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ホムンクルスの箱庭  作者: 日向みずき
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ホムンクルスの箱庭 第1話 第3章『双頭の竜』 ②

※6月3日に文章の整理をしました。

 

「ほんの少しでいい、皆さんの力を貸してください!

 僕たちが必ず竜を退治してみせます!!」


 しばらくして集まってきた村の男たちは、アインの言葉にやはり戸惑っているようだった。


「しかしなあ、数日前に来た領主軍の連中も似たようなこと言って、村から散々物を持っていったくせにあれから音沙汰なしだ。」


「領主軍がここに来たんですか?」


 それは初耳だったが、少なくとも彼らが嘘をつく理由もないので、状況を確認するためにツヴァイが村人に話の続きを促す。


「んだんだ。

 あいつら村の食糧やらなにやら、片っ端から持って行っちまった。

 これじゃあたとえ竜が退治されても、おらたちは飢え死にしちまうぞ。」


「ふむ・・・それなら竜を退治したあと、僕たちに必要のない物はあなた方にお譲りします。

 竜の素材は一般的に高く売れると聞きます。

 村を立て直すのに、十分な資金になるのではないでしょうか。」


 魅力的な提案だったのか、ツヴァイの言葉を聞くと村人たちは互いに顔を見合わせる。


「け、けどなあ・・・領主軍が帰ってこないところを見ると、みんな竜にくわれちまったか、恐れをなして逃げちまったか・・・」


「どちらにしろ、竜が恐ろしい力を持ってるのは間違いないからなあ。」


 不安を口にするばかりで煮え切らない村人たちの態度に、アインが思わず声を荒げた。


「そんなことを言ってる場合なんですか!!」


 辺りに響き渡るような声に、村の人々がびくっと震えて怯えたようにアインを見る。

 声の大きさだけでなくアインの風貌も、村人を怯えさせる原因の一端を担っているのだろう。

 そういえば、集まってきたときも村人たちは不安そうにちらちらとアインに視線を送っていた。


「兄さん。普通の人たちは兄さんほど強くない、竜が怖いのは当然なんだよ。

 すいません、兄も悪気があるわけじゃないんです。」


 アインに悪気がないことはツヴァイにもわかっているので、場を一度落ち着かせるために村人たちに頭を下げる。


「皆さんが竜の恐ろしさを何よりもわかっていることは、僕たちも承知の上です。

 ですが、兄の言葉にも一理あると思いませんか?」


 それから、改めて協力を求めるように話を始めた。


「この数か月、おそらく戦う手段のなかったあなた方は、防戦することしかできなかったはず。

 その結果が今の村の状態です。」


 その言葉に、村人たちは悔しがるような表情を見せ始める。


「このまま消耗し続ければ、それこそ餓死者が出る可能性だって出てくる。

 あるいは、村を捨てるにしろ犠牲者が出るのを覚悟で、大勢で移動しなければならないでしょう。」


 アインの一喝で静かにしていた村人たちは、ツヴァイのその言葉に次々と意見を口にし始めた。


「村を捨てるなんてとんでもねえ!!うちはひいじいさんの代からここに住んどるんだ!

 土地を捨てるなんて出来るはずがねえ!」


「だからって俺たちに何ができるんだべさ!?

 この数か月、柵はったり罠さ作ったり、俺たちなりにやってはみたが、家畜は食われてどんどん減っちょる!

 竜さ食われる前にそこの坊主が言うように、俺ら全員餓死しちまうべ!」


「けどなあ、全員でぞろぞろ移動したら、それこそ竜の炎で全滅させられちまう。

 あの竜のブレスを見ただろう?家畜が一瞬で丸焦げだ。」


「そもそも、村を捨ててどこに逃げる気だ?

 近隣の村だって自分たちが食う分くらいならともかく、よそから来た人間にまで施すほど豊かじゃねえだろう。

 行ったところでていよく断られて、放浪することになるのが目に見えている。」


「領主軍のやつらが村からいろいろ持っていかなければ、あとひと月は何とかなった。

 竜を倒すとか言っていたくせに、あいつらはいったい何やってるんだ!?」


 口々に好き勝手なことを言う村人たちを黙らせたのは、村長の一言だった。


「落ち着け皆の衆。わしらが今どうすればいいのか。

 本当はわかっているんじゃないのか?」


 その一言で村人が沈黙したところで、アインが再びこう尋ねる。


「村を捨てて逃げるにしろ、何もせずにいるにしろ、どのみちこのままじゃ村が滅んでしまう。

 あなたたちはそれで本当にいいんですか?」


 改めて問いかけられた言葉を、真剣に受け止めた一人の少年が前に出てきた。


「その・・・俺でよかったら、兄ちゃんたちに力を貸すよ!」


「おお、ありがとう!」


「俺は竜と戦うことはできないけど、山の地形とかそういうのは教えることができるよ。」


「それだけでも十分だ!」


 少年が前に出たのを見て、おろおろとしていた大人たちもやがて覚悟を決めたのか、力を貸してくれることになった。

 

