ホムンクルスの箱庭 第4話 第7章『孤島の護り人』 ①
今日からまた金曜日までがんばります(`・ω・´)
一台の馬車が、森の中の小道を走っている。
空は曇天で森の中は薄暗く、風が少し肌寒い日だった。
「まったく、こんなめでたい日だというのに雨が降ってきてしまったぞ。これも貴様のせいだな。」
御者席に座っていた銀髪の男性が、空から落ちてきた水滴を掌で受け止めて馬車の中に視線を送った。
荷台では全身黒づくめの怪しい男が、ホロに背を預けて眠っていた。
「何いってんだ、おまえお得意の悪運だろうが。」
いちゃもんをつけられたのが気にいらなったのか、彼はガバっと起き上がって抗議する。
「そういう貴様こそ、日ごろの行いが悪いのではないか?」
「いや違う!おまえがいけないんだっ!」
「いや違うな。おまえの行いが悪いからこんな大切な日に・・・!
って、私たちは何の言い争いをしているんだ。」
「まったくだ。」
ふと冷静になった2人は、顔を見合わせて苦笑する。
「しかし、まあ、あと少しで村だ。」
「ああ、そうだな。」
「まさか、貴様と手を組むことになろうとはな。」
やれやれというように、首を振りながら銀髪の男性はフッと笑う。
「今回ばっかりは、珍しく意見があったからな。」
以前は研究の方針で衝突することも多かった2人なのだが、今回ばかりは意見が一致したのだ。
「もともと、こうなることが正解だったのだ。彼女が死んだ時からな・・・」
どこか遠い目をしながら言う銀髪の男性に、黒づくめの男性も同意するように頷いた。
「まったくだ。彼女が死んでからは、全てがおかしくなってしまった。」
研究員の一人だったある女性が死んでからすぐに村を離れた黒づくめの男が、銀髪の男性に協力を求められて村に戻るのは数年ぶりのことだった。
「だがそれもあと少しで終る。よし、ここに馬車を置いて村に行こう。やつらに見つかるわけにはいかないからな。」
「そうだな。ここからどれくらいだ?」
「なあに、少し歩けばすぐさ。」
村から1キロ程度離れた場所に馬車を止め、2人は徒歩で森の中を進む。
「・・・妙だな。」
歩き始めてすぐ、銀髪の男性はその異変に気付いた。
「そう思わないか?動物が全くいない。」
「ああ、言われてみれば静かだな。」
森の中に、動物の気配は全くなかった。
雨が降っているとはいえ、鳥の声一つしないのは異常だ。
森の中はシンと静まり返り、雨の音だけが耳についた。
「・・・何か嫌な予感がする。早く村に行こう。」
何か感じ取ったのか、銀髪の男性は足早に森を駆け抜ける。
同じようにローブを翻し、黒づくめの男性も後を追った。
少しずつ森が開けて道に出る頃には、雨は強くなってきていた。
足元の水が跳ねて、バシャバシャと2人が駆け抜ける音が道に響く。
ようやく村に辿り着いたものの、そこは不自然なほどに静まり返っていた。
「誰もいない・・・?いったい何が起こってるんだ?研究所に行くぞ!オーベル!」
黒づくめの男性、オーベルにそう呼びかけると、銀髪の男性は先を急ぐ。
研究所の中に入っても、その違和感はなくならなかった。
「おかしい、こんなに誰もいないなんて・・・とにかく、紅牙と合流するぞ。
きっとあの子が、子供たちを安全な場所に避難させているはずだ!」
人っ子ひとりいないその場所を走り抜けた先にあったのは、子供たちがいるはずの温室。
だが、そこはガラス張りの窓が砕け噴水の近くには、赤黒い染みが広がっている。
そこには子供たちは誰ひとりとしておらず、何かが争ったような跡だけが残っていた。
そして、そこから少し離れた場所に・・・。
「な、なんだ、これは・・・!?」
突如現れた巨大なクレーターに、銀髪の男性が絶句した。
「これはいったいどういうことだ?」
「私に分かるはずがないだろう・・・」
「おまえだったら、欠片も予想出来ないということはないだろう、アルバート。」
茫然とつぶやく銀髪の男性、アルバートに対しオーベルがそう言うと彼はハッとしたような表情をする。
「まさか・・・いや、あの計画は終わったはずだ!そんなものは私が阻止した!」
否定するように首を振って顔をあげたアルバートが視線の先で見つけたのは、肩かけがちぎれた鞄と地面に投げ出されている数冊の本。
「これ、は・・・」
その本は以前アルバートが紅牙にプレゼントしたもののひとつで、紅牙が銀牙によく読み聞かせていた絵本だった。
「・・・誰か!?誰かいないのかっ!!」
何かに取りつかれたかのように、アルバートは施設の中を探して回った。
しかし、まるで消えてしまったかのように、そこには誰の気配もない。
子供たちも、研究員も、紅牙も、それだけではない。
そこに息づく生命自体が、存在しなかった。
「・・・誰も、いないようだな。」
立ちつくすアルバートに、オーベルが淡々とした口調で告げた。
「ばかな・・・私はまた、間に合わなかったというのか・・・?」
おぼつかない足取りでクレーターの方に歩き出したアルバートだったが、足がもつれてその中に転がり落ちる。
「く・・・」
転がり落ちた先でアルバートが見つけたのは、紅音がいつも大切そうに持ち歩いていたくまのぬいぐるみだった。
「そん、な・・・」
降りしきる雨の中、土で汚れたそのぬいぐるみにアルバートは震える手を伸ばす。
「・・・アルバート。」
「オーベル・・・私はまた、間に合わなかったのか?」
「いや、そんなことはない。そんなことはないはずだ・・・」
「ならばこの現状を見ろ!?」
気休めにもならないその言葉に、アルバートはオーベルが悪いわけではないと分かりつつも声を荒げる。
「俺はあの子たちが消えたとは思わない。ここの研究員が、やすやすとあの子たちを手放すわけがないからな。絶対にどこかにいるはずだ。」
クレーターの中で膝をついていたアルバートが、その言葉に反応するように辺りを見回す。
ほとんど膝立ちの状態ではいずりながら、アルバートはクレーターの外周に走り寄った。
「オーベル、どうやら・・・おまえが言った通りの様だ。」
そこには、まだ新しい馬車の轍が残っている。
「そうか・・・そうだな。まだ、終わっていない。」
轍の跡に触れたアルバートは、土で汚れた手を血がにじむほどに握りしめた。
オーベルは何も言わずに、その傍に立っている。
雨は耳障りなくらいの音を立てて振り続けていた。
「アルバート・・・」
「なんだ?」
「俺はマリージアの街に戻る。おまえはあの子たちが見つかった時に、助ける準備をしておいてくれ。」
マリージアにはオーベルが研究施設を構え、街の中心にはアルスマグナの本拠地がある。
そこに行けば、何かしらの情報が得られるはずだ。
オーベルの意図を汲み取ったのか、ずぶぬれになったアルバートはようやく立ち上がり白衣にまとわりつく重い水と土を払いのける。
「ああ、私はこれからあの子たちを助ける準備をする。」
「それなら、俺はあの子たちを見つける準備をしよう。」
「またお互い会う時は、あの子たちを幸せにする時だ。」
「そうだな。」
それだけ告げると、アルバートは何も言わずに森の中に消えていった。
「まだ、何も終わってない・・・そうだよな?葵さん。」
去り際、彼が一言だけ何か言ったような気がしたがその声は雨の音にかき消された。