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ホムンクルスの箱庭  作者: 日向みずき
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ホムンクルスの箱庭 第4話 第5章『家族』 ⑦

今週はここまでとなります(`・ω・´)

また来週の月曜日からがんばります(*‘ω‘ *)

 そこから視界が暗転して、翌日の紅牙の姿が皆の前に現れた。


『よし・・・決行の日だ。』


 彼は装備した小手に触れながら、表情を引き締めて誓いの言葉を口にする。


『絶対に、家族は俺が守ってみせる。』


 約束の時間にはまだあるが、それまでにやっておかなければならないことはいくらでもある。


『さて、銀牙たちに準備をさせないとな。アルバートのやつは無事に準備ができたのか?』


 紅牙が部屋を出て地上の施設への階段を上りきった時だった。

 突然、横から何かが襲いかかってくる。


『いったいなんだ・・・!?』


 反射的に小手ではじいて距離をとると、そこにはライオンを模したような形の合成獣(キメラ)がおり、飢えた瞳でこちらを見ていた。

 さらに視界に入ったのは、研究所の2階から見たことのない研究者たちが数人こちらを眺めている姿。


『実験体0号、おまえのように強力な力を持ちながら、まったく研究に役立とうとしないやつは初めてだ。

 これまで自分の力を使うことを拒んできたようだが、今度拒めばその合成獣(キメラ)に殺されてしまうぞ。

 さあ、死にたくなければそいつを喰らうんだ!!』


『この力は、本来この世界にあってはいけないものだ。

 俺が皆と幸せに暮らすために、こんな力を使うわけにはいかない!』


 研究員たちの言葉に、紅牙は全力で抵抗しようとした。


『ならばおまえはここで死ぬだけだ!

 新しい実験体にその賢者の石は有効活用させてもらおう。』


 なるほど、自分が死んでも代わりはいくらでもいるということだろう。

 現にこの研究所には、すでに自分のクローンが存在していることを紅牙は知っていた。

 そして、その存在がどれだけ悲しいものなのかも。

 これ以上、そんなくだらないことを繰り返させるわけにはいかない。

 しつこいくらいに襲いかかってくる合成獣(キメラ)の攻撃を何とか受け流しつつ、紅牙は闘い続けた。

 

 しかし、賢者の石の力を使わない紅牙は、回復力が高いだけの獣人でしかない。

 相手は戦闘に特化された合成獣(キメラ)だ。

 1対1とはいえ、戦況は明らかに相手の方が有利だった。

 紅牙が避けるたびに、合成獣(キメラ)の攻撃によって地面が砕かれ施設が破壊されていく。


 思ったよりも距離を移動してしまっていたらしい、気がつけば子供たちの遊び場である温室の近くまで来てしまっていた。

 視界に温室が映って紅牙はどうするべきかを一瞬迷う、その瞬間を合成獣(キメラ)が逃すはずもなかった。

 無造作に繰り出された横からの一薙ぎが、紅牙の身体を捕えた。


「がは・・・っ!!」


ガシャーン!!


 温室のガラス窓が砕け散って、紅牙がその中に転がり込んだ。


『きゃあああ!?』


 そこで遊んでいた子供たちは、悲鳴をあげて一斉にそちらを見る。


『紅牙にいちゃん!?』


『銀牙、逃げろ・・・っ!!』


 なんとか起き上がった紅牙を見て、幼いアインが泣きそうになっている。

 それを追うように合成獣(キメラ)が温室に入ってきた。


『皆を連れて、おまえは逃げるんだ・・・っ!』


 紅牙にも、幼い弟に無茶なことを言っているのは分かっていた。

 恐ろしい光景を目の前に、きっと動くこともできないのだろう。

 アインはその場に立ちすくんで震えている。


『く・・・力を使うべきか!?』


 このままではここにいる全員が合成獣(キメラ)に喰われてしまう。

 

 そんなことをさせるぐらいなら・・・!


