ホムンクルスの箱庭 第4話 第6章『それぞれの想い』 ③
おはようございます~(`・ω・´)
今日も頑張ります(*ノωノ)
「さあ、そろそろ戻りましょうか。」
ドライが立ち上がって振り返ると、アインがこちらをまっすぐに見つめていた。
「それとさ・・・他にも思い出したことがあるんだ。」
その言葉に、ドライは不思議そうに軽く首を傾げる。
「・・・あの場所で、僕は銀牙と呼ばれていた。」
「・・・そうね、本当は皆、番号じゃない名前を持っていた。」
ドライはその言葉をかみしめるように頷く。
「思い出したよ。あの頃、僕たちは単なる実験体なんかじゃなく、皆で家族として暮らしていたってことを。」
「ええ、アルバートおじちゃんと紅牙おにいちゃんが、それをずっと守ってくれていた。
たとえ他の研究員たちが私たちを実験体として扱っても、2人だけはいつも名前で私たちを呼んでくれたのよ。」
ドライはどこか悲しい瞳をしていたが、それでも優しい笑みを浮かべながら答える。
「僕の名前は兄さんがつけてくれた・・・自分が紅牙だから僕は銀牙だって。」
「あんたの名前については、アルバートおじちゃんと紅牙おにいちゃんでそうとう揉めたって言ってたわ。」
「そうだったのか・・・」
「うん。」
そのことに関してはアインはまだ思い出せない。
けれど、思い出せたことでそれ以上に大切なことがある。
「ドライ・・・君の名前。」
「・・・・・・」
「しぐれ・・・時に紅って書いて時紅と読むその名前は。」
真剣なまなざしで、アインはドライを見つめる。
「僕が君にプレゼントした名前だった。」
その言葉に、ドライが小さく息を呑んで、俯いた。
「・・・なによ、やっと思い出したの?」
震える声で、ドライは一言だけそう返した。
それを見て、アインは彼女の頭をそっと撫でる。
「ごめん・・・君が言った通り僕は大切なことを忘れていた。
紅牙兄さんのこと、アルバートおじさんのこと、そして、君のこと・・・」
アインの中で、遠い昔の記憶が蘇りつつあった。
子どもの時――自分がまだあの始まりの村で兄と暮らしていた頃。
ある日、双子の女の子が施設に連れてこられた。
当時のアインからすれば、家族が増えてうれしい以外の気持ちはなかったのだが、アルバートと紅牙が深刻そうな表情をしていたのを覚えている。
「ハーフエルフの双子か・・・どこから攫ってきたのかは知らないが、相当ひどいことをされたようだな。」
「ああ、姉の方は暗闇を異常に怖がるし、妹の方も精神的にだいぶ参ってしまっているようだ。」
自分がいることに気が付くと、2人はすぐに表情をやわらげて笑いかけてくれた。
「・・・なんだ、銀牙、どうした?」
「あの子たちがどうかしたの?」
子供心ながらにも2人が何か困っていることが分かり、アインはそう尋ねた。
「いや、あの子たちはここに来てまだ日が浅いからな。銀牙、お前が仲良くしてやってくれると助かる。」
「うん!ぼく、あの子たちとなかよくするよ!」
「ああ、それでこそ正義の味方だ。なら、正義の味方は皆で仲良く遊んできなさい。」
「は~い!」
元気よく部屋を去る間際、こんな言葉が聞こえてきた。
「せめて名前を付けようと思ったんだが、妹の方に拒否されてしまったよ。
知らないおじさんからもらう名前などいらないとな。」
「仕方がない。幼くとも自分が本来いるべき場所ではないところに連れてこられたことは理解しているさ。
少しずつ、心を解してやればいい。名前を付けるのはそれからでも遅くないはずだ。」
「ああ、そうだな・・・フフ、今度こそは私が良い名前を付けてやるぞ。」
「・・・おまえのネーミングセンスで女の子に名前が付けられるのか?」
「何を言う!銀牙の時に考えた犬獅郎だってかなりの力作だったんだぞ!
超人気アニメの主人公と同じ名前だぞ!?かっこいいじゃないか!」
「俺はあの時ほどおまえの頭を疑った瞬間はなかったが・・・」
その時は後半の会話はあまり理解していなかったが、とりあえずあの女の子たちにまだ名前がないのだということだけはわかった。
「くすん・・・くすん・・・ぱぱ、まま・・・」
「ねえ、泣かないで?わたしはあんたのおねえちゃんなんだから、ずっと一緒にいてあげるから。」
2人の部屋に行ってみると、妹がベッドの隅でクマのぬいぐるみを抱いて泣いているのを、姉が慰めているところだった。
「あの・・・えっと。」
「・・・だれ?妹のこといじめるなら、許さないから。」
アインの姿を見た途端、姉であるルビー色の髪の少女がぴるぴると震えながらも妹を守るように前に立った。
「ぼくは『せーぎのみかた』なんだ。だからいじめたりしないよ。」
「せーぎのみかた?」
「うん、『せーぎのみかた』は強くてやさしいんだ!
