ホムンクルスの箱庭 第5話 プロローグ『太陽の旅立ち』 ②
明日から数話はツヴァイの話となります(`・ω・´)
「・・・フィーア、大丈夫なのかしら?」
2人のいる部屋を出て、アインたちの部屋に向かう途中でソフィはふと呟いた。
フィーアはいつになく顔色が悪いように見えた。
ツヴァイが倒れている今、彼女に自分の体調を聞いたところで素直に答えはしないだろう。
そう思ってあえて聞かなかったのだが、後で詮索する必要がありそうだ。
ヌルの記憶の中で見た術式を、フィーアは使っていた。
今回は暴走させたというよりは自分で制御しているように見えはしたのだが、それによってフィーア自身に出る影響というのも、今は分からずじまいだ。
「アインいる?」
考えなければならないことは山積みだが、今はアインたちのことも気になる。
「入るわよ。」
部屋の前に行きノックをしてから、ソフィは先ほどと同じように勝手に扉を開けた。
何か考え込んでいるのだろう。
こちらに背を向けた状態で、アインはベッドの縁に座っていた。
すぐ傍では、ドライが気絶したように眠っている。
「あ、ソフィ・・・」
持ってきたスープカップをテーブルに置き、ソフィは話しかけた。
「あまり考え込みすぎると、ここにしわが寄っちゃうわよ。」
「うお!」
片目をつぶって眉間を指さして見せると、アインは慌てて自分の眉間を抑えている。
「ありがとう、ソフィ。」
「ドライは眠っちゃった?」
「ドライも、だいぶ疲れてるみたいだから・・・」
泣き疲れた顔でくーくーと寝息を立てるドライの髪を、アインはそっと撫でた。
「何を考えていたの?」
ソフィの言葉にぴくっと反応すると、アインは撫でる手を止めて顔をあげる。
「アルバートおじさんと紅牙兄さんのこと。」
視線を手の中の水晶に落としながら、アインはため息交じりにこう言った。
「紅牙兄さんは、僕に触れることすらさせてくれなかった。」
殴ろうとして、触手に止められたことを言っているのだろう。
アインはかなり落ち込んでいるようだった。
だが、すぐに顔をあげてソフィをじっと見つめる。
「でも、あの触手に触れた時に一瞬だけど感じたんだ。」
「何を感じたの?」
「混濁した意識の中に、何か光る物を・・・きっと、本当の兄さんはあそこにまだいる。
他のモノが邪魔をして、表に出てこれないだけだと思うんだ。」
「そう、アイン、あなたがそう感じたのなら、そうかもしれないわね。」
優しい表情で同意してくれたソフィに、アインは申し訳なさそうに言った。
「僕は・・・こんなことになってしまっても、まだ紅牙兄さんをあきらめきれない。
どうすれば兄さんを助けられるのか、それに・・・もしかしたらまだ、アルバートおじさんのことも。」
アインの中に、いろいろな思いが巡っているのだろう。
拒絶され、ツヴァイがあんな状態になっても、まだ諦めきれない紅牙への想い。
自分たちを守ってヌルに喰われたアルバートが、まだ生きているかもしれないという希望。
「中にいるのならば、ひょっこり帰ってきたりするかもしれないわね?私みたく。」
「うん、悪の大幹部だからね、あの人は。」
「そうね、高笑いしながら帰ってきそうね。」
顔を見合わせてくすっと笑うと、ソフィはアインの肩をポンッと叩く。
「さあ、正義の味方は今はじっくり休んで力を蓄えておきなさい。
いざという時に疲れて動けなかったら、正義の味方らしくないわよ。ね?」
ソフィの言葉に元気づけられたのか、アインはにこっと笑って頷く。
「そうだね!ソフィの言うとおりだ。
こんな時こそ、正義の味方がしっかりしないとね!」
そんなアインを見て、ソフィは満足そうに頷いた。
「蒼ちゃん・・・どうして起きてくれないの?」
話しかけても、ツヴァイはいつものように笑ってはくれなかった。
彼は力なくベッドに横たわり、浅い呼吸を繰り返している。
「私の術式が失敗しちゃったのかな?
足りないならあげるよ?・・・私の命なんていくらでもあげるから。
だから起きてよ、蒼ちゃん・・・」
泣きそうになりながら覆いかぶさるように抱きついても、彼は応えてくれない。
自分が泣いているのに、ツヴァイがなんの反応もしてくれない。
それは、今までに感じたことのないほどの寂しさだった。
それと同時に感じることがある。
ああ、そうなんだ・・・私はこの人に、こんなにもずっと支えられていた。
寂しさなど感じる間もないくらい、今までずっと愛されていた。
フィーアの記憶の中には、いつでも傍にいて、笑ってくれるツヴァイの姿がある。
つらい時、悲しい時、こわい時、泣いている時。
彼はいつだって傍にいて、笑いかけてくれた。
優しく抱きしめて、大丈夫だよと言ってくれた。
そんな彼がこんな風になってしまったというのに、自分はなんて役立たずなんだろう。
抱きついて涙を流しながら、フィーアはただツヴァイのことを想った。
初めて出会ったのは、施設の遊び場でドライに泣かされている時だった。
『やめろ、どうしてその子をいじめるんだ?』
その少年は、空のように蒼い瞳していた。
『・・・!あんた、何よ・・・邪魔なんだけど。』
『僕はおまえがその子をいじめるのが許せないだけだ。』
それからしばらく、彼はドライと言い合いをしてから私の手を握ると。
『一緒に行こう、僕が守ってあげる。』
そこから私を連れて、一緒に逃げてくれた。
それから、私は多くの時間を彼と過ごした。
ツヴァイ、そう名乗った彼はいつも笑いかけてくれた。
そんなある日、彼は私に言ったのだ。
『フィーアって名前も素敵だけど、僕はもっと君にふさわしい名前をプレゼントしたい。』
だから私も、彼にぴったりの名前を・・・。
ああ、違う。これはきっと、もっと後の話で。
私はそれよりも前に、彼に会っていた。
彼はもっとずっと昔から、私のことを支えてくれていた。
泣いている場合じゃない、いつも助けてもらっていた分、私がここで頑張らないと。
ソフィは皆で考えようと言ってくれたが、それは少し違う気がする。
「蒼ちゃんはいつだって、私のために一人で頑張ってくれた。
だったら・・・今度は私が蒼ちゃんを助けたいよ。」
これは自分がするべきことなのだと強く誓うと、フィーアは身体を起こして。
「ごめんね、蒼ちゃん・・・少しだけ、あなたの心に触れさせて?」
ツヴァイの額に、自分の額をそっと合わせた。