ホムンクルスの箱庭 第5話 第1章『ツヴァイ』 ③
今日も雨!梅雨よりも雨が降ってる気がしますね~(´・ω・`)
アインの隣で眠っていたドライが、むくっと身体を起こした。
その顔は泣きすぎではれぼったくなっており、目のあたりをしきりにこすっている。
そんな彼女の頭に、アインはそっと手を乗せた。
「・・・な、何よ犬。あんたまだ起きてたの?」
強がるように言ったドライに、アインは何ともいえない表情で笑みを浮かべた。
「ああ、何かいろいろ考えちゃってね・・・それより、よかったら皆を庭に集めてくれないかな?大切な話があるんだ。」
「まあ。あんたがそう言うなら分かったわ・・・ただし、これは高くつくわよ!」
ぴょんっとベッドから降りると、ドライは言われたとおり皆を集めるために部屋を出て行く。
「少しでも動いた方が良いよね・・・」
そんな後ろ姿を見ながら、アインはぽつりとつぶやいた。
悲しい気持ちを少しでも紛らわすために、ドライにも何かしてもらった方がいい。
そして、それは自分にも言える。
こんなところで立ち止まって、ずっと悲しい気持ちを抱えているよりも、やらなければならないことがある。
アイン自身も部屋を出ると、皆に会うための準備をすることにする。
さっそく、アインは近くに在るアハトの部屋に行った。
彼はいないようなので、こっそりと荷物の中からグレネードを2つほど拝借する。
そんなアインは、少しだけいたずらっぽく笑っていた。
ドライに声をかけられたメンバーが、ほどなくして庭に集まった。
「ちょっと犬、集めたわよ・・・?って、どこに行ったのかしら。」
言われたとおりに庭に来てみたものの、アインの姿はそこにはない。
「ちょっとアイン、どこにいったのよ?」
「いないね~?」
ドライとフィーアはきょろきょろとあたりを探し始める。
「ごめん、少し遅れたわ・・・って、ツヴァイ、目が覚めたの!?」
遅れていたソフィが駆け付けた時だった。
「ふーはははははははは!!」
どこからか、高笑いが聞こえた。
「に・・・兄さん!?」
「あ、あれはいったい・・・!?」
アハトが屋根の上を指さすと、全員の視線がそちらに向く。
「鳥なの!?蝙蝠なの!?」
「いや、アインでしょ。」
ドライの言葉にソフィがしっかりと突っ込みを入れると、高笑いしていたアインがポーズを決めた。
「天駆ける銀の牙!アフロマスターアイン!!」
アインがどーんと言い放った後、グレネードを2本放り投げようとして失敗する。
「おっと・・・!」
取り落とした1本を拾っているうちに、背後でもう1本が爆発した。
グレネードの光の中に、へっぴり腰のアフロマスターアインの姿が現れた。
「皆、何をしけた顔をしているんだ!今こそ立ち上がる時!!」
「さ、さすが兄さん・・・!」
「まだ間に合う!」
そう言って、アインが空高くクリスタルを掲げて起動した。
『ふーははははは!私、参上!!』
「え?おじちゃん?おじちゃん・・・!?」
聞こえてきた声に、フィーアがおろおろとあたりを見回した。
残念ながら、それはクリスタルの登録音声のようだったが。
「お、同じ手口の犯行・・・」
アインとノインの行動がダブって見えたのか、片手で顔を押さえながらソフィが呟いた。
『フフフ。良い子の皆、聞いているか?
