ホムンクルスの箱庭 第4話 第4章『箱庭の子供たち』 ②
今日はお天気が不安定ですね(´・ω・`)
「なんていうか、生活感のない部屋ね。」
見た瞬間のソフィの感想がそれだった。
4人が訪れた部屋はベッドと机と本棚という実にシンプルな家具しか置いていない部屋だ。
そんな部屋の中、一つだけ大切そうに机に置いてあるものがあった。
「これは・・・」
写真立てだ。
それには、例の女性の写真が飾られていた。
「う・・・っ!」
不意に起きた頭痛にアインが頭を軽く押さえる。
『これが俺たちの・・・なんだ。』
「兄さん・・・?」
一瞬頭をよぎったのは、懐かしい誰かが自分にこの写真の女性について何か言おうとしていた場面だった。
「この写真は・・・」
写真の他にも本棚には数冊の絵本とそれ以外には難しそうな本がいくつも並んでいた。
アインが絵本を手に取ってみると、それは何かしらの問題を抱えた家族が紆余曲折しながらもやがて幸せになって行くといった内容のものだった。
それを本棚に戻して、アインは別の本を手に取る。
専門書ともいえる小難しい本には、力をつけるための方法や技術、戦闘方法など実戦に役立ちそうな知識に関する本などがずらりと並んでいた。
「自軍を守りながら撤退する方法・・・負傷者のための治療法・・・」
本の中は大量のメモ書きがされていて、持ち主がどれだけ真剣に読んでいたかを思わせた。
「僕は、この部屋に誰がいたのかを知っている。」
少しずつだが、記憶が鮮明になっていく。
ここに住んでいた頃、まだ自分が幼くて守るよりも守られる立場にあった頃。
誰よりも信じ、頼りにしていた人がここにいた。
彼は、口癖のように言っていた。
『家族というものはいつも一緒にいなくちゃいけない。
でも、ここは家族が幸せに暮らすにはふさわしくない場所だ。
だから、俺がいつかおまえたちをここから連れ出してやる。
俺はそのためにいろんなことを覚えなくちゃいけない。
だからあまりおまえと遊んでやれないけれど、それは許してほしい。』
その頃の自分には、彼が何を言っているのかはよくわからなかった。
それでも、彼が真剣に何かを伝えようとしていることは知っていた。
『・・・まだ起きていたのか?
仕方ないな。絵本でも読んでやるからそしたらちゃんと寝るんだぞ?』
その人はいつも夜遅くまで机にかじりついて何かをしていた。
必死に、家族が幸せになる方法を探していた。
「にい・・・さん・・・」
『いいか、俺にもし何かあった場合は家族を守れるのはおまえしかいない。
だから、おまえもいつか強くならなくちゃいけない、俺よりもずっとだ。
・・・そんな泣きそうな顔をするな。俺はいつだっておまえの笑顔が見たいんだから。』
・・・頭が痛い。
「おい、アイン大丈夫か?」
アハトにぽんっと肩をたたかれてアインはようやく我に返る。
「あ、ああ・・・大丈夫。」
顔をあげて部屋を見渡しながらアインは3人に告げる。
「ここは、兄さんの部屋だ。」
「ここが、ヌルの部屋だったってこと?」
「ああ、それとたぶん・・・ここにいた時、兄さんはヌルとは呼ばれていなかった。
そんな気がするんだ。」
はっきりとは思いだせない。
でも、彼は皆に慕われていた。
実験体としての番号以外の名前で自分に、子供たちに呼ばれていた。
「そうか・・・せっかくだ。そこにおいてある写真でも持って行ってやったらどうだ?」
「そうだね・・・母さんの、そして兄さんの思い出を僕は持っていくよ。」
アインは部屋にあった写真立てと本を全て集めて背負った。
「お、おい・・・全部持っていく気か?」
「もちろん!」
「手伝いましょうか?」
「いや、これは僕と兄さんの思い出だ。だから僕が持っていくよ!」
ソフィの申し出にアインは笑顔でそう答えたのだった。
3部屋目は子供が喜びそうなヒーローのおもちゃがたくさん並べられた部屋だった。
「あれ・・・これ、見たことがあるような。」
不思議に思いながらアインがそれらを手に取り、ふと横の本棚に目をやる。
本棚にはヒーローが悪者を倒すような内容の絵本がいくつも並んでいる。
この絵本をいつだったか、彼が寝物語に読んで聞かせてくれた。
「ここは僕の部屋だ。」
どうして自分はここを離れることになったのだろう?
それが思い出せない。
最後の日、きっと自分はそのことを分かっていなかった。
わからないまま、全てを忘れてここを離れた。
「そうだ、確か兄さんにもらったものが・・・!」
『これは母さんの形見だから、おまえが持っているんだ。』
5歳の誕生日に、彼がプレゼントの他に渡してくれたお守り。
確か、机の引き出しに大切にしまったはず。
引き出しを開けると、古びた布に何かが包まれていた。
それを開けてみると、中から葵の花の刺繍の入ったお守りが出てくる。
「母さん・・・」
片手で握って胸元に寄せるとアインはそれを大切そうに懐にしまった。
次の部屋はどう見ても男性が使っていたと思われる書斎だった。
足の踏み場もないほどごちゃごちゃに本や資料が床に置かれているにもかかわらず、机の上だけは綺麗に整頓されている。
興味のあることにはあの机で集中して取り組み、終わってはそれを床に捨てていた。
そんな感じだろうか?
「ふわ・・・すごいごちゃごちゃだね。」
4人に追いついたドライとフィーアが部屋に入ってきた。
フィーアは足の踏み場もないことに驚いているが、ドライはどこか懐かしそうに部屋を眺めている。
「きったねえ部屋だな。」
「さっきまでの部屋と雰囲気が違うわね。これは大人の部屋だわ・・・汚いけど。」
アハトとソフィも同じような感想を述べて部屋の中を調べ始める。
「育児の仕方・・・」
このごみのような部屋に似合わない部類の本が本棚にきれいに並べられている。
「今年のヒーローものの流行り?」
そんな雑誌の隣に、子供から見ても分かるくらいの悪役っぷりを醸し出す古びたお面が一つ落ちている。
それを見た瞬間、アインとフィーアの中で同時に記憶が蘇った。
『ふーはははは!私は狂気のまっどあるけみすとおおおっ!!
貴様ら子供たちを拉致しにきたぞおおっ!!』
『うえ~~ん!暗い所に入れないでー!』
『うおおお!しまった。泣かせてしまった!?』
『・・・のおじちゃん!おねえちゃんをいじめちゃだめー!!』
『ば、ばかな!この天才たる私が失敗しただと!?』
『きょーきのまっどあるけみすとめ!ぼくが相手になるぞー!』
銀髪の誰かがそのお面をつけて子供たちの前に悪役のように登場し、それを見たドライと他の子供たちが大泣きしていた。
ドライが泣いたのを見てフィーアが怒り、2人を守るようにアインが前に飛び出す。
そんな懐かしくて幸せそうな光景。
「アイン、そのお面・・・」
「ああ、これも大切な思い出だから持っていかないと。」
アインはお面を拾い上げ、背中にしょっている荷物の上に乗せる。
その他に見つかったのは錬金術の実験の結果が記された、山の様なレポートや専門書。
この部屋にいた人物もきっと、必死に探していたのだろう。
錬金術で誰かを助ける方法を。
『人体学、金属学、生態学。』
ここにある物は皆、錬金術の基礎ともいえる学問の数々で、その中に賢者の石に頼るような物は一つもなかった。