ホムンクルスの箱庭 第4話 第5章『家族』 ③
珍しくドライがおねえちゃんしてます(ノ´∀`*)
アインはジョセフィーヌのところから戻ってくると、今度はフィーアを探し始めた。
フィーアにどうしても頼まなければならないことがある。
村の周辺を探しているといつも通りの光景がアインの視界に入ってきた。
「ちょっとあんた!いつまでフィーアにくっついてるのよ!」
「別に僕がフィーアと一緒にいたっていいだろう?」
「あう・・・ツヴァイ、ドライ、けんかはやめて~!」
互いを牽制し合う2人の傍で、フィーアがおろおろとしていた。
「フィーア、大丈夫だよ。すぐに喧嘩なんて終わるからね。」
「あんたちょっとなに一人だけいい顔してんのよ!」
その様子を見ながらアインは思わずこうつぶやく。
「いやあ、仲良きことは美しきかな。」
それに気づいたドライがこちらを振り向いた。
「ちょっと、何あんた優しいまなざしでこっちを見てるのよ!」
そんな光景に癒されながら、アインは3人に近づいてフィーアに話しかける。
「フィーア、ちょっと相談があるんだ。」
「え?なあに、アイン。」
何かを相談されるとは思ってもみなかったのかフィーアはきょとん、とした表情でアインを見上げた。
「僕はうまく思い出せなかったんだけど、もしかしたらフィーアなら・・・」
「え?」
「兄さんの・・・ヌルのことなんだけど。」
それを聞いた途端、フィーアの肩がびくっと震えた。
「ごめんね、怖いのかもしれないけれど大切なことなんだ、聞いてほしい。」
フィーアは逃げ出すのを我慢するようにその場に立ちながら、不安そうな瞳でアインを見つめる。
「どうも僕の記憶の中にある兄さんと、今の兄さんの違いが大きすぎて混乱してるんだ。
どうして兄さんがああなってしまったのか、フィーアは何か心当たりがあるかい?
僕にはどうしても思い出せないんだ・・・フィーアは人の心に干渉できるんだろう?
出来ればそれを思い出す手伝いをしてもらえないかな?」
「し、知らない・・・私は何も知らないからっ!!」
「ちょっとフィーア!待ちなさいよ!!」
その場から逃げるようにして立ち去ったフィーアをドライが追いかけた。
「あ・・・っ!」
フィーアに逃げられてしまったアインは、伸ばしかけた手を仕方なく下ろす。
それを見てツヴァイがアインに話しかけた。
「もしかして兄さんは・・・ヌルを助けようとしているのかい?」
アインはまさか自分の考えていることがばれているとは思っていなかったというような驚いた顔をする。
「まあ、僕も少しだけ話を聞いたから、兄さんの言いたいことはすごくよく分かる。
兄さんだったら当然、彼を助けたいって言うだろうと思っていた。」
薄い笑みを浮かべていたツヴァイだったが、真剣な表情になってアインを見た。
「・・・でもね兄さん、物事には優先度をつけなくちゃいけないと思うんだ。
助けるべき人と、助けられない人。
全てを助けられるほど僕たちには力があるわけじゃないだろう?
賢者の石は確かに万能な力を持っている物なのかもしれないけれど、それでも僕たちにもできないことがある。」
ツヴァイは遠くを見つめながらそう言った。
力があっても守れないものもある。
自分があの時、紅音を助けられなかったように。
「兄さんにとって本当に大切な物を僕は守るべきだと思うし、そのためには悲しいけれど犠牲を認めなきゃいけないところもあると思うんだよ。」
ツヴァイの言葉を、アインは難しい表情をしながら受け止めている。
「僕は兄さんのそういうところは好きだけど、正直ヌルを助けるのは反対だ。
彼はもう狂ってしまっている・・・少なくとも僕にはそれをどうにかすることができるとは思えない。
そのために危険を冒すくらいなら・・・それでフィーアが傷つくくらいなら、僕はその道を選んでほしくない。」
「もちろんわかっているよ。
フィーアもツヴァイも、ドライもソフィもアハトもおじいさんも父さんと母さんも。
皆が傷ついたり犠牲になるようなことはしない。」
「違うだろう兄さん?それを言うんだったら兄さん自身も含めてだ。」
決意を込めた瞳で言うアインに、ツヴァイはにこっと笑いながら言った。
「そうだったね。」
ふうっとため息をついてツヴァイは苦笑しながら、アインに確かめるように尋ねる。
「・・・僕は正直、あいつのことが気に食わない。
おそらく、水と油のような関係なんだろうね。
ただまあ、兄さんがそう言うんだったら・・・もしそういうことができそうだと踏んだ時には協力するよ。それでいいかい?兄さん。」
「ああ、そう言ってくれるとうれしいよ。
今のヌル・・・兄さんは本当の兄さんじゃない。
きっと元に戻ったらツヴァイも気に入ると思うよ。」
笑顔でそう答えたアインに、ツヴァイはやはり複雑そうな表情を浮かべる。
「・・・どうかな?たとえ僕がそうだとしても向こうがどう言うか。
僕にも思うところはたくさんあるし、何よりヌルからしても僕は扱いに困る存在だろうからね。
でもまあそれは、そんな奇跡が起こってから考えることにしようか。」
「そうだね、今はやるべきことをやらないと。」
「うん、僕にもやるべきことがあるから。
じゃあ兄さん、僕は行くよ。フィーアが心配だからね。」
「あまり無理はしないでねツヴァイ。」
「大丈夫さ、僕だってフィーアや兄さんに悲しい思いをしてほしいわけじゃない。
そこはお互い守って行こう兄さん。」
「そうだね、お互い無茶はしても無理はしないで行こう。」
「兄さんがそう言うとそれっぽく聞こえるから不思議だな。
じゃあ、兄さん、またあとで。」
「ああ!」
軽く手を振ったツヴァイは、フィーアたちが走っていった方に去って行った。
「フィーア待ちなさいよ!」
「はうう!」
フィーアの腕をつかんだドライは、ぜえぜえと肩で息をしていた。
逃げていたフィーアも全速力で走っていたためか、その場に座り込んでしまう。
「は、放してドライ~・・・」
ふにゃ~っと泣きそうな顔でフィーアが見上げると、ドライの表情が歓喜に変わった。
「ちょっとその顔もう1回やってくれる!?なにこれかわいい!
