ホムンクルスの箱庭 第4話 第6章『それぞれの想い』 ④
今日はクリストフとジョセフィーヌのお話です(`・ω・´)
子供たちが寝静まった真夜中、暖炉の前でジョセフィーヌは専門書に目を通していた。
目の前のテーブルには水晶と金属製の台座が置かれており、彼女はそれらに何か細工をしてはまた本に目を通している。
「ジョセフィーヌ、あまり根を詰めないようにね。」
そんな彼女の前に、温かなコーヒーの入ったカップを置いたのはクリストフだった。
「・・・なによ、眠ったんじゃなかったの?クリストフ。」
ばつの悪そうな表情で彼を見てから、ジョセフィーヌは視線をそらした。
「子供たちを寝かしつけた時に一緒になって眠ってしまったんだが、急に目が覚めちゃってね。」
「・・・よくやるわね。子供たちの世話なんて、私はまっぴらごめんだわ。」
アインに子供たちの世話を頼まれてからというもの、クリストフはよく子供たちの面倒を見ていた。
人数分の食事の用意だけではない。
子供たちがぐずって眠らない時は眠るまで傍にいてやり、話をしてやっているようなのだ。
「・・・そうだな。いつかアルスマグナを抜けることができたら。
君と子供たちと、こんな暮らしをするのが夢だったと言ったら、君は笑うかい?」
「なによそれ・・・馬鹿みたい。」
嘘か本当か分からないような曖昧な笑みを浮かべるクリストフに、ジョセフィーヌは冷たく言ってまた作業に没頭し始める。
それを見てクリストフはくすっと笑うと、隣に並んで水晶の方を細工をし始めた。
「ちょっと、やり方は分かっているの?」
「ああ、水晶に大気のマナを吸収させて、それを台座で循環させるように作り直すんだね。」
その答えに、ジョセフィーヌはあきれたように言った。
「・・・わかってたんなら、あなたがやればよかったじゃない。」
「いや、僕は理論は分かっていても、それを実践するのが苦手なんだ。
昔から一緒にいる君なら分かるだろう?」
「・・・そうね。私とあなたと、変態と爆弾魔、それから・・・彼女。
あんなことがあるまでは、私たちはいつも一緒だったわね。」
遠い昔を思い出すように一瞬だけ遠い目をした後、ジョセフィーヌはふうっとため息をつく。
「やめましょう、昔のことを思い出すのは億劫だわ。」
「そうかい?僕はたまに思い出すよ。
そして思うんだ・・・せめてあの時、僕たちが村を離れていなければと。」
「・・・馬鹿ね。あの時は私たちだけじゃない。全員が組織の掌で踊らされていた。
あなたがいまさら何か思ったところで、何も変わらないわよ。」
当時、クリストフとジョセフィーヌは表向きはあの村にあった組織の主導者だった。
上からの要求に応じて村の外に出かけることも多く、その時を利用されて2人が知らないところで行われた実験がいくつもあった。
「・・・主導者なんて名ばかりで、結局、僕たちは何もできなかった。」
「やめなさい。どんないいわけをしようとも、私たちがしてきたことは変わらない。
私たちは子供たちを使って、組織に言われるがままに実験を繰り返してきた極悪人よ。
それは死ぬまで・・・いいえ、死んでも変わることのない事実だわ。」
「・・・そうだね、僕もそこを否定する気はない。
僕たちが死んだあとに行くのは、きっと地獄だろう。
でも、君となら地獄も悪くないと思っているよ。」
にこっと笑ったクリストフを見て、ジョセフィーヌはため息をつく。
「よくそういうことをさらっと言えるわね。」
「それはもう。愛しているからね、君を。」
それに対しては聞こえないふりを決め込んだジョセフィーヌは、作業に没頭し始める。
「・・・君が。」
「・・・・・・」
「ヌルに陶酔するほどに彼を愛していたのは、彼女に対する罪滅ぼしだったと僕は知っている。」
作業をしていたジョセフィーヌの手が、一瞬止まった。
「葵と君は仲が良かった。
素直になれずに勘違いされがちな君を、彼女はいつも庇ってくれていたからね。」
「・・・適当なこと言わないで。私はあの女が嫌いだった。
いつもいつも、皆、家族だから大事だとか、あなたが傷つくようなことをしちゃいけないとか、偽善者ぶったことばっかり言って・・・。
さっさと組織から消えてくれればいいって、いつも思っていたわ。」
「そうだね、彼女はアルスマグナにいるにはふさわしい人物ではなかった。
組織にさえ入らなければ、人並みの幸せと人生を全うできただろう。」
葵がどういった理由でアルスマグナに所属することになったのか、クリストフはそのことについては知らない。
しかし、彼女がその場所にふさわしくない人物であったことはよく理解していた。
