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ホムンクルスの箱庭  作者: 日向みずき
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ホムンクルスの箱庭 第1話 第3章『双頭の竜』 ⑤

※6月3日に文章の整理をしました。


「ありがとう兄さんたち、これで作戦が立てられそうだ。」


「それならよかったよ!」


 無事に村に戻ったアインたちは、さっそく竜のねぐらを発見したことを伝えた。

 あの大きな身体を休ませるには、狭い森の中では不十分なのだろう。

 山の中腹にある竜のねぐらは、周囲が森に囲まれて見つかりにくい場所にあるのだが、巣になっている部分は地面がむき出しになり、大きな岩がごろごろしているもののそれなりの広さがあった。

 炎のブレスのことを考えると、あの場所で戦うことが出来れば、山への被害や類焼を格段に抑えられるはずだ。

 

 2人が少年と戻ってきたときには村の方もちょうど準備が終わっており、作戦を手伝うことになった村の男たちも含め村長の家に集まって作戦会議をしていた。


「山の中腹っていうのは都合がいい。上部に仕掛けを作って落石で攻撃しよう。」


「でも、落石くらいで竜が死ぬのかな?」


 少年の疑問にツヴァイは首を横に振る。


「いや、倒すことはできないよ。ただ、奇襲としてはこの上なく有効だ。

 いきなり攻撃されれば驚くか逆上するか、その瞬間は冷静な判断が出来なくなる。

 少なくともまともにけしかけるよりは、こちらが有利になるんだ。」


「逆上して突っ込んでくるならいいが、炎を吐いてきたらどうする?」


 アハトのその質問には、ソフィがすぐに提案をした。


「それなら、私の種族魔法で多少なりとも威力を削いだり、逸らしたりは出来るかもしれないわ。」


 シルフである彼女が操る種族魔法は『風』を利用したものだ。

 彼女が使える魔法の種類は攻撃にこそ向かないが、相手を守ることに特化している。


「強風で火の勢いを抑えたり、ある程度なら風の防壁で防ぐこともできる。」


「確かに、それはかなり助かるな。」


「私は氷魔法で火が広がるのを抑えられると思う。燃えたら凍らせればいいよね?」


「山火事になったら戦うどころじゃないからな。

 なるほど、ならばそこはソフィとフィーアに任せるか。」


「は~い!」


「わかったわ。」

 

 フィーアは元気よく、ソフィはあっさりと頷いて了承する。


「皆さんは竜に落石で攻撃する役をお願いします。竜との直接対決は僕たちがしますので。」


「し、しかしよう・・・攻撃した後、こっちに飛んできたらどうする?」


 村人の一人がおずおずと進言したのに対して、ツヴァイは否定することなく頷いた。


「そうですね、最初の攻撃で翼に損傷が与えられればいいのですが、それだけでは不安だと思います。

 なのであなた方と同時に、僕たちが仕掛けてこちらに気を引きます。」


「それでも飛んで来たら?」


「えっとね、飛ぶのは・・・私が魔法で何とかできるかも。」


 それでも不安そうに尋ねる村人に、フィーアがニコッと笑ってそう答える。


「そ、そうか・・・お嬢ちゃんがそう言うなら大丈夫かもしれないな!」


「ああ、直接戦うわけじゃないんだ。

 岩さえ落とせば、あとは逃げるなりなんなりすればいいだろ。」


 笑いかけられた村人たちは少し落ち着いたのか、表情が柔らかくなった。

 フィーアの笑顔には、不思議と相手を落ち着かせるような雰囲気がある。


「そうか、それならフィーアに頼んでもいいかい?」


 そんな村人とフィーアの間に入るようにして、ツヴァイが笑顔でそう言った。


「うん♪」


 ツヴァイに頼まれたのがうれしかったのか、フィーアはご機嫌で頷いて、クマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。

 村人の何人かは不安そうにしていたが、彼女の実力を知っているアインとアハトとソフィの3人は任せることで異存はないのか、ツヴァイが確認のために視線を送ると同意するように頷いた。


「兄さん。」


「ああ。」


 ツヴァイに言われると、アインは代表するように前に立つ。

 作戦を練っているのはツヴァイだが、実際に前に立って戦うのはアインになるだろう。

 ならば、指揮を執るのは自分よりもアインのほうが向いているとツヴァイは考えたようだ。


「皆さん、共に竜を倒しましょう!

