ホムンクルスの箱庭 第4話 第2章 『始まりの箱庭』 ③
今日も頑張りま~す(*´ω`)
「ふふん、私のかわいいフィーアとそのしもべたちは村を見て回っているようよ。
私たちも散策するとしましょうか!ついてきなさい犬!」
「ああ、なんかうきうきしてきたよ!」
「ふふ、私もなんかうきうき・・・するはずないでしょ!!」
スキップでもしそうな足取りでついてくるアインを見て言いかけた言葉を、ドライは後半で無理やりに捻じ曲げた。
「僕はドライと一緒に動けて嬉しいけどなあ。」
「な、なな、何言ってんのよあんた?!」
いきなりなアインの言葉に、ドライは顔を真っ赤にして動揺してしまう。
「いやほら、家族と散歩ができるなんてこんな幸せはないなって。」
アインとしては言葉通りなのだろうが、彼の言葉はドライにとってはいちいち心臓に悪い。
「そ、そうね、それじゃあこっちについてきなさい犬!」
「わお~ん!」
「ちょ、ちょっとあんた。大丈夫なの!?」
いつも以上にテンションの高いアインを心配しながらも、ドライは先を歩いて行く。
その足取りはしっかりしていて、まるでこの場所を知っているかのようだ。
やがてドライは施設の横を流れている小川のところで立ち止まった。
子供たちが遊ぶにはちょうどいいくらいの浅さで、今もきれいな水が流れている。
その場所を、ドライはどこか懐かしそうな表情で眺めた。
「ドライ、見て!小川だよ!」
そのことに気付いているのかいないのか、アインがばしゃばしゃと水の中に入っていってチャプチャプと水遊びをはじめる。
「ちょっと、あんたはほんとに・・・18歳にもなって子供の時とやること変わらないんだから。」
「ご、ごめん?でもほら、気持ちいいよ!」
「あの時みたいに溺れでもしたらどうするのよ。」
ドライの言葉を聞いて振り返った瞬間、アインの中で何かがフラッシュバックした。
自分が幼い頃にこの場所にいた、そんな記憶。
小川の横の原っぱには幼いドライの姿があり、くすんくすんと泣いていた。
『もういいわよ、フィーアもあいつも私のことを無視して・・・』
『フィーアも・・・もきっと無視をしているわけじゃないんだよ。』
幼い自分はぽんぽん、とドライの肩を叩いて慰めようとするが彼女は一向に泣きやまない。
そうだ、そんな彼女を見て自分は川の中に入ったんだった。
『ほら、水の中は楽しいよ!』
ばしゃばしゃと水をかけて誘おうとすると、ドライはようやく泣きやんで。
『ちょっとあんたなにするのよっ!』
言葉とは裏腹に嬉しそうに笑いながら近づいてきた。
そんな時だ。
『あ・・・っ!』
足元が滑って視界が水の中に沈んだ。
浅い川とはいえ、子供が溺れるには十分だ。
『誰か、だれかたすけてっ!!』
ドライのそんな声が聞こえた気がして、誰かが自分の手を力強くつかんだ。
『まったく、・・・はそそっかしいな。』
それが誰だったのかは思い出せない。
でも、何となく覚えていることがある。
それは当時、自分が誰よりも信頼していた強くて優しい人物だったと。
そんな記憶が頭をよぎったかと思うと。
「ちょっと犬、あんた本当に溺れてどうするのよっ!?」
いつの間におぼれたのだろう?
気がつくと、ドライが自分の手を掴んで引き上げてくれているところだった。
「あんた、ほんとに大丈夫?」
「あ、ああ、ありがとう・・・」
今のはいったい何だったのだろう?
