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ホムンクルスの箱庭  作者: 日向みずき
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ホムンクルスの箱庭 第4話 第8章『ヌル』 ②

この物語はハッピーエンドを目指して作られています。


「フィーア・・・くっ!アイン、皆、私の周りに集まりなさい!!」


 アインの肩から飛び降りたドライはその場で目をつぶり、フィーアに精神を干渉させると同じように紋章陣を張り巡らせた。

 それはフィーアのものとは比べ物にならないほど小さなものだったが、ここにいる仲間たちを包み込むくらいには十分な大きさのもの。


「フィーアの精神に干渉して、紋章術の力の一部を私たちを守るように使わせたわ!

 この中にいればあの紋章陣に吸収されることはないと思う!

 でも、このままじゃフィーアが・・・っ!!」


 ドライの視線の先には、ツヴァイを抱きしめたまま俯くフィーアとその前に立つヌルの姿があった。


「ちょっと!犬、私がどうにかしている間になんとかなさいっ!!

 この状況じゃもう、あんたしか頼れない!!」


「ああ、そうだよな。

 これは発動する。でもここまでは俺の計算通りだ。」


 フィーアの術式に少しずつ喰われながらも、ヌルはにっこりと笑って言った。


「だが、ここで2人とも俺が喰ってしまえば、もう術式は発動しない。」


 辺りから伸びてきた触手が、2人を飲み込もうと蠢き始める。


「やめるんだ兄さんっ!!」


 ドライの形成する結界から飛び出したアインは、刀に力を宿らせ大量の触手を一凪ぎで斬り裂き、金色の炎で焼き払うとそのままフィーアとツヴァイを庇うように走り込む。


「アイン、もう決着はついたぞ。

 大人しく俺と一緒になれ。おまえじゃ俺には勝てない。」


「兄さん・・・」


 アインがそちらに向かってゆっくりと歩いて行くと、ヌルは悠然とした態度でそこから1歩も動くことなくそれを待っている。

 お互いに無言のまま、アインはヌルの目の前に立つ。

 そして、まっすぐにその瞳を見つめた後、その手でヌルの頬をひっぱたこうとした。

 しかし、それはあっさりと触手に防がれてしまう。


「なんのつもりだアイン?」


 いぶかしげな表情をするヌルに、アインは悲しげな顔をする。


「兄さん、自分が何をやっているか分かっているのかい?」


「ああ、俺は全て理解している。」


 にやりと笑ったヌルの触手が、アインの腕に絡みついた時だった。


「アイン!そこをどいてっ!!」


 後ろからフィーアの声が聞こえ、アインは反射的に半歩横にずれる。

 氷の刃がアインの腕の触手を引きちぎり、その周辺を凍りつかせた。

 ツヴァイに覆いかぶさるようにして座りこんでいたフィーアが、顔を上げてヌルに向かってその手をかざしていた。


「どういうつもりだフィーア。おまえはもう負けている。」


 俯いていた顔をあげ、フィーアは泣きながら叫んだ。


「私だって・・・私だってこれまでの間、何も見なかったふりをしていたわけじゃないっ!」


 訝しげに眺めるヌルに向かって、フィーアは言葉をつづけた。


「紅牙おにいちゃん・・・蒼ちゃんから奪った命、あなたから返してもらう。」


「そうだな、それがおまえたちが俺に喰われる前に出来ればの話だが。」


 ヌルが楽しそうに目を細めながら言うと同時に紋章陣が発動し、ヌルの身体を吸収しようとまばゆい光を放つ。


 しかし・・・


「それじゃあ遅すぎるんだよ、フィーア。」


 ヌルが手を伸ばし、アインとフィーアたちに辺りの触手が一斉に襲いかかろうとした時だった。

 動きを止めていたはずのノインが、背中の斥力場装置を起動させると、貫いている触手ごと引きずって瞬時に移動しフィーアとツヴァイ、そしてアインを掴みドライの結界の中に放り投げる。


 代わりに・・・


「アルバートおじさんっ!!」


 一斉に突き出された触手がノインの身体を貫いた。


「貴様まだ!?」


 それにはさすがのヌルも驚きを隠せないような表情を浮かべる。


「私は・・・おまえたち家族が命を奪いあうところなど、見たくはない。」


 フッと笑ってから、アルバートは右手を高く掲げると空にかざして叫んだ。


「アルケンガー!!」


 その声が響き渡ったかと思うと、空に3匹の飛行型の機竜が現れる。

 機竜はその爪で2人ずつひっつかむと空に飛び上がった。

 遠ざかる孤島に向かってアハトが叫ぶ。


「死ぬんじゃないぞアルバート!おまえとの決着はまだついていないんだからな!」


「・・・おまえはおまえのやるべきことをやれ。

 私はおまえはそれができる男だと、見込んでお前を助けたのだから。」


 穏やかな表情で最後に告げられた言葉に、アハトは誓うように頷く。


「おじちゃん!?ちょっとこのトカゲ!あんた放しなさいよ!!

