ホムンクルスの箱庭 第1話 第3章『双頭の竜』 ④
※6月3日に文章の整理をしました。
「こっちの仕掛けはそれでいいです。
現地に行って石を積めば、あとはそのレバーを引くだけでいい。」
ツヴァイの指示のもと、村でも着々と竜を狩るための準備が進められていた。
領主軍は森に待機しているということで、こちらの作業は村人たちと3人が行っている。
「領主軍の連中も、こっちに来て手伝ってくれりゃあいいのによう。」
「彼らは竜の動向を見守るために森に残ったようです。
見張りは必要なので、むしろありがたいですよ。」
「はあ、そういうものかぁ。
俺は戦術なんてもんはさっぱりわかんねえからな。
領主軍の連中もちゃんと考えてくれてんのか。」
にこっと笑ったツヴァイの言葉に納得したのか、村人は作業を再び開始する。
それを見ていたソフィが、隣に行ってこそっと声をかけた。
「ツヴァイ、本当のこと言わなくていいの?」
「いいんだよ。領主軍と村人の関係にまで関わっている余裕はないからね。」
「なるほど、当たり障りのないことを言っておくに限るってことね。」
「そういうことなんだ。」
領主軍が森に残った本当の理由、それが単に移動するのが怖かったからだということを、ツヴァイは伏せておくことにしたらしい。
作戦を練り直すためにも一度村に戻ろうといったアインとアハトの誘いに対し、領主軍はこう答えたそうだ。
『何を馬鹿なことを言っている!
村に行くまでに襲われでもしたらどうするんだ!?
い、いや・・・そうではない。
我々が竜の囮になっているからこそ、ここ数日村が平和だったんだろうが。
そんな手間をかけさせる暇があったら、ここに食料を届けるように村人に伝えておけ。
まったく、使えない連中だ。』
その言葉だけで、彼らがどういった連中なのかはよくわかったので、極力関わらないよう・・・いや、こちらの作戦の邪魔だけはさせないようにしよう、というのがツヴァイの考えらしい。
ソフィもそれには納得だったので、それ以上は何も言わずに作業に戻る。
「フィーアはどうしてるかな?」
「さっき向こうで絵を描いて遊んでたわよ。」
「そうか、ちょっと様子を見てくるから、こっちは任せてもいいかな?」
「了解。」
ソフィにその場を任せると、ツヴァイはフィーアを探しに行く。
作業場から少し離れた松明の下で、フィーアは地面に何かを描いているところだった。
「フィーア、明け方には作戦を決行するから今は少し休んで・・・?」
フィーアの近くの地面には、何らかの文様が描かれていた。
「これは・・・」
見たことのないものだったが、単なるいたずら書きにも見えない。
ツヴァイがそれについてフィーアに尋ねようとすると、彼女は既に別の物を地面に描き始めていた。
「フィーア、それはいったい・・・!?」
それは謎の文様を上回るすごいものだった。
「あ、ツヴァイ!今ね、そうちゃんに寝物語を聞かせてあげているところなの~。」
笑顔のフィーアの足元では、凶悪な顔をしたドラゴンが何かをかじっているところのようだ。
「えーと、それは僕にはアハトと兄さんがかじられている絵に見えるんだけど・・・!?」
そう、大きく開けられたドラゴンの口には、どう見ても犬っぽい絵とフードをかぶった人物の絵が描かれていた。
「そうなの!牛さんはもうおなかの中でね~、ご飯を食べたから、今は歯磨き中なの。」
「え!?なにそれ!犬ガムみたいなものなの!?」
「アインはわんちゃんみたいだから犬ガム~?
わ~!ツヴァイ、上手~!」
言い回しがとても気に入ったのかフィーアは拍手を送っている。
「違うよ!そういう意味で言ったんじゃないよ!?
っていうかフィーア、どうしてそうなったの!」
「アインとアハトは固そうだから、歯磨きにいいかな~と思って。」
そんなカオスな現場に、ちょうど木材を取りに行っていた少年は通りがかったのだ。
「駄目だよフィーア!
今ちょうど兄さんとアハトは牛を連れて山に行っているところなんだ!