 僕たちが前に立って戦いますが、皆さんの協力は不可欠です。

 どうか僕たちに力を貸してください!」


「俺たちも一緒に戦うよ兄ちゃん!」


「皆の者、共に戦う時だ。

 わしらは非力じゃ、だがこの方々の知恵と力を借りれば、村を守ることもできよう。」


 未だ戸惑いを隠せない他の村人たちも、村長の一言でようやく覚悟を決めたようだ。

 互いに頷きあい、人々は村長の家を出発した。




 5人は少年と共に森に潜むことにした。

 茂みの中から身を低くして竜の様子を眺めると、明け方であるにもかかわらず竜の目が赤く光っているのが見える。

 どうやら、まだ眠っていないようだ。

 竜が寝入ったことを確認してから少年が大人たちにそれを伝え、仕掛けを発動するのと同時に竜に攻撃を開始する手はずだ。

 一足先に山を登り、竜のねぐらの上部に当たる場所に罠を仕掛けて来たので、他の村人たちはそちらで待機している。


 出がけに・・・


「いいか?おまえたち、俺の愛するグレネードだからな、心して使うんだぞ。」


 崖の大岩にグレネードを仕掛けたアハトが、グレネードに対して子供を見送る親のような真剣な口調で言って村人たちが戸惑っていたが、最終的に伝えたことは、ピンを引いて逃げろというとても単純なものだったので、失敗する可能性は少ないだろう。

 他にも村で作ってきた積んだ石を一斉に落とす装置を設置済みだ。


「ツヴァイ、あの竜について何かわかる?」


 ソフィが尋ねると、竜を観察しながらツヴァイはこう答える。


「昼間、死んでいた人たちの中に、血色がかなり悪くなってた人がいただろう?

 あれは毒の中毒症状で窒息死して、チアノーゼでああなってしまったんだ。

 おそらく、牙か爪には毒があるはず。」


「なあに、当たらなければどうということはない。」


「それフラグだからね!?とりあえず、応急処置なら出来るわよ。」


 それっぽいことを言うアハトに、ソフィは律儀に突っ込みを入れる。


「そうだね、そこはソフィにお願いするよ。

 あとは双頭の竜だから、どちらの頭も攻撃してくるだろう。

 片方に気を取られて油断しないように。

 図体が大きいから、動きはそこまで素早くないはずだ。」

 

「アハト、グレネードはいくつ仕掛けたの?」


「全部で3つだ。」


「了解、じゃあ、あんたの手元にあるのはあと5つってことね。」


 ソフィとアハトが互いにそんな確認をしながら竜が眠るのを待っていた時だった。


「くちゅんっ!」


 フィーアが小さなくしゃみをしたのだが、それが夜の森に思った以上に響き渡る。

 竜はその音に気付いたのか、重そうに片方の頭を持ち上げた。

 同時に、近くの樹から鳥が数羽飛んで行く。

 それを見届けてから、竜はまた頭をおろして眠る態勢に入る。


「き・・・貴様!今度やったらころすぞ・・・」


 よほど怖かったのか、領主軍のリーダーがかなりの小声で言った。

 5人と村人たちが動き出したことに気付いた彼らは、まさにこれから竜を倒しに行くところだったというように登場して合流したのだ。

 彼らは5人と少年がいる場所よりもさらに奥の茂みに、バリスタを構えて待機していた。

 まあ、そんなことは5人にとっては割とどうでもいいことなので、放っておくことにしたのだが。


「フィーア、寒いの?大丈夫?」


「ううん、ツヴァイがぎゅってしてくれてるからあったかい。」


「そうか、それならよかった。」


 その声が聞こえているのかいないのか、ツヴァイとフィーアは互いに寄り添いながら平和な会話をしている。




 それからさらに数十分後の出来事だった。

 あまりにも静かだった森の中に。


ドーンっ!!


 という、がけ崩れかと思うほど大きな音が響き渡った。


「あ・・・ご、ごめん。」


 どうやら待つことに耐えられなくなったアインが、うっかりと近くの樹に拳を叩きつけてしまったらしい。

 これにはさすがに全員が顔色を変えた。

 竜が2つの首を持ち上げて、辺りを見回しているのがわかる。

 このまま戦闘に入るのではないか、そんな緊張した空気が辺りを包み込んだ時だ。


「わ、わおーん・・・」


 アインが遠吠えをした。

 そんなんでごまかされるわけがないだろうと、誰もが突っ込みを入れたいのに入れられないまま沈黙していると。

 なんだ狼かといわんばかりに竜が頭をおろしてまた眠り始めた。


「き、貴様ら・・・本当に協力する気があるのかっ!」


 わなわなとしながら震え声で突っ込みを入れたリーダーの言葉には誰も答えなかったが、今のは本当に危なかったと誰もが深いため息をつく。

 そんなちょっとした事件を乗り越えつつ、一行が再び息をひそめていると。


「寝たようだな。」


 ようやくドラゴンの寝床から、規則正しい寝息が聞こえてくる。


「兄ちゃん、それじゃあ俺、行ってくるよ。」


「ああ!頼んだぞ。」


 がしっとお互いに手を握ってから、少年はその場から離れて上で待っている村人たちの方へと走った。

 緊張した雰囲気の中、罠の発動を待っていると山の輪郭をなぞるように光が差してくる。

 もうすぐ、夜が明ける。

 空気が張り詰めるような、戦いの前の独特の雰囲気が辺りを支配していた。


 そして、最初の光が山の頂から見えた頃。

 何かが2回爆発する音がして、竜の寝床の上部の崖が崩れた。

 村人たちが約束通りに仕掛けを発動してくれた証拠だった。

 突如降り注いできた岩とがれきを避けようと、竜が飛び立とうとしたが。


ギャオオオ!!


