ホムンクルスの箱庭 第4話 第4章『箱庭の子供たち』 ④
今日はいいお天気ですね(`・ω・´)
最後に訪れたのは実験室と書かれた一画だった。
手前には手術室と思われる部屋の他に、治療用のベッドや薬品棚の置いてある部屋がある。
そこには実験体を入れていたと思われるポッドがいくつも並んでいた。
そしてポッドには実験体の名前が刻まれている。
「ヌル、アイン・・・ドライ、フィーア。」
「あう、ツヴァイがない・・・」
並んだポッドの中に、ツヴァイの名を記したものはなかった。
「他の部屋にあるのかしら?」
「そうなのかな?やっぱり僕はここに関しては記憶がないみたいだ。」
ツヴァイはどこか残念そうに言いながらも、フィーアが怯えたようにそれを見ていることに気付いてその肩を抱いた。
そのすぐ隣でドライも小さく肩を震わせている。
「ドライ、大丈夫かい?」
「べ、別に、私は怖くなんてないんだからねっ!!」
アインに話しかけられると、ドライは強気に答えようとするのだが声が震えてしまっている。
「僕は・・・ここに関してはあまり記憶がないんだけど、ドライとフィーアは覚えているんだね。」
「忘れられるはずないじゃない?犬頭でうらやましいんだけど。」
そっとアインがドライの肩に手を乗せようとすると、拒むように彼女はその手を払った。
「とにかく、他に何かないか探してみましょう。」
ソフィに言われるがまま6人は部屋を散策し始める。
「あんまり長居はしたくない場所だわ。」
アハトと薬品棚を漁りながら、ソフィが憂鬱そうにため息をついた。
「どうした?」
「あの子たちがここでどんな目に遭ったかと思うとね・・・」
「そうだな・・・俺も彼女が死んでからのここにはあまりいい思い出はないが、実験する側とされる側とでは違いがありすぎるな。」
「そうね・・・あんたもかつてはここの研究員だったですものね。」
ソフィもアハトが4人の研究に携わっていたかどうかまでは深入りするつもりはない。
けれど、その口ぶりからするとまったく関わっていないということはないのだろう。
今更それを責める気も否定する気もないのだが。
「・・・アハト、あんたはここでどんな研究をしていたの?」
何となく気になって尋ねてしまう。
すると・・・
「そうだな、俺は今も昔も変わらず賢者の石の実験をしていた。」
「そう・・・」
それはつまり、ヌルやアイン、ツヴァイの実験に立ち会ったということなのだろうか?
なんとなくそれ以上のことは聞けず、ソフィはまた資料を探す方に専念することにした。
「その・・・ごめんよドライ。」
「なんであんたが謝るのよ。」
ポッドを眺めているドライにアインが頭を下げた。
「いや、僕はここにいた時のことをあまり覚えてなくて・・・」
「・・・ばか、別に本気で怒ったわけじゃないわよ。」
先ほど手を払われたことを気にしているというよりは、ここを覚えていなかったことでこちらを不快にしたと思って気にしているらしい。
ドライは思わず苦笑してから自分の名の刻まれたポッドに触れた。
「・・・ここから、私とフィーアの地獄は始まったの。」
「・・・」
「ずっと不思議だった。悪意なんていうマイナスの感情を操る力を植え付けられた私が、どうして自分のままでいられたんだろうって。」
物ごころついた時には、相手の悪意を操る力を持っていた。
誰かの悪意を他の人間に向ける方法や、悪意を増長させる方法、自分の悪意を相手に押し付ける精神汚染の方法。
ここで、嫌というほどそういう実験に付き合わされた。
うまくいかない時にはお仕置きされた。
暗い部屋に閉じ込められたり、ポッドの中に無理やり入れられて何日も調整をされたり。
「私、暗い場所と狭い場所が大嫌いなのよね。」
「ああ・・・」
遠い目をするドライが何も語らずとも、アインにもここで彼女が辛い思いをしたということは伝わってくる。
「閉じ込められたりポッドの中で一人で泣いてると、いつもどちらかが助けに来てくれた。」
「え・・・?」
不思議そうにするアインの目を、ドライはまっすぐに見ながらその名前を口にする。
「・・・ノインとヌル。」
「ドライも何か思い出したのかい?」
アインが驚いたように尋ねると、ドライはそれには答えずにポッドから離れる。
「ノイン・・・アルバートおじちゃんが私とフィーアを助けてくれていたんだって、さっきの日記で改めて思ったわ。」
「そうだね。それ以外にも彼は僕たちのために何かをしようとしてくれていたみたいだ。」
結局それは、間に合わなかったのかもしれないが。
「ヌル・・・ううん、紅牙おにいちゃんもそうだった。
いつもあんたの、私たちのために何かしてくれていた。」
「こうが・・・おにいちゃん?」
「そうよ、それが彼のここでの呼び名だった。
だから私、ヌルって名前を聞いた時に分からなかったの。
・・・あの時、変わらないその姿を見たときはほんとびっくりしたわ。
でも、よく考えたらそうよね。
ここで私たちと一緒にいたってことは、紅牙おにいちゃんも実験体だったってことなんだから。」
ヌルのポッドに触れながら、ドライは悲しげなため息をついた。
「ドライ、君はヌルの本当の名前以外にも何か知っているのかい・・・?」
「・・・知らない、知ってても教えてあげないんだからね。
少しはその犬頭を使って思い出してみなさいよ。
ほんとは・・・私は思い出さなくてもいいかなって思っていたんだけど、あんたは思い出したいんでしょう?
