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ホムンクルスの箱庭  作者: 日向みずき
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ホムンクルスの箱庭 第4話 第4章『箱庭の子供たち』 ③

すいません(´;ω;`)

今日は投稿が一時間遅れてしまいました(。>д<)

「精神学、思想学、心理学・・・」


 本来人間がもつであろう力を引き出すための様々な方法が、この部屋のあちこちに散らばっていた。

 そんな中、書斎机に1冊の古びた本があった。

 赤い表紙の分厚いその本には簡易だが鍵がかかっている。


「ソフィ、これは外せるかな?」


「ええ、任せてちょうだい。」


 ソフィはヘアピンを一本ぬくと、かちゃかちゃと数回鍵穴をいじって鍵をはずしてくれた。


「これは・・・日記みたい。」


 フィーアがその本を調べながらそう教えてくれた。

 けれど、この日記の持ち主はこれが誰かの目に触れることを恐れてページを破り捨てたらしい。

 時間がなかったのか、かなり急いで処分しようと乱暴に破った跡がある。


「読めるところだけ解読するね。」


 錬金術の研究資料的な部分は、難しすぎてツヴァイにも分からないらしい。

 当人にしか分からない書き方がされていて他人が解読するのは不可能なほどだ。

 ただ言えるのは、この日記を書いた人物が本当の天才であったということ。

 書いた当人にしか分からない理論や公式、学術的な検証、そういったものが乱雑に、所狭しと書かれている。


「これは・・・まるで暗号文だな。」


「・・・あのね、さっき焼却場にあった日記の人の字と同じみたい。」


 隣で一緒に錬金文字を解読していたフィーアがふと気づいたようにそう言った。 


「そうか・・・よかったらフィーアが分かるところだけ読んでくれるかい?」


「うん!」


 ツヴァイに促されると、フィーアは声に出してその日記を読み始める。


『×年○月×日。

 彼の実験が始まってしまった。

 彼女は最後まで抵抗していたがだめだったようだ。

 私の実験さえ間に合っていれば、このようなことにはならなかったものを。』


 ページをめくって、フィーアは次の日記を口にする。


『×年△月△日。

 彼を使った実験は成功した。

 もっとも、このような結果が成功だと言うのは私としては血反吐を吐く思いだが。

 だが幸い、彼は彼のままだ。

 今はただ、この結果に胸をなでおろすことしかできない。』


 これが誰の日記で、この実験がなんのことを指しているのか。

 少しずつ記憶を取り戻し始めたアインにはそれがわかりつつあった。


『○○年×月○日。

 彼は順調に成長している。

 力を使うことを拒んではいるが、私はむしろそれが正しいことだと思う。

 彼が拒んでいる間に私の実験を成功させよう。

 そうすればすべてがうまくいくのだから。』


『○△年△月○日。

 今日はいい知らせがある。

 彼女が新しい子供を身ごもったようだ。

 まったく、私にも彼女の夫と同じような甲斐性があれば、

 運命も少しは違っていたかもしれないが・・・まあ、それもまた下らない発想だ。』


 少しだけ自虐めいた雰囲気で書かれたその日記は、それでもどこか幸せそうに感じる。

 そこからしばらくページが破り捨てられ、日記の日付は飛んでいた。

 破りかけのそのページには、彼の後悔と悲しみがつづられていた。


『○×年○月○日。

 彼女の意思に関係なく実験が遂行されたようだ。

 私はそれを止めることができなかった・・・結果、彼女は死んでしまった。

 なぜ私はこんなに無力なのだろう。

 ただ、彼女のおなかの中にいた子は生きている。

 生まれる前に賢者の石と融合させられるなどという

 くだらない実験に巻き込まれながらも、彼女が残した命はまだ生きようとしている。

 ならば、私にできることは一つしかない。

 彼女の分まで彼らを守る、それが私の使命なのだから。』


 日記の書き込まれたページは文字がにじんでしわしわになっていた。

 この文章を書きながら、きっと彼は泣いていたのだ。

 自分の無力さに打ちのめされながら、それでも、残された希望を信じて。

 そこからまた、しばらく日記は進んでいた。


『×○年△月×日。

 彼女の子供たちは順調に成長しているようだ。

 しかし、この組織はどこまで腐っているのだろう。

 つい先日、双子の女の子たちがどこからか連れ去られてきた。

 ひどいさらわれ方をしたのだろう、一人はひどく暗闇を怖がり、

 もう一人も笑顔を失ってしまっている。

 だが、やつらが勝手なことをしていられるのも今のうちだ。

 私の実験が成功した暁にはやつらなど全員排除してくれる。

 そのためには、私自身もかなり危険な橋を渡らなければならないが、

 子供たちを残して死んだ彼女のことを思えば、なに、この程度造作もないことだ。』


「これって・・・」


 ソフィがちらっとドライを見ると、


「なによ・・・早く続きを読みなさいよ。」


 そう言ってぷいっとそっぽを向いてしまった。

 フィーアも何か思い出しかけたのかもしれない。

 日記を読み進める手が少し震えている。

 それを見て隣に座っていたツヴァイがそっとフィーアの手に触れた。


「フィーア、僕が傍にいるから。」


「ん・・・ありがとう、ツヴァイ。」


 その手をぎゅっと握り返してから、フィーアはまた日記を読み始める。


『×○年○月○日。

 女の子2人に関しては私が手をくわえることにした。

 とはいえ、実験の一部にこっそり追加しただけでそこまでのことはできなかったが。

 彼女たちには能力による負荷で行き過ぎた精神への負担が生じないように細工させてもらった。

 これでやつらの好きにはできないだろう。フフ。

 悪意だの善意だの、人間にとってそれはバランスがとれてこそのものなのだ。

 どちらかを極端に増長させるなどおろか極まりない行為だとなぜわからないのか。』


「おじちゃん・・・」


「ドライ、何か言ったかい?」


「なんでもない・・・」


 小さく何か呟いたドライにアインが問い返すと、彼女はしょんぼりしたように小さな声で一言だけそう答えた。


『全ての時間が足りない、あと少し、あと少しだけ時間があれば。

 私の研究さえ完成すればあの実験を止めることができるのだが、どうしても間に合いそうにない。

 ・・・だが、気に食わないがあいつと協力すれば最後まで希望は失わなくて済むはずだ。

 あの時、賢者の石と子供を融合させた件についてだけは珍しく意見があった。

 研究方法もやり方もかみ合わないが、結果、目指そうとしているところだけは噛み合っているのだから。』


 最後のページに残っていた言葉はそれだけだった。

 背表紙の内側に、かすれた文字で名前が書いてある。


「アル・・・バート・・・」


 近くで見ていたアインが、その名前を口にした。


「・・・ここで、日記はおしまい。」


 ぱたん、と本を閉じてフィーアは皆を見回した。

 誰も、何も言わなかった。

 この日記を書いた人物を、ここにいる全員が分かっていた。


 これだけのことを抱えながら彼がこれまで何も語らなかったこと。

 研究所でヌルに襲われたときに真っ先に駆けつけてくれたこと。

 誰もがそれを理解していたからこそ、何も言葉にすることができなかった。


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