君自身と話せるようにしようか?

 そうじゃないと会話にならないし、なにより君の中に異物が入っている気がするから。

 それを取り除いてあげないと。」


 ツヴァイの言葉に明るく笑うと、紅音は会話になっていない返答をする。


「フフ、そうだよね。フィーアは消さなきゃいけないもんね。」


「そうだね、余分なものは消さないといけない。おいで紅音、受け止めてあげる。」


 ツヴァイが紅音に向かって手を伸ばす。

 しかし、彼女がその手を取ることはなかった。


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