 村人たちから集めた情報によると、竜は双頭で図体が大きくかろうじて飛ぶことはできるが、機敏には動けないらしい。

 火のブレスは相当な威力だが、村を一瞬で燃やし切るほど広範囲ではないこともわかった。

 寝床は北の山にあるということはわかっているが、場所ははっきりとはわからないようだ。


「やはり、囮の家畜を使って位置を確かめるべきだろうな。」


「そうね、申し訳ないけれど、牛を1頭譲ってもらえないかしら?」


「ふむ・・・ならばうちの牛を使うと良い。

 老いて乳が出なくなってからも殺す気にはなれずに飼っていたんじゃが、このままではじきに餓死するじゃろう。

 せめて村人の命を救う名誉を与えてやってくれ。」


 村長がそう申し出てくれたことに、他の村人たちはほっとしているようだった。

 彼らの現状からすれば、少しでも食料になるものを手元に残しておきたいというのが本音だろう。

 そんな中、迷うことなく申し出てくれた村長は、もしかするとアインの言う通りいい人、あるいは責任感の強い人物なのかもしれない。

 



 作戦会議の後、まずは領主軍の安否の確認のために、一行は数人の村人たちと共に山を登ることになった。

 崖に面した山道はかなり狭く逃げ場がないので、竜が人を襲うのはこの辺りが多いらしい。


 そして、そこに赴いた皆は、領主軍が竜に襲われた現場を目の当たりにした。

 辺りには血が飛び散り、上半身だけ食われた死体が落ちていた。

 他にも全身が紫色になった死体と、鍵爪のようなもので右半身を抉られた死体がある。

 人だったものが炭化して無造作に転がっている様子は、目にしただけで吐き気を覚えるレベルだ。

 パッと見ただけでも4,5人はここで犠牲になっているだろう。

 他に餌として連れていかれた人間がいなければの話だが。


 凄惨な光景に村人たちは恐怖におののいていたが、アインたちはそれらを冷静に見てしまうだけの場数を踏んでいた。

 ソフィは無表情にそれらを眺め、フィーアも悲しげではあるが悲鳴を上げるようなことはない。


「3人はここで竜に関する情報を集めてくれ。」


「僕たちはもう少し奥に入って、領主軍を探してくるよ。」


「そう、なら私たちはここで待機しているわね。」


 これ以上は村人たちが進むのを嫌がるということを察したのか、アインとアハトがそう告げたのに対しソフィもあっさりと頷く。


「わかった、2人とも気を付けてね。」


 しょんぼりとしているフィーアの肩を抱くと、ツヴァイも2人を見送った。




 残された車輪の跡や地面に残された複数の足跡から、領主軍が山の奥に逃げ込んだことが分かったため、アインとアハトは足取りをつかむべく本道から逸れた。

 しばらく行くと、2人は森の中で疲弊した兵士たちの姿を見つける。

 その中でやけに華美な装備を身につけた男が、横暴な態度で話しかけてきた。


「なんだおまえたちは?」


「僕たちは竜を倒しに来たんです。」


 素直に答えたアインを、男は鼻で笑った。


「なんだと?ふん、おまえたちごときに、あの竜を倒せるわけがないだろう。

 あの竜は我ら領主軍が倒すのだからな。」


「人数がだいぶ減ってるようだが?」


「馬鹿にするな、我々はおまえたちなど足元にも及ばない装備を身につけている。

 人数が多少減ったくらいで、どうということはないわ!」


 アハトの言葉に、その男は持っていた装飾華美な剣を見せびらかすように抜いて見せた。

 周りの兵たちはうんざりした表情をしていたが、リーダー格らしきその男は気付いていないようだ。


「しかしまあ、どうしても竜が倒したいと言うのなら手伝わせてやってもいい。

 その代わりとどめは我らがさすし、竜の素材は当然、我ら領主軍が頂いて行くぞ。」


 あまりにも自分勝手な言い分だが、アハトはそれに対してにこにこしながらこう答えた。


「いいだろう。とどめはあんたたちに刺してもらうことにする。

 ところで、そこにあるバリスタはまだ使えるのか?」


 竜に対抗するために持ってきたであろう、特殊な矢を放つための巨大な装置をアハトは指さした。


「当然だ、我らがあの装置でおまえたちの援護をしてやるから、おまえたちは存分に前に出て戦うがいい。」


「そうか、じゃああんたたちはそのバリスタで、竜にとどめを刺してくれ。

 ・・・なんだ、壊れているじゃないか。俺が使えるように直してやろう。」


 しばらく装置をあちこちと見ていたアハトだったが、満足したのかアインの方に戻ってくる。

 その口元には微かに笑みが浮かべられていた。

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