ホムンクルスの箱庭 第4話 第5章『家族』 ④
もう少しフィーアとドライの修行は続きます(`・ω・´)
「アハト、ちょっと頼みたいことがあるんだけど。」
「ああ、なんだ?」
今日はやけに頼みごとが多い日だ。
アハトはふとそんな風に思う。
アルケンガーを修理しているアハトの元にアインがやってきた。
そんなアハトの額には今だ消えずに『肉』という文字がにじんで残っている。
「か、かっこいい・・・!」
なぜアインが目を見張ってからプルプルと感動に震えているのか。
いたずら書きをされていることに気付いていないアハトには分からなかったが、とりあえず先を促すようにアインを見る。
「実は賢者の石のことで相談が・・・」
「賢者の石か。」
「アハトは賢者の石で記憶や感情を取り戻したんだよね?」
「ああ、まあそういうことにはなっているな。」
実際のところ賢者の石自体が分からないことだらけなので確定した事実ではないが、ホムンクルスとして蘇った際に賢者の石から何らかの作用を受けたのは間違いないだろう。
「賢者の石が、見た物や聞いた物の記憶を閉じ込めておけるっていうのは本当なのかい?」
「さあ?どうだろうな・・・そんなこともできるんじゃないか程度だな。」
はっきりとしたことは言えないので、アハトは曖昧にそう答えた。
アハトの答えに満足そうに頷くとアインは本台を切り出す。
「実はね。僕の中にある賢者の石から記憶を引き出したいんだ。」
それに対して、アハトはさわやかな笑顔でこう答えた。
「そうか・・・がんばれ!」
その様子は協力する気があるようには見えない。
「やり方を探すのを手伝ってほしいんだ。」
「やり方かあ・・・しかし、アインよ。それは俺の専門外なんじゃよ。」
負けじと食い下がるアインにしょぼしょぼとしながらアハトが言うと、アインは先ほどのアハトに負けないくらいさわやかな笑顔で。
「大丈夫!アハトなら出来るって、この前もできたんだし!」
と、無茶ぶりをしてきた。
アインの無茶ぶりはいつものことだが困ったものだ。
「どうしても必要なんだ。」
「・・・なあ、アインよ。これは俺の研究の課題の一つではあるんだが。」
「うん?」
「おまえは賢者の石でいったい何がしたいんだ。
正直に言うと、俺の研究において賢者の石は通過点でしかない。
賢者の石が万能な触媒であることは有名な話が、皆それを作ることばかりにとらわれて先を見ようとしていない。
それを使って人はいったい何をしたいのか、俺はそれを追い求めているんだ。」
真面目な顔で言ってきたアインに、アハトは真顔でそう返した。
「これからヌルのところに行くにあたってどうしても必要なことなんだよ。」
「そういうことじゃないんだ。俺が言いたいのはもっと全体的なこと。
おまえが記憶を引き出したいとして、それを何に使う気なんだ?」
「ヌルの説得に使いたいっていうか・・・彼の本当の姿を伝えたいっていうか。」
歯切れの悪い感じで答えるアインに、アハトはため息をつきながら。
「それはおまえの口から伝えるべきことなんじゃないのか?
なんでそこで賢者の石の力を借りたいって話になるんだ。」
アインが賢者の石に求めるモノがなんなのかを、アハトは見出せずにいた。
「じゃ、じゃあやめた方がいいのかな・・・」
「そういうことじゃない。
ヌルを助けたい、彼が変わってしまったから昔のことを思い出させたいっていうならアイン、おまえがそれを形にできる何かをすればいいんじゃないのか?」
本来人間には、相手に想いを伝えるための能力が備わっている。
それを伝える努力を出来ないのであれば、それに賢者の石が応えるはずもない。
「それに、おまえはすでに思いを形にしてるじゃないか。」
アハトの視線は、アインの携えている刀に向けられていた。
「おまえは家族を守りたいという思いをその刀に乗せることで顕現している。
それは誰かに方法を聞いてやったことじゃないだろう?」
「確かに・・・」
「足掛かりはおまえの中にあるはずだ。」
はっとしたように、アインはアハトを見た。
「ただ安易に賢者の石を使おうとするのではなく、おまえが全力を尽くして望むなら俺は賢者の石はおまえの心に応えるだろうと思っている。
ただそれはおまえにしかできないことであって、俺がどうこうできることじゃない。
俺はおまえが賢者の石を使って何を成すのか、それが見たいんだ。」
「ありがとうアハト、分かったよ。」
アハトが与えてくれた答えに何かを見出したのか、アインはその場を後にした。
「フィーア、私の意識にシンクロさせなさい。」
「うん。」
森の中にある花畑で、2人は互いの心に干渉する訓練を行っていた。
向かい合って座った2人は両手を祈るように合わせ、額をくっつけたまま目をつぶって互いの心に触れ合おうとしている。
小さい頃、こうしてこの花畑でお互いに心を通わせていた。
そんな記憶がフィーアの中に蘇る。
今はドライからは悪意を、フィーアからは善意を送り合い交心していた。
誰かの心に干渉する時、相手の心に吞まれてはいけない。
ドライが教えてくれたことの一つがそれだった。
「ほらほら、頑張らないとまた私の悪意に負けて泣くことになるわよ?」
「ふえぇ・・・」
さっきから何度も失敗し、ドライから送られてくる悲しみの感情でフィーアは泣かされていた。
「食らいなさい私の愛情・・・もとい悪意ぱわー!」
再び泣きそうになるフィーアに、ドライは自分の力を送り込もうとする。
「あう・・・!」
「フィーアなら出来るわ。なんせ私の妹なんだから!
っていうか、出来なかったらほっぺつねるからね!」
「ええー!」
「私はあんたがそれで痛がる顔が見たい!むしろ失敗しなさい!」
「やーだー!失敗しないもん!」
そんな会話をしながらフィーアは必死に抵抗する。
ドライからここにさらわれてきた時の悲しい気持ちが、フィーアの中に流れ込んでくる。
それに対抗するように、フィーアはここにきて皆と出会えたことの楽しさをドライの中に送り返した。
「ほ、ほら!出来たもん!!」
ようやく、ドライから送られてきた悲しみをフィーアが自分の能力で中和することに成功する。
「あら、ほんとできた!残念ね・・・ほっぺつねりたかったのに。」
「あうう!」
実に残念そうに言うドライに、フィーアはまた泣きそうになる。
「ほら、力使ってないのに泣きそうにならないの!
あんたはほんとに昔から泣き虫で・・・そんなんじゃ、力を使うことに成功してもまた泣いちゃうわよ?」
くすっと笑うと、ドライはフィーアから額を放す。
「とはいえ、練習はこれで終わりかしらね?」
「え?もう終わりなの?」
不安そうに見つめるフィーアを見て、ドライは困ったように笑う。
「あとはフィーアの想いの力が重要なんだもの。
でもそうね・・・もう少し続けようかしら。」
フィーアが表情を明るくすると、ドライが本心ダダ漏れでこう言った。
「だって、その方がフィーアが悲しむ顔とか見れるし!
昔みたいにいっぱいくっつけるし!!」
「はう!」
「まあ、それはそれとして休憩しましょう?さすがに疲れたわ。」
ふうっと大きく息を吐くと、ドライは花畑にごろんと寝っ転がる。
それに倣うようにフィーアも隣に寝転んび、手を繋いだまま二人は空を見上げた。