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ホムンクルスの箱庭  作者: 日向みずき
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ホムンクルスの箱庭 第5話 第1章『ツヴァイ』 ②

今日からまた金曜日までがんばります(*´ω`*)

『蒼ちゃん・・・』


 どこからか、声が聞こえた気がした。

 それはとても懐かしい声に思える。

 混濁した意識の中で、一つだけ思い出せたことがあった。

 そうだ、僕には大切な人がいた。

 何にも変えられないくらい大切な人が。


 でも・・・あの子にとって、僕は偽物でしかないから。

 本当に大切なのは、彼だから。

 僕が彼女の傍にいる必要はないんだろう。

 それは・・・とても辛いことだけど、仕方のないことなんだ。

 そう自分に言い聞かせて、ツヴァイが諦めようとした時だった。


『違うよ。』


 声が聞こえた。

 それは先ほどよりも、もっとはっきりとした声。


『私は・・・蒼ちゃんじゃなきゃだめだもん。

 だから・・・だから、こうやってまた、迎えに来たよ。』


 また、迎えに来た・・・?


『そうだよ、遠い昔、私は蒼ちゃんをここに迎えに来たんだよ。』


 その言葉と同時に、記憶が蘇っていくのが分かった。




『君は・・・誰?』


 暗闇の中、唐突に聞こえた幼い少女の声にツヴァイはそう問い返した。


『えっとね、私はあなたの声が聞こえたから、会いに来たんだよ。』


 研究室の暗くて狭いポッドの中、誰の声も聞こえず、誰にも声なんて届かない。

 そう思っていたツヴァイにとって、それはとても驚くべきことだった。

 この少女が、いったいどうやって自分に話しかけているのかは分からない。

 普通の方法で自分と話すことなど、できるはずがないのだから。


『どうして・・・?』


『あなたが呼ぶ声。さびしいって、助けてって声がずっと聞こえてたの。』


 ああ、そうなんだ、僕の声はちゃんと届いていた。

 誰にも必要とされていないと思っていた僕の声は、ちゃんとこの子に届いていたんだ。


『一人ぼっちで寂しかったでしょう?今日からは私が毎日会いに来てあげる。私が家族になってあげる。』


『本当に・・・?僕はもう、一人ぼっちじゃないの?』


『うん!だって私は、そのためにここに来たんだもの。』


 その時、初めてツヴァイは瞳を開いた。

 液体に満たされたポッドの中、薄いガラス一枚向こう側に見えたのは。


『やっと会えたね。初めまして。』


 紅い瞳の女の子が、自分に向かって微笑みかけている姿だった。




「フィーア・・・紅音?」


 やっと思い出せた大切な人の名前が、ツヴァイの口からこぼれた。


『そうだよ、蒼ちゃん!』


 その瞬間、辺りの暗闇が砕けて世界が白く染まっていく。

 温かな手が、自分の手を包み込んでいた。

 ツヴァイがそのまま視線をあげると目の前には、あの日と同じように。


「やっと会えたね。おかえりなさい、蒼ちゃん。」


 紅い瞳の女の子が、笑っていた。




「蒼ちゃん!蒼ちゃん・・・!!」


「紅音・・・?」


 ツヴァイが目を開けると、目の前に心配そうにしているフィーアの姿があった。


「よかった、目が覚めたんだね。」


「えっと・・・そうか、僕はあそこでヌルに刺されて。」


 ようやく状況を少しずつ理解し始める。

 どうやら自分は、長い夢を見ていたらしい。


「大丈夫?どこか痛いところない?」


「大丈夫だよ、不思議なくらい体の調子が良いんだ。」


「よかった・・・」


 一生懸命にこちらを心配してくれるフィーアの方が、顔色が悪いように見える。

 自分が起きるまで、ずっと傍についていてくれたのだろうか?


「ねえ、蒼ちゃん・・・紅音は、私はね。蒼ちゃんのことを捨てたんじゃないよ。」


 唐突に告げられたその言葉に、ツヴァイが驚いたように軽く目を見張った。

 どうしてフィーアが、そのことを知っているんだろう?

 そしてそれは、すぐに思い当たった。


「そうか・・・僕の心に。」


 自分が見ていた長い夢を、おそらくフィーアも見ていた。

 そして、遠い昔にポッドの中にいた自分にそうやって声をかけてくれたように、フィーアはまた、自分の心に直接触れてくれたのだろう。


「ご、ごめんね・・・!勝手に覗いちゃって・・・」


「君が入ってきてくれるんだったらいいよ。」


 しょんぼりと謝るフィーアの髪を撫でて、ツヴァイは微笑む。

 他の誰でもない彼女だからこそ、自分の心にその声が届くのだから。


「その・・・紅音は僕よりも彼が本物だと思ったから、向こうに行ったんじゃないのかい?」


「違うよ・・・紅音があの場所に残ることを選んだのはね。

 自分が蒼ちゃんのところに、いちゃいけないって思ったからだよ。」


「どうして?」


 なぜ紅音がそんな風に思ったのか、ツヴァイにとっては不思議でならなかった。

 しかし、フィーアは言いづらそうに視線をそらしてから一言だけこう返した。


「それは・・・私の口からは言えない。」


「僕にも話したくないことなんだね?」


「・・・蒼ちゃんが直接、もう一人の私に聞いてみて?

 蒼ちゃんの言葉ならきっと、紅音の心に届くはずだから。」


「わかった。紅音に聞きに行こう、僕と、君と2人で。」


「うん。」


「きっと、紅音は今、すごく悲しい思いをしているはずだ。

 だから、今度は僕が迎えに行ってあげないと。」


「・・・ありがとう、蒼ちゃん。」


 にこっと笑ったフィーアは、少しだけさびしそうな表情をしているように思えた。

 しかし、すぐに笑顔に戻ると。


「そうだ、蒼ちゃん!」


「ん?」


 ごそごそとポケットから何かを取り出して、ツヴァイの手に握らせる。


「今度また一人になってしまった時に、寂しいって思わなくていいようにこれをプレゼントしておくね。」


「これは・・・」


 それは水色がかった透明な宝石の中に、雪の結晶が閉じ込められたペンダントだった。

 触れてみるとひんやりとしているのに、不思議と暖かさを感じる。


「心配掛けてごめんね。最近、魔力が足りなかったのは、これに魔力を込めていたからなの。」


「そ、そうか、それで・・・」


 自分にプレゼントするために内緒にしたかったから、あの時、フィーアはそのことを言えなかった。

 そんな彼女の優しさにさえ寂しさを覚えていた自分が、少し恥ずかしい。


「これは、ペンダント?」


「うん!蒼ちゃんの役に立てばと思って、一生懸命作ったんだ。」


「うれしいよ!そうだね・・・このペンダントからは、紅音の温かい魔力を感じる。」


 ツヴァイの手ごとぎゅっと握って目をつぶりながら、フィーアは呟く。


「このペンダントが・・・蒼ちゃんを代わりに守ってくれますように。」


 その言葉にほんの少しだけ何かを感じ取ったツヴァイは、くすっと笑ってこうつけたした。


「代わりにじゃないだろう?ずっと一緒に守ってくれますように、だろう?だったら受け取るよ。」


「えっと、うん・・・」


 ごまかすように笑ったフィーアはこう続ける。


「わかった・・・どんな結果になったとしても、()は蒼ちゃんの傍にいるから。」


「わかった、じゃあ・・・()は僕の傍にいてくれ。」


 お互いの言葉の意図に気付かないほど、2人の関係は希薄なものではない。

 フィーアは困ったように、ツヴァイは絶対に手を放さないと誓うように互いを見つめあっていた。


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