ホムンクルスの箱庭 第5話 第4章『孤高の竜騎士』 ②
「アハト・・・」
ソフィはその行動を見て一瞬止めようとしたものの、それ以上は何も言わなかった。
互いの距離が間合いに入った時点で、竜騎士は無造作にアハトに向かって斬りかかってくる。
「させないっ!!」
すぐにソフィが魔法を展開し、現れた風の障壁が振り下ろされた光の剣をはじく。
「アルバート、しっかりしろ!」
それには答えることなく、竜騎士は伸ばした手でアハトの首を掴んで宙吊りにした。
「く・・・こいつは!?」
アハトが視線を竜騎士の背後に移すと、背中から白い木の根のような触手が何本も生えているのが見える。
「なるほど・・・な。」
おそらくはヌルが、意識のないアルバートを触手で操っているのだろう。
そう判断したアハトは即座にマントの中からグレネードを取り出すと、竜騎士の身体に叩きつけた。
爆発で緩んだ手から逃れて離脱すると、一定の距離を取る。
「どうなの?」
その隣にソフィが駆け寄った。
「ああ、ヌルの触手で動かされてる感じだな。」
「場所は・・・背部?」
「ああ、背中だな。俺はアルバートを叩き起こしてくるから、おまえはその援護を頼む。」
「ええ、分かったわ。」
ソフィをその場に残して、アハトは再び竜騎士と距離を詰めた。
この様子からすると、意識のない今の状態で相手が使える武装は光の剣だけらしい。
斥力場装置を発動させて突っ込んでくる竜騎士は、先ほどよりも早い動きで迫ってくる。
「ふ・・・いつものおまえと比べれば随分と遅いな。」
にやりと笑うと、アハトは斬りつけてくる攻撃に対し寸前のところで横に逃げる。
地面がじゅっと音を立てて砕けた。
その隙にアハトは横から回り込み、竜騎士の顔面に向かって右ストレートで突っ込んだ。
拳で殴りかかってくることは想定していなかったのか、思っていた以上に綺麗にその拳が決まり、顔を覆っている仮面にビシっと亀裂が走る。
「嘘・・・!?」
後ろからその様子を見ていたソフィからしても、それは驚くべき光景だった。
アハトはただの錬金術師だ。
その拳が生体金属を砕くことは、理論上どう考えてもあり得ない。
だが、そんなことを考える間もなく、振り払うような横なぎの一閃がアハトの胴を掠めた。
「アハトっ!!」
吹き飛ばされたアハトは空中で何とか体勢を立て直し、床にザザっと着地する。
致命傷とはいかないが、斬られた部分からは血がにじんでいる。
「ちくしょう・・・後もうちょっとな気がするんだが、これじゃ足りない。」
放物線を描くようにアハトがグレネードを放つが、さすがにそれは竜騎士自身が光の剣で切り裂いた。
グレネードは空中で爆発し辺りに煙が充満する。
「かかったな!!」
それがわかっていたというように、再びアハトがその煙を目くらましに竜騎士に殴りかかる。
爆発で視界を奪われていた竜騎士は、その拳を再びまともに喰らった。
亀裂の入っていた仮面の半分が、パキィンという澄んだ音と共に砕け散る。
仮面の下にはまだ意識を失っているのか、目をつぶったままのアルバートの顔があった。
「ったく、寝ぼすけ野郎が!起きやがれ!!」
その言葉が届くことはなく、光の剣がアハトの身体を斬りつけた。
「ぐ・・・っ!!」
アハトはまたもぎりぎりで避けてダメージをを最小限に食い止めると、竜騎士の腕の間から飛び込んでそのまま頭突きを喰らわせた。
今度こそ、顔を覆っていた仮面が完全に砕ける。
だが、相手もそう何回も同じような攻撃で怯むわけもなく、下に降りたアハトを光の剣でなぎ払った。
その攻撃を避けきることが出来ず、今度こそアハトは地面を数回転がるようにして吹き飛ぶ。
「アハトーっ!!」
風の障壁は張られていたが、今の攻撃はさすがのアハトもひとたまりもないだろう。
ソフィが駆け寄ろうとするよりも早く、竜騎士が距離を詰め光の剣を振り下ろそうとした。
「く・・・馬鹿野郎!!あの人の墓を血で染める気か!?」
アハトの後ろには、アルバートが愛した女性の墓がある。
自分が斬られることよりもアルバートが彼女の墓を汚すこと、そのことが許せずにアハトが叫んだ。
すると・・・
ギギギ・・・という軋むような音と共に振り下ろそうとした腕が止まった。
その隙にアハトとアルバートの間に割り込んだソフィが、添えられていた葵の花を差し出す。
「しっかりして、ノイン・・・いいえ、アルバート!