 ほんの数メートル飛び上がった瞬間に、透明な蜘蛛の巣のようなものがドラゴンを捕らえた。

 それはフィーアが事前に張っておいた魔法によるもので、地面に落ちたドラゴンの翼に絡みつき見る間に片翼を凍り付かせる。

 竜は飛び立つことができないまま、落石による傷を負った。


「僕が前に出るよ!!」


 言うが早いか、アインが背中の刀を抜き放って前に飛び出した。

 それに気づいた竜が双方の首を上げて威嚇するように翼を羽ばたかせると、すごい勢いで地面を走り突進してくる。


 しかし・・・


「今だ!フィーア!」


「はい!」


 ツヴァイの声に合わせてフィーアが呪文を唱えると、アインとドラゴンの間に氷の壁が現れた。

 ドラゴンの勢いに負けて分厚い氷の壁は砕け散ってしまったが、それでも突っ込んでくる速度を落とすことには成功する。


「うおおおおっ!!」


 その隙をついて、雄たけびを上げながらアインが竜の片方の頭に斬りかかり傷を負わせると、もう片方の頭がアインを噛み砕こうと鋭い牙をむける。


「やらせん!」


 いち早く気付いたアハトが、素早くグレネードを投げつけて妨害した。

 いつもよりも小型のグレネードだったが、顔にまともに受けたためにドラゴンの牙が数本砕け散る。


ギャオオウ!!


 それが気に障ったのか、アインと戦っていた方の竜の首があんぐりと口を開けて、アハトの方を振り向くと空気を吸い込むような動作をする。


「まずい、ブレス攻撃が来るわよっ!!」


 ソフィがとっさに魔法を使うと、目には見えないがうねるような風が、皆を守るように目の前に現れたことが分かる。

 

 かちかちと小さくドラゴンの歯が鳴った。

 それとほぼ同時に、ドラゴンの口から炎が吐き出される。

 風の防壁は炎がこちらに来るのを遮断してくれたが、ものすごい熱量の空気が向こう側に溜まっているのが肌で感じられる。


「くうっ!」


「加勢するぞソフィ!お前ら全員目をつぶれ!!」


 ソフィが火の勢いに負けそうになったのを見て、アハトが動いた。

 キンっという音がしてピンが引き抜かれると、アハトがドラゴンに向かってスタングレネードをお見舞いする。


 ところが・・・


ギャウウウウ!!


 ドラゴンはそれに見覚えがあったのか、尻尾でスパーンっと打ち返してきた。


「なにぃ!?馬鹿な!俺のグレネードをホームランだと!?」


 それは5人を弧を描くように超えて森の中に落ちる。


「「ぐあああああ!目が!目がああああ!!」」


 そして、背後の森に隠れるようにして潜んでいた領主軍の目の前で爆発したようだ。

 お決まりのセリフが聞こえ、背後で多人数が転がっているのかガサガサ音がする。

 

 その時、頭上の崖から岩が落ちてきてドラゴンに当たった。

 村人の誰かが、手動の方の罠を使ってくれたようだ。

 その中で特に大きな物が、幸運にもドラゴンの頭に当たってよろめいた。

 おかげでブレスは収まったが、同時にソフィの風の防壁が消え去る。


「おまえら息を止めろ!!」


 まともに吸い込めば、肺まで焼けるかもしれない。

 喉を焼くような空気が、強風と共にこちら側に吹き込もうとした時だ。

 

 唐突に凍えるように冷たい霧が、辺りを包み込む。

 霧が熱風に吹き散らされた後には、キラキラと光る氷の結晶が残るばかりだったが、焼けつくような空気は一気に冷やされて、生暖かい風が強く吹き抜けるだけに留まる。


「フィーア、ありがとう!ごめん、私だけだったらまずかったわ。」


 ブレスの熱量は、ソフィが思っていた以上のものだったようだ。

 風の魔法だけでは防ぎきれそうにない。


「やはり、ブレスを吐かせるのは得策とは言えないね!何か方法はないかいツヴァイ?」


「そうだな・・・」


 ツヴァイがアインに向かって小さな声で、何かを伝えている。


「相談する暇はもらえそうにないわよ!」


 だが、作戦会議をする暇はもらえないようだ。

 ソフィが叫ぶと、ツヴァイとフィーアは互いを守り合うようにブレスの軌道から離れ、アハトはマントを翻して同じくその軌道から外れる。


 そしてアインは・・・


「ブレスなんか撃たせてたまるかあああっ!!」


 驚いたことに叫んで竜の口の中に飛び込んでいく。

 ブレスは撃たれなかった代わりに、竜がばくっと口を閉じてアインの姿が消えた。


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