「結局、彼女は死に残された彼女の子供たちは、実験体として利用されてしまった。」
あの頃からだっただろうか、実験に対しての罪悪感が薄れ始めたのは。
大切な者ですら平気で実験体になってしまうような環境は、2人の感覚を少しずつ狂わせていった。
家族などという甘い幻想は、ここでは通用しない。
つきつけられた現実を理解しながら、それでも出来うる限り上からの無茶な実験の要求は先延ばしにしてきた。
クリストフは自分にできる実験は自分に施し、それでも足りない分は、まだ自我の芽生え始めたばかりの子供とホムンクルスで代用した。
それでもある日、望まぬ実験は強行されてしまった。
村に戻った2人が見たのは、術式に食いつくされた子供たちの残骸と虫の息の紅牙、生き残った4人を他の研究員たちが連れて行く現場だった。
「廃棄場に捨てられて手がつけられなくなったヌルを君が引き取ると言いだした時は、本当に驚いたよ。」
死にかけた紅牙が廃棄場に捨てられたことを知ったのは、それからかなり後のことだった。
紅牙がそのまま死のうが、周りの廃棄物を食べて生き延びようが、組織としてはどちらでもよかったのだろう。
しかし、彼は生き残った。
そして、誰にも手がつけられないほどに成長し、2人の元に戻ってきた。
「あれは・・・賢者の石を持つ実験体を、みすみす他の連中に渡したくなかっただけよ。」
「そうかな?彼に対して特別な思い入れがあったからこそ、君は彼に喰われずに済んだ。
僕はそう思っているのだけどね。」
当時、狂いきったヌルに手を焼いた組織は彼を始末、あるいは手なづけようとした。
そして多くの者が失敗し、彼に喰われた。
それを知りながらクリストフの見守る中、ジョセフィーヌは武器の一つも持たず廃棄場に入り、ヌルに取引を持ちかけたのだ。
『あなた、家族に会いたいんじゃないの?』
『おまえは誰だ?』
『誰だっていいじゃない。それよりどうなの?会いたいの、会いたくないの?』
それに対してヌルはくっくっくと低く笑うと、本当にいい笑顔でこう言った。
『もちろん会いたいさ。俺は家族に会いたい。そのために今まで生きてきたんだ。』
『そう・・・だったら、私が会わせてあげるわ。
だから、それまではおとなしく言うことを聞きなさい。』
『本当か?嘘だったらおまえも喰らってやるが。』
『そんなくだらない嘘はつかないわ・・・それで、家族に会ってどうしたい?』
ヌルは恍惚の表情で、ジョセフィーヌに告げた。
『決まってるじゃないか・・・俺は家族を喰らいたいんだ。』
『・・・いいでしょう。それがあなたの本当の願いなら、そう遠くないうちに叶えてあげる。』
『取引成立だな。』
『ええ、取引成立よ。』
それからしばらくの間、ヌルはジョセフィーヌの言うことを聞いて多くの実験をこなした。
組織にとって有用になったことから、ヌルの廃棄の話はなくなった。
だが、研究実験を繰り返して行く中で、ジョセフィーヌはヌルの力に魅了されていったのだ。
「あのお方、いいえ、ヌルの力は素晴らしいものよ。今でもその考えを改めるつもりはないわ。」
その言葉に嘘偽りはなかった。
実際のところジョセフィーヌはヌルを崇拝していたし、あれが賢者の石としての、そして生き物としての終着点だと思っている。
ヌルから手を切られることがなければ、今でも彼の言うことに従っていただろう。
取引相手として対等であったはずの立場が、いつの間にか変わっていることにも気づかずに。
「研究者として、彼の持つ賢者の石の力に惹かれる気持ちはよく分かる。
でも、今の君は実験体としてのヌルよりも、彼を救ってくれるかもしれないアインたちに期待している。」
はあっとため息をつくと、ジョセフィーヌはいじっていた台座をぽいっとテーブルの上に投げた。
「くだらない話はもうたくさん。
忘れたわけじゃないでしょう?フィーアをヌルにけしかけて食わせたのは、私よ。
あなたが妄想をするのは勝手だけど、その幻想を私に押し付けないでちょうだい。」
機嫌悪そうに言ってから、ジョセフィーヌはそのまま寝室に行ってしまった。
「フィーア、か・・・ジョセフィーヌ、君は期待していたんだろう?
あの子の心臓に刻まれた紋章術が正確に発動すれば、あるいは・・・」
完成した水晶を彼女が置いて行った台座に乗せたクリストフは、ぽつりとそんなことを呟くと、手にしたコーヒーのカップを傾けた。
「ジョセフィーヌが飲まなくてよかった。ずいぶんと苦い・・・少し濃いめに入れすぎてしまったかな。」
冷めたコーヒーを一口だけ口に含むと、クリストフは自嘲気味に笑ってコトンとカップを置いた。