『紅牙おにいちゃん・・・?』


 声が聞こえて、思わずそちらに視線を送る。

 アインの後ろでは、ドライとフィーアが怯えながらも心配そうに紅牙を見ていた。

 それを見たときに、決心が鈍ってしまう。

 

 力を使えば、自分は自分でいられなくなるかもしれない。

 そうなったらもう、家族と一緒にはいられない。

 そして、その迷いは致命的な隙を生み出す結果となった。

 合成獣(キメラ)の爪が紅牙の腹部を大きく抉った。


『ぐ・・・ごほ・・・っ!』


 紅牙は地面を転がり、彼の口から真っ赤な物があふれ出した。


『にいちゃあああんっ!!』


 それを見て、いても経ってもいられなくなったのだろう。

 アインは必死に勇気を振り絞り、恐怖に震える身体を紅牙を助けるために投げだした。


『銀牙!?やめろおおおっ!!』


 紅牙は必死に庇おうとしたが間に合わず、合成獣(キメラ)の巨大な鍵爪がアインを捕えた。

 その身体が大きくしなって弧を描くように宙を舞う。

 小さな体は衝撃に吹き飛ばされて、温室の外まで放り出された。


『ぎんが・・・!?ちょっとやだ、ぎんがーっ!!』


 それを見ていたドライがそちらにかけて行ってしまう。

 フィーアも釣られるようにそちらに走りだした。

 合成獣(キメラ)がその後を追うように、温室を飛び出して行く。


『く・・・っ!』


 紅牙の腹部からは、血がとめどなく流れていた。

 それでも、無理やりに身体を動かして外に走り出す。

 倒れているアインに、ドライが必死に話しかけていた。


『ぎんが・・・っ!!ぎんが、ちょっと犬!しっかりしなさいよ!?』


 その声にアインが反応することはなく、辺りに赤黒い染みが広がっていく。


『あ・・・ああ・・・』


 隣に立ち尽くしていたフィーアが、悲鳴を上げた。


『いやあああっ!?』


 その瞬間だった、フィーアを中心として地面全体を侵食するように紋章が広がっていく。

 いくらもしないうちに、巨大な光の紋章陣が形成され村全体を覆った。


『いったい何が起こってるんだ・・・!?』


『フィーア・・・?紅音!だめよ!?』


 それを見ていたドライが必死にフィーアを落ち着かせようと抱きしめるが、すでに遅かった。

 紋章陣全体が光を放ったかと思うと、突然温室にいた子供たちが一斉に倒れて行く。

 まるでその生命力や命を根こそぎ奪って、アインに与えていくように。

 高見の見物を決め込んでいた研究者たちも、村の中にいた生き物たちも。

 