そんな不吉な寝物語はいけない。かじらせるなら領主軍にするんだ!」
領主軍どうこうの下りはともかく、2人が山に行っているという情報は初耳だった。
北の山は本道以外はほとんど整備がされておらず、竜と鉢合わせでもすれば逃げられる場所は限られている。
彼らが来てくれたおかげで、村人たちはようやく竜退治に積極的になってくれた。
それなのに、2人が竜に襲われでもしたら大変なことになる。
そう考えた少年は、シュールな会話を繰り広げる2人をそのままに山に向かったのだった。
というくだりを説明しようにもできないまま、少年は牛を連れて2人の後ろをついていっていた。
2mを超える白銀の獣人と全身黒づくめの死神のような男。
はたから見れば不審人物以外の何者でもない。
さっきの村での出来事といい、この2人といい、少年から見れば彼らはかなり変わっている。
村の外からいきなり来た人間が竜を倒すと言って協力を求めてきた。
正直、少年は最初新手の詐欺だろうと思った。
どうせ村から食料や物資を奪って逃げていくのだろうと。
村の大人たちもそう思ったはずだ。
それほどまでに彼らの状況はひっ迫していたし、何より数日前に来た領主軍ですら勝てなかった相手に、たった5人で何ができるのかというのが本音だったのだ。
「どうだアイン、匂いで見つけられそうか?」
「う~ん、なんとなくはわかるんだけど。
焦げた匂いが充満してて、鼻がうまく効かないんだよね。」
ドラゴンが一度去ったことを確認してから、彼らは再びねぐらの捜索に乗り出していた。
竜が暴れまわっていた周辺の木々は一瞬で燃え尽きたのか、火事にこそなっていなかったがまだ大地には熱が残り、あちこちから細い煙が上がっている。
鼻を頼りに探そうと試みているようなのだが、山は広く一筋縄ではいかなそうだ。
そんな2人の様子を見ていた少年が、後ろから声をかける。
「あの、さ・・・」
「ん?どうしたんだい?」
アインが振り向くと、少年が言いづらそうにしながらもこんな言葉を口にした。
「俺、竜がここに住み始めた頃に一度山に入ったんだ。」
「ほう、そいつは無茶というか無謀というか。」
アハトの感心しているのか呆れているのかわからない言葉に少年は頷く。
「うん、俺もそう思う。
そんなことをしたなんてばれたら、村長たちに大目玉を食らうから言い出せなかったんだけど・・・」
そう前置きしてから、少年は教えてくれた。
以前、山に入ったときに、ドラゴンが山の斜面にある崖に降りて行く姿を見たことを。
さらにその辺りは自分の遊び場だったので、隠れる場所などもある程度なら見当がつくらしい。
「ふむ・・・なるほどな。今になって教えてくれた理由は何だ?」
「そうだな・・・そっちの兄ちゃんが牛を殺さなかったから、かな。」
アハトの問いかけに少年は迷うことなくそう答えた。
「え?」
「だって、竜を倒すために俺たちを囮にするような人たちだったら困るもん。」
きょとん、とするアインの瞳をまっすぐに見て少年は告げる。
ドラゴンを目の前に怖気ずに戦いを繰り広げた様子で、彼らが本気で戦おうとしてくれているのはわかった。
そして、囮に使うと言って連れてきたはずの牛を、結局助けてしまうほどのお人好しだということも。
「なるほど、お前の目から見て、俺たちは信用できると思えたということだな。」
「うん、だから俺がその場所まで案内してあげる。」
「ありがとう!!」
「うわっ!?」
いきなりアインにがばっと抱きつかれて、少年はさすがに驚いてしまった。
「君の思いに僕たちは答えるよ!」
「う、うん。」
ばしばしと少し痛いくらいに背中を叩かれて、少年は目を白黒させる。
それでも悪気はないことはわかるし、やはりまっすぐな人物なのだなと少年には思えた。
それから間もなく、少年に案内されている途中で地面に赤黒い染みが見つかった。
「ぺろっ!これは青酸カ・・・」
それを指でこすって鼻先に持って行ったアハトがよくわからないことを言い出すと、なぜか牛が大きな声で鳴いた。
「ブモ~!」
「なんだ、今日はお前が突っ込み役か。」
そんな牛とアハトのやり取りはともかく、アインも地面に触れた後に指先のにおいをかいで。
