ホムンクルスの箱庭 第4話 第6章『それぞれの想い』 ①
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「蒼ちゃん、蒼ちゃん・・・っ!」
こちら側に戻ってきたものの、フィーアはかなり混乱しているようだった。
必死にツヴァイにしがみつき、蒼夜としての名前を呼び続ける。
「フィーア、大丈夫だから!」
「あう・・・っ!」
少しきつすぎるくらいにフィーアを抱きしめて、ツヴァイは耳元で囁き続ける。
「大丈夫だよ、フィーア。大丈夫・・・」
優しく髪を撫でてやると、フィーアはまだ震えているものの少し落ち着きを取り戻した。
それを見て自分の出番はないと悟ったのか、ほっとため息をついてドライは皆を見回す。
「・・・この時、私たちは他の街から来た研究者たちに連れて行かれたってわけ。
紅牙おにいちゃんは私の記憶も消したかったみたいだけど、あの合成獣に邪魔されちゃったのよね。」
どこか遠い目をしているドライは、当時の記憶をずっと覚えていたのだろう。
「私は紅牙おにいちゃんはどこかで生きているって信じていたから、それからしばらくしてあんたたちの方の派閥を抜けてもう一つの方に行ったの。
まあ、結局は見つけられなかったんだけどね。
まさか廃棄場にいたなんて・・・」
賢者の石を作製した派閥の出身であるドライが、こちらを離れてフェンフやゼクスと一緒にいたのにはそういったわけがあったようだ。
「私が知っているのはこれで全部おしまい。
あとは、あんたたちが好きに考えなさいよ。
ただ、そうね・・・あんたたちがへこんでいるところを見るのは好きだけど、あんたたちらしくないんじゃない?私はやることあるから先に行くわよ。」
ぷいっとそっぽを向くと、ドライはさっさと森の中に歩いて行ってしまう。
「あ・・・っ!」
アインがその後を、迷わずに追いかけた。
「・・・アハト、ソフィ、悪いけれど僕たちももう馬車に戻らせてもらうよ。」
震えるフィーアを抱き上げて、ツヴァイもその場を去って行った。
残された者たちは何も語ることなく、焚き火を見つめ続けていた。
「なによ、犬・・・」
アインがついてきたことに気づいたドライは、しばらく進んだところで立ち止まると振り返りもせずにそう言った。
「・・・ドライ、君はずっとあんな辛い記憶を抱えながら一人で我慢していたんだね。」
アインが申し訳なさそうに言ったのに対し、ドライはうつむきながら答える。
「別に辛くなんてなかったわよ・・・ただ、皆があの時のことを忘れていたのが嫌だった。
いつの間にかよ?紅牙おにいちゃんの代わりにあいつが・・・ツヴァイが増えて、皆、何事もなかったように過ごしているの。まるで昔の焼き増しみたいに。」
震える手をぎゅっと握りしめて、ドライはアインを振り向く。
「でもそんなの変じゃない?
なんで助けてくれたおにいちゃんがどっかに行っちゃって、なんであいつが増えて普通に暮らしているの?」
ムスッとした表情で語るドライは、機嫌が悪そうというよりは泣くのを必死にこらえているように見えた。
「そりゃあ、紅牙おにいちゃんに記憶を食べられたんだから当たり前だと思う。
覚えてなくてもしょうがないって・・・でも、それってそういうので納得できるところじゃないでしょう?
だから、自分がここにいて当たり前みたいに接してくるツヴァイが大っきらいだったし、おにいちゃんのことを忘れている皆も嫌だった。
それだけよ・・・辛いなんて、思ったことない。」
「ごめんね、そんな辛い思いをしていたなんて全然気がつかなかった・・・」
「だ、だから・・・っ!別に私は辛い思いなんてしてないもの!」
目に涙をためて、それでも必死に強がるドライの肩をアインは思わず抱き寄せる。
「僕もわかったよ、ずっと気になって仕方がなかったんだけど・・・一緒に兄さんを迎えに行こう。」
「あんた・・・」
「ヌルは・・・紅牙兄さんはやっぱり僕らの家族なんだ。」
小さく震えるドライを抱きしめながらアインは紅牙の言葉を思い出していた。
『俺に何かあった時は、おまえが家族を守るんだ。』
・・・兄さん、僕はもう泣きそうな顔はしていないだろう?