 命ある物は全てその生命力を奪われ、形を失って行く。

 命を吸いつくされたモノから、まるで溶けるようにして紋章陣に飲み込まれていく。

 存在という存在を根こそぎ奪うための紋章術がそこにあった。


 アインの傷口が見る間にふさがっていき、失われたはずの命の火が灯される。

 あまりに残酷な光景は、あるいは奇跡と呼べるものだったのかもしれない。

 しかし、その奇跡の中心にいるフィーアは泣き叫んでいた。


『いや・・・いやあああっ!!』


 自分が何をしているのかわかってしまったのだろう。

 フィーアは必死に紋章術止めようとしているようなのだが、暴走してしまった力は止まる気配を見せない。


『がは・・・っ!そうか、こういうからくりか・・・』


 紋章陣の中にいる紅牙も、当然その術式の餌食になっていた。

 賢者の石の力で存在こそ根こそぎ奪われないものの、深手を負っていたせいもあり再び血を吐く。


『こ、紅牙おにいちゃん・・・きちゃだめ、きちゃだめえ・・』


 それを見てフィーアがさらに激しく泣きだすと、紅牙は優しい声で話しかけた。


『何を言ってるんだ。

 俺は皆の兄貴だぞ?皆を助けないで、今、戦わないでどうするって言うんだ。』


『ひっく・・・ひっく・・・』


 しゃくりあげるフィーアの元に、紅牙はゆっくりと近づいて行く。


『大丈夫だ。今助けてやるからな。』


 術式に生命力を奪われながらも、紅牙は泣きじゃくるフィーアとそれを抱きしめているドライの元に辿り着く。


『よし、そうだな。俺の最初の力の使い方がこういうのだったら、納得だ。』


 その表情に、もはや迷いはなかった。


『紅牙おにいちゃん・・・?』


 フィーアを抱きしめて泣いているドライが、不思議そうに紅牙を見上げる。


『時紅、少し待っていろよ。おまえはおねえちゃんだからな。先に2人に譲ってやってくれ。』


 優しく微笑みかけると、紅牙はフィーアと倒れているアインの頭にそっと手を置いた。


『紅音。』


 話しかけられると、フィーアは泣きながら紅牙を見つめる。


『悪い夢はすぐに終わる。

 次に目覚めたときはこんなのは全部忘れて、きっといい明日が待っているはずだから。

 諦めずに待っているんだぞ?』


『こうが、おにいちゃん・・・』


『分かったな?』


 紅牙に触れられたフィーアが気を失ってその場に倒れる。

 彼がフィーアとアインの記憶を喰らったということが、それを見ていた全員に分かった。

 それと共に展開していた術式が消えて行く。


『ごほ・・・っ!ごほっ!!』


 生命力を奪われた上に、人の限界をはるかに超える力を使った紅牙の身体はボロボロになっていた。

 それでも、まだやることが残っているというように、倒れるのを堪えてドライの方を見る。


『あとは、時紅の記憶を・・・』


 そう言って、紅牙が時紅の頭をそっと撫でようとした時だった。

 紋章陣に生命力を奪われ死んだはずの合成獣(キメラ)が、最後の力を振り絞るように紅牙に喰らいついた。

 勢いよく吹き飛ばされ、紅牙はその場に組み伏せられる。


『紅牙おにいちゃん!?』


『ぐ・・・っ!俺がやられたら、生き残ったこの子たちまで食われてしまう。

 おまえだけはあの子たちの元に行かせるわけにはいかない。』


 肩に食い込んでいる合成獣(キメラ)の牙をぐっと握りつぶすように掴むと、紅牙はその力で喰らった。

 力を使いきった紅牙はその場に倒れ、ドライだけがその場に残される。


『紅牙おにいちゃん・・・あかね、ぎんが・・・こんなの、嫌だよ・・・』


 あまりの光景に心がついて行かなくなってしまったのだろう、涙を流しながらドライはその場に気絶するように倒れた。

 空は今にも泣き出しそうなくらいに、厚い雲が覆っていた。




 そして、そこから先は見ているのも辛くなるような光景だった。


『・・・そうか、こんなところに捨てるとは連中もやってくれる。

 だが、皆を迎えに行かなければならないからな。俺はここで死ぬわけにはいかない。』


 紅牙が次に目を覚ましたのは、廃棄場の中だった。

 辺りには、大量のキメラや実験の失敗作たちが蠢いている。


『そのためにも・・・おまえら全員、俺の餌になってもらうぞ!

 いつか力をつけて・・・もう一度みんなを助け出すまでは、俺は諦めるわけにはいかないっ!!』


 紅牙の意識が正常を保っていられたのは、そこまでだった。

 皆を助けに行きたい、その一心で紅牙はただひたすらに喰らい続けた。

 化け物を喰らうたびに、自分の中に違う何かが紛れ込んでくる。

 自分の中にあるのにそれは自分ではない。

 

 その感覚は少しずつ紅牙の意識を破壊していった。

 最後に皆が見たのは、廃棄場の隅にうずくまった紅牙が何かを思いついたように呟いた姿だった。


『そうか・・・皆を奪われないようにするために、俺が全部取りこんでしまえばいい。

 なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだ!』


「兄さん・・・」


 その姿に、アインが思わず手をぎゅっと握りしめた時だ。

 俯いていたはずの紅牙が、見えているはずのないこちらに視線を送る。


『なあ、そう思うだろう・・・?紅音。

 せっかくここまで来たんだ、もう少しゆっくりしていかないか?』


「い、いやあああ!?」


 ゆっくりと伸ばされた手に、フィーアが悲鳴を上げる。


「フィーア!切るんだ!!」


 ツヴァイが叫んだ瞬間、リンクが切れてその光景が急に消え去る。

 気がつけば、そこは皆で手をつないで儀式を始めた場所だった。

 目の前では焚き火が燃えており、空では蒼い月が悲しげな光を放っていた。


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