思い出して!!あなたが守ろうとしたものはいったい何だったの!?」
「いい加減目を覚ませアルバート!!
いつまでもそんな触手に操られてるおまえじゃないだろう!」
無理やりに立ち上がったアハトが、ソフィを守るように前に立つ。
「あの時・・・約束しただろう?
俺は家族を探す方法を見つけて、おまえが家族を助ける方法を見つける。
俺は連れて帰る家族を見つけに来た・・・それにはおまえも含まれているんだからな。」
ぴくっとアルバートの手が震えたかと思うと。
「ああ・・・そうだったな。」
振り上げられていた腕が、ゆっくりと下ろされた。
その声の主は、ゆっくりと目を開いてアハトとソフィを見つめる。
「まさか・・・おまえに助けられることになろうとはな。」
にやりと笑みを浮かべた後、アルバートは光の剣を使って自身をつないでいる触手を切り払った。
「やっと起きたか・・・」
「おまえに何回も殴られたおかげで、せっかく見ていた彼女の夢から覚まさせられてしまった。なあ、アハト・・・」
「ああ。」
無事に帰ってきたアルバートに対して、アハトが満足そうに頷く。
しかし・・・
「よくも何度も殴ってくれたなっ!!」
穏やかな表情で笑ったアルバートが、アハトに殴りかかった。
「ぐふう・・・っ!き、貴様、俺は傷を負ってるんだぞ!?しかも、おまえばっかり幸せな夢に見やがって!!」
殴られたアハトも、再びアルバートに殴りかかる。
子供のように取っ組み合いのけんかを始める大人二人を眺めて、ため息をつきつつソフィは呟いた。
「錬金術師ってなんだったのかしらね。」
拳で語り合う2人をじと目で見つつ、ソフィはお墓の前で手を合わせる。
「ごめんなさいね、騒がしくて・・・まあ、昔から2人を知っているあなたには、慣れっこなのかもしれないけれど。」
それに応えるように吹き込んだ風が、葵の花を小さく揺らした。
「さてと・・・2人とも殴り合いは後にしなさい。」
「ぬう・・・」
「ち、命拾いしやがったな。」
「おまえこそ彼女に救われたな!」
ソフィに叱咤されると、さすがの2人も喧嘩を止めて大人しくなった。
「命拾いといえばアルバート、お前どうして生きているんだ?」
「やれやれ、死ぬなと言っておきながらなんだその言い草は。
私の身体はアルケンガーと同じように、生体金属で出来ているからな。
重要な部分を破壊されない限りは、自己修復することが出来る。
ただ、本当の意味でヌルに取り込まれていたなら助からなかったはずだ。」
「まさか・・・ヌルがお前を生かしたってことか?」
「さて、私はそうであると信じたいが。」
「なるほどな・・・ならその真実を確かめに行く前に。
ほら、出発の前に挨拶くらいしておけよ。この花のおかげで、おまえの目が覚めたんだからな。」
「その通りだ。」
乱れてしまった花を添え直すと、アルバートは墓標に祈りをささげる。
「それじゃあアルバート、家族を助けに行こうじゃないか。」
「そうだな私たちはずっとそのようにやってきたんだからな。そろそろ、最後の締めと行こうか。」
スッと立ち上がると、アルバートはアハトに向かって真剣な表情で言った。
「オーベル・・・助かったぞ。」
「なあに、お互い様だろう。」
数年前の事故の時、本来であれば死んでいたはずのアハトに新たな命を与えたのはアルバートだった。
その時の恩を、今、ようやく返すことが出来たのだ。
「そうだったな。」
互いの背中をたたき合った後、アルバートはもう一度墓標を振り返る。
「行ってくるよ葵さん。今度こそ、子供たちを幸せにするために。」
そして、葵の花を一つ手に取り胸元に飾った。
「どうか、一緒に見守っていてくれ。」
立ちあがってアハトとソフィを振り返ると、孤高の竜騎士は今度こそ家族の元に行くために歩き出した。
おかえり、アルバートさん(`・ω・´)
PC間で大人気のアルバートさん。
なぜかアハトの中身の人のせいでアルバート→あるばっちゃ→ばちゃえもんと名前が進化しました(´・ω・`)