悪のマッドサイエンティスト、もとい、マッドアルケミストノインだ!!』
いつもの調子で語り始めたアルバートの声に、全員が茫然としながらもその声を聞く。
『ふふん、この話をしている頃には皆、辛気臭い顔をして次の番組どうなるんだろう、などと下らないことを考えているんだろうが、おまえたちの戦いはまだこれからだ!!なにしろ、階段をのぼりはじめたばかりなのだからな!』
彼らしい物言いに、誰もがほんの少し笑ってしまう。
『さて、とはいえ、この1巻を終わらせなくてはならない。
なにせ、視聴者は悲しい話ばかりだと飽きてしまうからな、そろそろハッピーエンドにして次の話を持ち込むことにしよう。』
「な、なんてメタ発言・・・」
「言うな、やつも必死なんだ・・・」
『そう、彼女が死んでからの悲しい物語はもう終わりにしよう・・・』
ノインの雰囲気が変わり、誰もが真面目な表情でその言葉に耳を傾ける。
『さて、このクリスタルには君たち家族を幸せにするための・・・そうだな。
錬金術師であることを捨てて言うならば、想いというものが詰まっている。』
それは錬金術を行う上で、いや、人が高みに上り詰める上で、彼が何よりも大切にしていたもの。
『私が今まで研究をしてきた集大成と言っていい。
とはいえ、そうだな・・・結論を言うならば、人というものはどんなに強化したところで本当のハッピーエンドは掴めはしない。』
今まで行ってきた研究の中で、アルバートが学んだ真実こそがそれなのだろう。
『本当に人と人とが幸せになるならば、お互いの想いで幸せにするべきなのだ。
これはその手助けをするにすぎない。
細かい説明は省くが、これは君たちの想いをフィーアとドライを介して紅牙に伝える時、彼を目覚めさせるための手助けするキーとなるものだ。
なにせ、想いを伝える存在がどこにいるか分からないのでは、伝えることも叶わないからな。
その橋渡しを、私はするにすぎない。』
皆はアインが掲げるクリスタルに視線を向けた。
あれは、紅牙を助けるためにアルバートが託した最後の希望なのだ。
『あの子の中心部に辿り着いた時、それを妨害する存在と戦いこれを使うならば、必ず本当のあの子の元に辿り着ける。』
アルバートがどんなに頑張ってもたどりつけなかった場所に、皆なら行けると彼は信じてこれを託してくれた。
その想いを誰もが受け止めると、最後の言葉が聞こえてくる。
『さて、私はもう、ある程度頑張ってしまったからな、少し休ませてもらうとしよう。
では、君たちの幸せをどこかで必ず見守っているからな。』
「聞いたかみんな!!」
皆がしんみりとする間も与えずに、アインが叫んだ。
「私の計算によればっ!!」
「兄さん真似してる!?」
「てか、乗り移ってる!?」
ツヴァイとソフィの突っ込みを華麗にスルーして、アインは高らかに叫ぶ。
「やつが取り込んだものを消化するには、まだがかかるはずだ!時間はあまりないぞ!」
「急げばおじちゃんを助けられるの?」
「ああ!これを使えば必ずできるはずだ!!」
チャキーンと水晶を構えるアインに、ソフィが突っ込みを入れる。
「それは紅牙さんを助けるためのものじゃ・・・」
「まあ、安心しろ、その辺は俺がどうにかしてやる。」
子供の無茶な発言をフォローするのも大人の役目というように、アハトが重々しく頷いた。
「兄さん、確かに・・・」
「奮起せよ!!」
「そこまでスルー!?」
いろいろスルーしつつ叫んだアインに、ソフィはやはり突っ込みを入れずにはいられない。
「兄さん、大丈夫かい!?なんかいろいろと混ざっちゃってるよ!!」
ついにはツヴァイまでもが本気で心配し始めてしまった。
「僕の中のアルバートおじさんのイメージで話しているからね!!」
「ちょっと!おじちゃんはそこまで変態じゃないわよ!・・・たぶん。」
ちょっと自信なさげに、ドライがとりあえずフォローを入れている。
「大丈夫かい兄さん!?変態まで移っちゃってるよ!!」
「どうしよう!?アインが変態さんになっちゃったの・・・!」
どうやら、ノインの変態説は未だツヴァイとフィーアの中で生き続けているらしい。
「ああ・・・あの人がアインにどういう目で見られていたか、よく分かるわね。」
「よかったなアルバート、おまえの存在は永遠に子供たちの心の中に生き続けているぞ。」
「変態としてだけどね・・・」
遠い目をしながらソフィが呟くと、アインがびしーっとポーズを決め直す。
「目標!!家族の奪還!!」
「すっかり元気になったわね。」
そこだけは満足そうに頷くソフィなのだった。
「出発は明朝10時!!」
「意外と普通ね。」
サラリーマンの通勤ラッシュを見事に回避したような時間指定に、ソフィは思わずつぶやく。
「各自、準備を怠らず万全を尽くせ!!」
「ちょ、ちょっとアイン!
なんかキャラが変わりすぎちゃって、ドキドキするんだけどどうしたらいいの!?」
顔を赤くしてドキドキした様子で、ドライがアインに尋ねる。
「こ、こんなにドキドキするのはフィーアをいじめる時以来だわ!!やだ・・・これが『変』!?」
「変になっちゃってる!?いや、おおむね間違ってないけど!!」
その気持ちを『恋』と言い直していいものかどうか、周りが判断に迷っていると。
「では、明朝・・・!!10時じゃ早すぎるね?」
アインが時間指定をしようとして迷い始めた。
「兄さん、遅いよ!?」
しかも、さらに指定時間を遅くしようとしたのでさすがに突っ込みが入る。
「ご、ごほん。では、日の出と共に!!」
「任せなさい!!おー!」
そんなアインに、ドライはノリノリで答えるのだった。
平和な光景を見守ってから、ソフィは隣にいるツヴァイに話しかける。
「やれやれ、騒がしくって言い忘れちゃってたけど・・・ツヴァイ、おかえり。」
「あはは、ただいまソフィ。」
ツヴァイは屈託なく笑いながら、そう答えた。
この様子からすると、ツヴァイはもう大丈夫だろうか?