「これは・・・どうやらドラゴンの血みたいだ。
アハトのグレネードで負傷したみたいだね。」
その場から立ち上がると辺りを見回した。
「匂いで追えそうか?」
「たぶん、こっちの方じゃないかな。」
「わかった、俺が先に見てくるよ。
崖のある所はいくつか見当がつくんだけど、兄ちゃんが言う方向ならたぶんこの近くだ。」
「あ、それならこれを持っていくといい。」
アインは道具袋を漁ると、手のひらサイズの小さな錬金灯を少年に手渡した。
「わ・・・これって錬金灯ってやつだろう?初めて見た。」
錬金灯は中で特殊な薬品同士を合わせることによって発熱、発光させる技術を用いた道具の一つだ。
錬金術で作られる道具の中でも、比較的一般人が手を出しやすい部類ではあるのだが、やはり辺境の村ともなると、基本的な明かりは松明と植物や動物などの油を利用したランプが多いらしく、少年にとっては物珍しい様だ。
「それを持って行ってくれ。
松明よりは目立たないし、いざというときは明かりの出ているところを塞いでしまえば隠すこともできるよ。」
「ありがとう兄ちゃん!それじゃあちょっと貸りるね!」
山や森での生活に慣れているのか、少年はその小さな明かりだけでどんどん先に進んでいく。
夜の山は暗いために持ってきた松明の明かり以外が無く、あったとしても月明り程度だ。
土地勘がまるでない2人だけで進んでいたら、迷っていたかもしれない。
虫の声が聞こえる他、時々うさぎやネズミなどの小動物が走り抜けていく度に、ちょっとした緊張が走る。
「それにしても、竜の炎のブレスはかなりなものだな。勝算はありそうか?アイン。」
少年が先に行ったのを確認してから、アハトがアインに尋ねた。
「う~ん、正直すごく強いよね。」
相手を称賛するように笑顔で言うアインに、アハトは軽く肩をすくめる。
「そうだな、すごく強い。だが俺たちはあれに勝たなければならん。」
獲物を一瞬で炭化させるようなブレスを、さすがにまともに食らうわけにはいかない。
何らかの対策を立てなければならないだろう。
「そうだね、ツヴァイを助けるために、そしてあの少年の期待を裏切らないためにも、僕たちはあの竜を倒さなければならない。」
「期待どうこうは、俺は知ったこっちゃないんだがな。」
アインはどうだか知らないが、アハトからしてみれば誰に期待されようと、それに応える義理はない。
むろん、家族である4人は別だが、それ以外は邪魔さえしてこなければどうでもいいというのが本音だ。
「こっちだよ、兄ちゃんたち。ここから見えるはずなんだ。」
そんなことを話していると、先に道を確かめに行っていた少年が上の斜面から声をかけた。
「ここから先はさすがに牛が登れないな。
悪いが、お前が行ってきてくれアイン。」
「わかった!松明を持っていてくれるかい?」
「ああ、お安い御用だ。」
アハトに松明を預けると、アインは少年がいるほうに向かって斜面を登り始めた。
「兄ちゃん、あれ・・・」
少年が指さした先に、大きな影が見えた。
その形をはっきりと見ることは叶わないが、かなりの大きさだということだけはわかる。
それは暗闇の中で、何かを貪り食っているところだった。
獲物が何かまでは見えないが、両方の首が交互に肉を食いちぎっては飲み込んでいる。
「どうやらここが、竜の巣みたいだね。」
「でかい・・・あんなの本当に倒せるのかな?」
不安そうに言った少年の頭を、アインはぐりぐりと撫でる。
「あだだっ!兄ちゃん、ちょっと痛いよ。」
「ご、ごめん・・・大丈夫だよ、僕たちが必ず倒して見せるから。」
「そっか、ありがとう兄ちゃん。とりあえず、このことを皆に知らせないと・・・むぐっ!」
「しっ!静かに・・・!」
少年の口を塞ぎ、錬金灯を手のひらで隠すと、アインはそのまま身を低くして茂みに隠れる。
ギャウウウウ・・・・!
低い唸り声をあげて両方の首が持ち上がったかと思うと、辺りを警戒するように見渡し始めた。
もしかすると、近くに潜んでいることに感づかれたかもしれない。
「仕方がない・・・一度村に戻って作戦を練ろう。」
片腕でひょいっと少年を抱えると、アインはそっとその場を後にした。