兄さんが言った通り、今度こそ家族を守り兄さんを迎えに行くよ。
「そうね・・・うん、アイン、私とあんたで家族を取り戻しに行きましょうか!」
くすっと笑うと、ドライはアインの腕から抜け出してようやく笑って見せる。
「もちろん皆も一緒に行くけれど、私とあんたはお兄さんとお姉さんでしょう?」
「そうだね!」
「じゃあ、私はあんたについて行って手伝いをするわ。」
「おーう!頑張ろう!」
いつも通りのノリで答えるアインを見て、ドライもいつものノリで言った。
「そうよ、頑張りなさい犬。私はあんたについてってあげるから。
ここで頑張らなかったら許さないんだからね!」
「おうふ!」
「さ、戻るわよ!何となく森の新鮮な空気を吸いたくて出てきただけなのに、あんたが追ってきたりするからなんか恥ずかしいじゃない!」
照れているのか、乱暴な口調でドライは言い放った。
「だね、一緒に帰ろう!」
「うん、私も皆のところに帰るわ・・・。
だって、やっと一緒に迎えに行くことができるんだもん。」
今までで一番うれしそうに笑うと、ドライはアインの腕にくっついた。
「さあ、行くわよ犬!」
それに対して笑みを浮かべながら、アインは静かに頷く。
やっと自分が帰る場所を見つけたかのように、ドライはぎゅっとアインの手を握り締めた。
「・・・自分で真相にたどりつけって言われた意味がよくわかったわ。」
しばらくの間、何も言わずに焚き火を見つめていたソフィが不意に口を開いた。
今ここにはソフィとアハトの2人しかいない。
一緒に残っていたグレイはしばらく何か考えていたようだが、今日は先に眠ると言って馬車の方に歩いて行ってしまった。
「そうだな、クリストフとジョセフィーヌですら知らない事実がここにあったわけだ。」
「あんたも同じこと言ってたじゃない、アハト。」
「ああ、そんなことも言ったっけかな。」
ソフィがじっと見つめると、アハトははぐらかすように笑みを浮かべる。
「さて、俺たち大人が暗くなっても仕方あるまい。まずはどうしようか?」
先ほどフィーアの力により触れたヌルの過去は、衝撃的だった。
かつてマリージアでヌルに殺された2人ですら、彼に同情を禁じ得ない。
いや、同情とはまた違うのだろう。
これはきっと、家族に対して感じる想いと一緒だ。
ただ、彼を絶望から救ってやりたい。
ヌルではなく、紅牙であった時の彼に戻してやりたい。
「家族を助けるためにどうするか?」
「その通りだ。」
その気持ちは、アハトとソフィの共通のものだったようだ。
「ヌル・・・いいえ、紅牙さんは今どういう状態なのかしら?」
「あいつは、まあ、あれだ・・・ちょっと混乱しているだけだろう。
すぐに正気を取り戻させてやるさ。」
「それって、やっぱり彼の能力で他の実験体たちを喰らいすぎたせいなの?」
ヌルの意識は捕食をするごとに霞み、濁っていったように思えた。
「あいつはおそらく、捕食したものの意識ごと自分の中に取り込んでしまうんだろうな。
そのせいで自分でないモノの意識がどんどん混ざっていってしまった。
それも、あんな廃棄場に捨てられたモノたちの意識がだ。」
廃棄場に捨てられた実験体たちの中にも、意識があるものはいただろう。
それが元の意識とは違うとはいえ、本能的な部分は残っていたはずだ。
生きたい、喰らいたい、痛い、苦しい、助けて・・・
そんな混沌とした絶望を全て受け入れてしまった紅牙の心は、あふれ返ってしまったのだ。
本来の自分の意識を、その水底深くに沈めてしまうほどに。
「自分が能力の中心だから、全てを受け入れることしかできなかった。
私みたいに自我を取りとめることができなかった。そういうことなのかしら。」
「だがまあ、紅牙の能力のことも分かったし対処法も検討がつく。
俺の中で問題だと思っているのは・・・」
少し言葉を貯めてから、アハトはこう告げた。
「ツヴァイだ。」
「あの子の気持ちについてよね?」
「まあ、それはおいおい家族で考えるのが良いかもしれないな。」
フッと笑うと、アハトは立ちあがって言った。
「あいつらももう子供じゃない。
せいぜい見守らせてもらうさ・・・あいつらが築く未来ってやつをな。」