どこか懐かしくて、遠い記憶。
茫然としているアインを心配そうに見ていたドライだったが、不意にこんなことを口にした。
「ねえ、アイン。」
犬っころではなく名前で呼ばれるのは久しぶりのことな気がする。
「本当にここの施設に入らなくちゃだめなの?別に入らなくてもいいんじゃない?」
「え?」
「別に無理に戦わなくても、ずっと逃げればいいでしょう。昔こととか思い出す必要ないじゃない。」
「いや・・・」
「嫌なこととか、悲しいこととか全部捨て去っちゃえばきっと自由に生きられるわよ。」
じっと見つめてくるドライは、どこか迷っているようなすがるような表情だった。
「そうだね・・・ドライが言うこともわかるよ。
でも僕は、本当に逃げるだけでいいんだろうかとも思うんだ。」
ドライの言いたいこともわかる。
世界は広い、逃げ続けることがもしできるなら再び家族を失うような悲しい目にはきっともう遭わないで済むだろう。
今の家族を守るだけならば、ドライの言うように逃げ続ければいい。
けれど・・・頭の中にどうしてもよぎるのは。
『アイン、おまえも俺を独りにするのか。』
そう言った時の彼の悲しげな紅い瞳。
わかっている、守らなければならないのは今の家族なのだと。
それなのに、どうしても踏ん切りがつかない。
少なくとも、今のままでは何も決めることができないのだ。
自分は、知らなくてはならない。
この村にあるはずの始まりの真実を。
「それは違うんだよ、ドライ。」
「なによ・・・何が違うっていうの?」
「逃げてもきっと解決なんかできやしない、僕はそう思う。」
「そう・・・」
「僕は今までずっと逃げ続けてきた、そんな気がしてならないんだ。」
実際のところ、これと言ってはっきりと何かから逃げていたわけではない。
自分はいつだってそこにある物と向き合ってきたはずだ。
でも、今のままでは何かが足りない。
大切なパーツがいくつも抜け落ちてしまっている気がする。
「ドライは、幸せになるためには何が必要だと思う?」
「幸せになるため・・・そうね、私だったらこうするわ。
邪魔なやつらを全員ぶち殺して、それで家族みんなで幸せに暮らすの。」
唐突な質問に、それでも真剣に答えてくれたその言葉に、アインは思わず笑みを浮かべる。
彼女の言葉はわかりやすいほどにシンプルだ。
そして、今のアインにはドライの物言いがとても心地よく感じられた。
「ドライらしいね。」
「フィーアのことを私がいじめて、どっかの馬鹿がそれにいちいち文句をつけてきて。
そういうのが良いわ。
それに犬、あんたは家族のために働いていれば幸せなんでしょ?
だったらそれでいいじゃない。」
「そうだね、でも幸せっていうのは歩いてこないと思うんだ。
だから、幸せになるために逃げるっていうのはちょっと違うと思うんだよね。」
「確かにね・・・。」
「僕もね、本当は怖いんだ。
今回のことだけじゃない、何かをするときはいつだって・・・」
珍しくこぼれたアインの弱音に、ドライは何も言わずに耳を傾けている。
「でも、今は家族を守るためのベストを尽くさなくてはならない。
ヌルに奪われたフィーアの記憶も取り戻さなくてはならないし、ツヴァイの身体も治してあげたい。
それに・・・」
・・・あそこには、助けを求めている家族がいる。
アインは遠くを見るように目を細めた。
「そのために、やらなければならないことがある。」
「そうね・・・」
「だったら、オドオドしながら行くよりも『よし、やってやる!』と思って行った方がいいと思うんだ。」
アインの言葉を静かに聞いていたドライだったが、諦めたかのように一つため息をついて。
「はあ・・・そうよね。私も逃げてばっかりじゃ駄目なのかもね。
・・・って、何私に変なこと言わせるのよっ!」
「あいたっ!」
照れ隠しなのかべしっと叩かれて、アインは思わず悲鳴を上げる。
「あっちに行くわよ。」
そう言ったドライはもういつも通りの彼女だった。
「うん、行こうか!」
アインがうまく伝えられなかった言葉も、彼女なりに受け止めてくれたらしい。
照れくさそうにしながら先を進むドライの後を、アインは速足に追いかけた。