 放さないと私の悪意をぶつけちゃうんだからね!?」


「アルバートおじさあああん!!」


 ドライは機竜の爪から逃れて島に戻ろうとしているのか暴れていた。

 その隣では、アインが必死にこちらに手を伸ばして叫んでいる。




「アイン・・・後のことは頼んだぞ。」


 遠ざかっていくアルケンガーたちの姿を、ノインは遠く見つめる。

 孤島に降る雨は、未だやむことなく降り続けていた。


「おまえはいつも手遅れな男だったが、今回も間に合わなかったようだな。

 今逃がしたところであの子たちは俺には勝てない。

 結局は、俺に喰われる運命だ。」


 もはや動くこともできないノインを見て、ヌルはそんなことを言ってみせた。


「そうだな・・・おまえの言うとおり、私はいつも間に合わない男だった。

 おまえとの約束の日、決して遅れてはいけなかったあの時。

 私は結局、間に合わずにおまえたち家族を助けることもできなかった。」


 あの日、実際には約束の時間よりもだいぶ早くアルバートはあの村に戻ってきた。

 それでも、彼にとっては家族を助けられなかったこと自体が、間に合わなかったのと同義だった。


「そうだ、おまえは本当に役に立たないやつだよ。」


 くくくっと低く笑ってから、ヌルはさらにこう続けた。


「でもおまえがあの時、失敗してくれたおかげで俺は真実に辿り着いた。

 おまえは家族を守るために、最も有効な方法に気付かせてくれたんだ。

 そのことだけは、本当に感謝しているぞ。」


「・・・すまなかった。」


「なぜ謝る?俺は感謝すると言ってやっているんだぞ。」


 不可思議な返事に不機嫌そうにヌルが尋ねると、アルバートは真面目な表情で告げる。


「おまえがそんな風になるまで、見つけてやることができなかったのは私の責任だ。

 どれだけ辛かっただろう・・・家族を守りたい、その一心でおまえが喰らい続けた絶望がおまえを壊してしまったと知った時、私は彼女を失った時と同じくらいの絶望を覚えた。」


「絶望?何をばかなことを言っているんだ。

 俺はもうすぐ家族を手に入れられる喜びでいっぱいだっていうのに。

 まあ、あえて言うならおまえに邪魔されたのは腹立たしいが、なに、ほんの少し楽しみが先に延びたと思えばいい。

 あと少し待つことくらい、俺は何とも思わない。」


「そうか・・・それなら、今回は私は間に合ったと言えるな。」


 フフッと笑うと、ノインは身体が言うことを聞かなくなってきたのかうつむきがちになる。


「何が間に合ったっていうんだ?さっきも言った通り、今回もおまえは手遅れだ。」


「フフ・・・いや、私は今回は間に合った。

 私がおまえたちにしてあげられたことはあまりなかったが、見たまえ、おまえたち家族を幸せにするためのピースはもうそろっている。」


 馬鹿にするように鼻で笑うと、ヌルはこう言い放った。


「あいつらのことを言っているのか?

 ここでおまえを見捨てて逃げることしかできないような連中に何ができるっていうんだ。」


「今はまだ逃げることしかできなくとも、彼らにそれは託された。

 あとはハッピーエンドを見るだけだ。

 それが、私がおまえたちに与えてあげられる最大のプレゼントだ。

 あとは・・・紅牙、おまえも楽しみに待っていなさい。」


「くだらないことを・・・そろそろ、そのうるさい口を黙らせることにしようか。」


 俯いていたアルバートが、最後の力を振り絞るように顔をあげてヌルを見つめる。

 その表情は、とても慈愛に満ちたものだった。


「紅牙・・・私は最後までおまえを甘やかしてやることはできなかったが、おまえを本当の息子のように想っていたよ。」


「何を世迷い事を言っているんだ・・・!?もういい、おまえはここで死ね!!」


 アルバートからかけられた言葉にヌルは明らかな動揺を見せるが、それを振り払うかのように触手で彼を覆ってしまおうとする。

 飲み込まれていく寸前に、アルバートは今までで一番満足そうな笑みを浮かべてこう言った。


「愛しているよ、子供たち・・・あなたの分まで、今度こそ愛せたかな?葵さん・・・」


 ヌルの触手は、アルバートごとその区画を一気に飲み込み消滅させた。

 葵の花の添えられた石碑も一緒に。

 アルバートの消滅を確認したヌルは、どこか茫然としながら空を見上げる。

 そして、呟くように言いながら自分の頬に触れた。


「ずいぶんと不思議な雨の降る地域だ・・・やけに雨が温かく感じる。」


 その温かな雨が自身の瞳からこぼれ出していることに気付かないまま、ヌルは6人が旅立った空を静かに見つめていた。


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