だったら、私はもう何も言わない、アインが思い出すのを待っててあげる。」
「ドライ・・・わかった、思い出してみせるから待っててくれ。」
「うん・・・思い出せたら、いくらでも話してあげるしあんたの話も聞いてあげるわ。
だからそれまでは内緒なんだからね。
あんたが思い出さなきゃいけないモノは、それだけじゃないはずだから。」
どこかさびしげに笑うドライを見て、アインは誓うように頷いた。
「これは・・・錬金錠か。」
奥にあった実験室の扉は鍵で閉ざされていた。
暗号式の錬金装置を複雑に編み込んだ形式のロックで簡単には開きそうにない。
「・・・開けるのは難しそうだ、他に行こうか?」
ツヴァイがそう言った時だった。
隣に立っていたフィーアがその錬金錠に手をかざしたのは。
ピーッ!
機械的な音が響いて、閉ざされていた扉のロックが外れる。
「すごいねフィーア。こんな複雑な術式を短時間で読み解くなんて・・・」
フィーアが錬金術に関する知識が豊富なのは知っていたが、これほどのものとは。
ツヴァイが感心していると、フィーアはなぜか困ったように笑った。
「えっとね、分からないけど開けられる気がしたの。」
「そうなのか、ありがとうフィーア。これで中に何があるか調べられる。」
ツヴァイが先に部屋に入ると錬金灯が勝手に明かりを灯す。
そして部屋の奥には。
『―ツヴァイ―』
そう書かれたポッドが設置されていた。
「ここが・・・僕がいた場所。」
ヌルが言っていたことが本当だとするのなら、自分はここで複製体として作られ賢者の石の実験体として使われていたはず。
ツヴァイは近くに行ってポッドに触れてみるが、何かを思い出せる気配はない。
『なんでだ・・・どうして僕だけ何も思い出せない?』
自分は確かにここにいたはずなのに、何もない。
フィーアとここでどうやって過ごしていたのか、皆とは、ヌルとはどうやってかかわっていたのか、そういったことがまるで思い出せないのだ。
ツヴァイが珍しく落ち込んだ様子で無意識にため息をつくと、フィーアが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫?ツヴァイ・・・」
「え?あ、ああ・・・大丈夫だよ。心配かけてごめんね?」
そんなツヴァイを見てどう思ったのか、フィーアがぎゅっと抱きついてきた。
「ごめん、不安にさせちゃったかな?」
「ううん、だってツヴァイ、すごくさびしそうだったから・・・」
フィーアにそう言われた時だ。
漠然とだが何かを思い出した。
ああ、そうだ、僕はいつもさびしかった。
自分が何のために生まれたのかも、どこにいるのかもわからず、空っぽの心のままここに存在していた。
それを思い出した途端、身体が震えるくらい怖くなる。
ツヴァイは思わず、フィーアを強く抱きよせた。
「ツヴァイ?」
「ごめん・・・なんでもないんだ。」
そうだ、ここに僕の記憶なんかない。
僕はずっとこの小さな部屋のポッドから出ることもできず、誰にも知られることもなく、きっと一人ぼっちでこの場所に在った。
子供だった皆が、あんな複雑なロックのかかっているこの場所に入れたはずもない。
なら、いったい僕はいつフィーアと出会った?他のみんなもだ。
そして僕は、ヌルには会った記憶すらない。
それなら、彼がいなくなった後を埋めるように僕が入りこんだってことなのか?
みんなの記憶の隙間を埋めるように。
だから、突然現れたはずの僕に誰も疑問を抱かなかった。
だって自分は、みんなにとってはヌルの代わりだったんだから。
「僕は・・・いつフィーアと出会ったの?」
答えてはもらえないと分かっているのに、すがるように聞いてしまう。
「ツヴァイ、どうしたの?」
「なんでもない・・・なんでもないんだ。」
こんなことで不安になってどうするんだ?
これじゃあ、あいつの・・・ヌルの思う壺じゃないか。
「・・・ツヴァイ、泣かないで?」
「大丈夫、泣いてなんていないよ。」
しっかりするんだ、たとえ代わりだったとしても今あいつからフィーアを、紅音を守れるのは僕しかいない。
紅音は僕を待っているのに、僕がこんなところでくじけてる暇なんてない。
強く自分に言い聞かせた。
『紅音は蒼夜を・・・僕を待っているのだから、僕がしっかりしなくちゃいけない。』
思い出という形のないものに頼ることができない今のツヴァイにとっては、それが全てだった。
大切な人が、自分が来るのを待っている。
それだけが自分の存在意義だとしてもかまわない。
気持ちを落ち着けるように深呼吸すると、ツヴァイはようやく顔をあげる。
「驚かせてごめんねフィーア。もう大丈夫だから。」
「ほんとに・・・?」
不安げに尋ねるフィーアにツヴァイはいつものように優しい笑顔で頷いた。