フィーアフィーア、もう1回、ちょっとだけだからねえ!」
「あうう・・・」
うるうると瞳を潤ませるフィーアを見て興奮しすぎたのか、ドライの鼻からつつーっと赤いものが垂れる。
「違うの、私ほんとに知らないの、しらないってば・・・」
「何?さっきアインに言われたことを言ってるの?」
「あう・・・」
取りだしたハンカチで血をふきふきしながら、ドライは気持ちを落ち着けるように深呼吸した。
「まあ、そうねえ・・・正直、あの犬にはぐっじょぶって感じだけど。
フィーアのこの顔も見れたし!!」
「鼻血拭いてる~・・・」
フィーアの突っ込みをさらりと無視して、ドライは話を切り替える。
「うーん、でもそうね。あんたずっとアレに怯えて生きて行くつもりなの?」
「う~・・・だって、こわいんだもん。」
「その怖いって言ってる顔もいかすけど・・・怖いだけじゃ、逃げてるだけじゃ、誰も幸せにならないわよ?」
フィーアがしょんぼりとした表情をすると、ドライはにっこりと笑う。
「ねえ、フィーア。」
「なあに・・・?」
「物事って、やらなきゃいけないことに対して何もやらないと、どんどん不幸になるのよね。」
「あうう・・・」
「何かから逃げる人ほど、悪い物が追いかけてくるって知ってるぅ?」
「え?ええー・・・!?」
にやにやと笑いながら言われてフィーアが怯えると、ドライはさらに嬉しそうな表情をする。
こればっかりは当人にもどうにもならないらしい。
しかし・・・
「だからね・・・」
急に優しい表情になったかと思うと、ドライがフィーアを抱きしめた。
「怖いと思ったからって逃げちゃいけないそうよ?
この間、家族思いの犬が言っていたわ。」
ドライは苦笑しながらそう告げる。
逃げようと提案した自分に、アインはそれではだめだと教えてくれた。
だったら、今度は自分がそれをフィーアに教えてあげなくてはならない。
「ねえ、フィーア。怖いのは仕方ないと思う。
私だって暗いのが怖い。
閉じ込められたりしたら周りの奴ら皆殺しにしたって明るいところに出てやるわ。
でも・・・そうね。犬とかあんたがいれば怖くない。」
子供の頃に植え付けられた恐怖は癒えることはなく、今も心の傷となって残っている。
それでも、自分にとって大切な2人がいてくれれば頑張れるとドライは言っていた。
「フィーア、あんたももう1回頑張ってみない?
私はあんたが怯えてるところはすごく好きだけど。
そういう顔をずっと見たいわけじゃない。
だってあんたは、にこにこ笑ったりした後におびえるのがかわいいんだもの。
本当に怖がってる姿なんて見たくないわ。」
ドライはフィーアから身体を放すと、両肩に手を置いてまっすぐに見つめる。
「だから、私が手伝ってあげる。」
「え・・・?」
思ってもみない言葉だったのか、そんなドライをフィーアは驚いたようにじっと見つめた。
「一人じゃ怖いかもしれないけど、なんせ双子の私がいるのよ?
もう何だって怖くないでしょ!
あんたは・・・この村にいたとき、アルバートおじちゃんが変装した悪者に私が泣かされた時に庇ってくれた。
だから今度は私が全てから守ってあげる。だって私たちずっとそうやってやってきたんだもの。」
2人でどこかから攫われてきたあの日から、身を寄せ合うように生きてきた。
きっとそれは、今も、これからも変わることはないのだから。
「おねえちゃん・・・わかった。私、今度は逃げないで頑張ってみる。」
ドライの真剣な思いが伝わったのだろう。
フィーアは決意したように頷いて立ち上がった。
「さすが私のフィーアね!そしたら、ちょっと練習しましょうか。
私たちの能力が本当はどういったものなのか、どうやって使うべきなのか、どんなことに使っちゃいけないのか。それをちょっと勉強しましょう。」
にこっと笑うと、ドライはフィーアの手を取ってそっと額を合わせた。