ねえ、ぼくといっしょにあそぼうよ!」
それが、2人との出会いだった。
3人はすぐに仲良くなり、いつも一緒にいるようになった。
それからどのくらい過ぎた頃だっただろう?
ある日、珍しく姉の少女が一人で泣いていた。
「どうしたの?」
話しかけると、少女は目を真っ赤に腫らして。
「妹が・・・名前をもらったって嬉しそうに私に言うの。
名前なんかいらないって言ってたのに、どうして・・・」
泣きながら話す彼女の言葉をなんとか聞き取ると、どうやらこういうことらしい。
最近、妹の少女には仲の良いともだちが出来たようだ。
その相手は実験室から出ることも出来ず、誰とも話すことも出来ずにひとりぼっちらしい。
妹はそちらに入りびたりで自分のことが蔑ろにされているようで悲しかったが、それは我慢していた。
それなのに、その相手から名前をもらったのだと、相手にも自分が名前を考えてあげたのだと嬉しそうに報告されて悲しくなってしまったそうだ。
「あの子は私のなのに・・・私の妹なのに。」
泣き続ける少女に、アインは何を言ってあげていいのかがわからなかった。
だから・・・
「泣かないで。それなら、ぼくが君に名前をあげる。」
「なまえ・・・?」
「うん、名前。とっても素敵な名前を考えるよ。」
その言葉に少女はきょとん、とした表情をした後、慌てたように紙に字を書いた。
つたない文字だったが、かろうじてどういった形かはわかる。
「そ、それなら・・・この『紅』っていう漢字を使ってほしい。
妹は紅に音で『紅音』ってつけてもらったんだって。
だから、私も妹とおそろいがいい!」
一生懸命にそう訴える少女に対し、首を横に振ることなどできようもなく。
「か、かんじ・・・うん、わかった!がんばって考えるよ。」
まだ10歳にも満たないアインに漢字は難しかったが、少女を泣き止ませるために約束した。
「どうだ銀牙?良い名前を思いついたか?」
「う~・・・むずかしいよ。」
くすっと笑うと、兄は辞書とにらめっこしている自分の隣に来て、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。
「おまえが漢字を教えてくれと言った時には驚いたが、大切な人の名前を考えるためなら頑張らないとな。」
「うん、約束したんだ。せーぎのみかたは約束を守らないと!」
「アルバートが悔しがるような、良い名前を考えてやれ。」
「おじちゃん?」
「ああ、あいつはあの2人に、いつか自分が名前を付けようと画策していたからな。
銀牙が先に良い名前を考えてやったら、悪の大総統に一泡吹かせてやれるぞ。」
「わるものをやっつけられるの?ぼく、がんばる!」
「そうだな。そして、それ以上に相手が喜ぶ名前を考えてやれ。」
「うん!・・・でも、なまえってむずかしいや。」
犬や猫に名前を付けるのと違い、自分の身近な女の子の名前ともなると、どんな名前にしていいのか本気で悩んでいた。
「そうだな・・・参考までにだが、俺とお前の母親は花の名前だった。」
「お花?」
「そう、葵という初夏に咲く花の名前だ。」
そう言いながら、彼は写真の女性を見せてくれる。
「ぼくの、おかあさん・・・」
以前も見せてもらったことがあったが、綺麗な人だった。
この人が自分と兄の母親なのだと思うと、とても誇らしかった。
「同じように花の名前にしろとは言わないが、そうだな・・・あの子がここに来た季節に合わせて名前を付けてやるのもいいかもしれない。」
「季節?」
「季節にあった言葉を参考につけるのはどうだ?」
「あの子が来たのは・・・冬?」
「そうだな、晩秋の頃の雨の日だった。」
「雨・・・う~ん、紅と雨・・・」
「雨を参考にしたいのか?それなら、時雨はどうだ?」
「しぐれ?」
「ああ、晩秋に降る雨のことをそう言う。」
「紅って文字一文字でそう読める?」
「読めないな。当て字になってしまうが、しぐれのくれの部分を「紅」にして、『し』の部分は何か考えないといけない。」
「んん~・・・」
「銀牙はあの子に対してどんな風に思っている?」
「え?う~んと、仲の良い友達?」
「そうだな、だが、仲の良い友達は他にもいるだろう?
名前を付けてやりたいと思うほどの相手なら、他に何か感じることがあるはずだ。」
「他に感じること・・・」
「それが何か考えてみるといい。分かった時にはもう一度、俺に相談してくれ。
出来るだけ協力してやりたいが、おまえが考えた名前でないと、あの子にとっては意味がないだろうからな。」
「それから、僕は君に関してのことをたくさん書きだしたんだ。」
アインの言葉を、ドライはただ静かに聞いている。
「君は妹を守るためにいつも一生懸命で、強気に見せているけど本当はか弱くて、家族想いで、優しくて・・・」
とりとめもなく思うことを書き出していくうちに、ようやく気付いた。
「僕は君とずっと一緒に過ごしたいと思った。
だから、これから先の時間もずっと一緒にいられるようにって願いを込めて、時という漢字を『し』、紅という漢字を『ぐれ』と読ませて。」
泣きそうになっているドライに笑いかけながら、アインはこう告げた。
「僕は君に『時紅』という名前を贈ったんだ。」