ソフィがそんな風に思った時、フィーアが何か思い出したかのようにこう言った。
「そうだ、記録のクリスタルで思い出したの!」
以前、ドライからもらったそれを取り出して、フィーアは起動する。
『・・・ルバート、なんか食い物くれよ。』
それは、記録の最後の部分だった。
紅牙の声が遠くなっていったかと思うと、誰かがぱたぱたとかけて戻ってくる音がする。
『大変!そうちゃんの分を入れるの忘れてた!えっと~、そうやです!』
「え・・・?」
『ぼくの願いは、ここを出ることができたら、ずーっとみんなと一緒にいることです!!』
それはフィーアの声で、入っていたのは確かにツヴァイの願いだった。
「ほら、蒼ちゃんもずっと皆と一緒だったんだよ!」
茫然としていたツヴァイが、フィーアを見て泣きそうになりながらも笑う。
そして、フィーアをぎゅっと抱きしめた。
そうだ、思い出した・・・。
あのポッドの中でフィーアと触れ合う中、たくさんのことがあったんだ。
僕はフィーアに『紅音』という名前をプレゼントして、フィーアは僕に『蒼夜』という名前をプレゼントしてくれた。
それだけじゃない、フィーアはポッドから出られない自分にたくさんの『家族』の話をしてくれた。
時々いじめるけれど本当は優しい姉のこと、見た目は狼の様で怖いけれど中身は心優しい幼馴染の銀牙のこと、兄のように慕っている紅牙のこと。
それから、そんな家族たちの言葉を自分に送ってくれた。
『えっとね~、おねえちゃんからの伝言。私のフィーアを取るのやめなさいよね!!だって。』
ああ、そうだった。
そんな昔から、僕はドライと喧嘩をしていたんだ。
『それから銀牙がね、出てきたら僕の弟になってほしいって言ってたよ!』
兄さん・・・そんな時からもう、僕の兄さんでいてくれたんだね。
『あとね、紅牙おにいちゃんが・・・』
そうだ、紅牙、あの人も僕に何かを言っていたはず。
記憶の中で、その言葉をようやく思い出すことができる。
『おまえはおまえだ。たとえどんな結果になったとしても、自分らしくやってみるといい。』
そうか・・・あの人は、僕にまでそんなことを言ってくれていたんだっけ。
ばらばらでつながらなかった記憶が、今ここでやっと一つにつながった。
「ありがとう・・・これでやっと、僕も家族になれる。」
そんなツヴァイに、フィーアは笑顔でこう答えた。
「蒼ちゃんは、ずっと前から皆の家族だよ。」
「そうか・・・そうだったね。なんでこんな大切なことを忘れていたんだろう。
ありがとう、フィーア。大好きだよ。」
「私も大好き!」
そんな2人の後ろに、屋根から降りてきたアインが立ってツヴァイの頭をぐりぐりとなでる。
「ツヴァイはいろんなことを一人で抱えすぎだよ。頭が良すぎて余計なことまで考えちゃうのかな?」
「兄さんはほんとに昔から変わらないな。でも、うん、兄さんの言うとおりだ。ありがとう、兄さん。」
「あんた、そんなくだらないことで悩んでたの?ばっかじゃないの。
私からフィーアを奪って勝手に名前までつけておきながら、まだ家族じゃないとか思ってたなんて、どういう神経してるのよ?
そんなんじゃ、まだまだ私のフィーアを任せられないわね!」
「ああ、今回ばかりは僕が悪かったよ。すまなかったドライ。」
「ちょ、ちょっと・・・謝るんじゃないわよ!!調子狂うでしょ!?」
素直に謝られて、ドライは動揺しながらアインの後ろに隠れた。
そんな4人の様子を見て、ソフィはくすっと笑う。
「どうやら、あの子たちはもう大丈夫みたいね?」
「そうだな、ツヴァイの心の問題が心配だったが、自分たちで解決したようだ。」
アハトも頷き、ようやく一つになった家族を満足そうに眺めていた。