ホムンクルスの箱庭 第4話 第2章 『始まりの箱庭』 ②
今日も暑くなりそうですね~(´-ω-`)
熱中症に気をつけて過ごしてください(; ・`д・´)
「あのねあのね!ツヴァイ、ここはね!」
村に入った時から、フィーアははしゃいでいるようだった。
いつもよりも積極的にあちこちに行きたがるだけではない。
ツヴァイに必死に何かを伝えようとしている。
「えっと・・・なんだっけ。」
けれども、さっきからそれは失敗に終わっていた。
思い出しそうなのに思い出せない。
いつものあの症状だ。
記憶の一部が綺麗に抜け落ちている。
知っているはずなのにわからない。
そんな感覚がもどかしいのだろう。
フィーアはどこか落ち着かない様子だった。
「うん、きっとここは子供たちの遊び場だったんだね。」
それに対し、ツヴァイは優しく答えてやる。
「うんうん!私もきっとそうだったと思うの。」
おそらく、ここは公園のような場所だったのだろう。
子供たちが登れそうなくらいの大きさの木には、ロープが片方切れたブランコが寂しげにゆれている。
「ほら、ここに面白そうな遊具でもあったんだろうね。」
他にも、そこには壊れたシーソーの跡や滑り台の残骸などが見られた。
「フィーアはこういうのは好きそうだ。」
「うん!昔これでね、遊んだことが・・・ある、気がする?」
「そうか。」
後半部分は自信がないのか小さな声で答えるフィーアを、ツヴァイはそっと撫でてやる。
うれしそうに目を細める彼女を見つめながら、ツヴァイは考えていた。
ツヴァイが知っている限りでは、フィーアが記憶を失ったのは今から数年前のことだ。
それなのに、記憶を失う前の『紅音』からこの場所の話を聞いたことはない。
アインに関しても、さっきの様子からすると懐かしいと言いながらもここに関する記憶は曖昧なようだ。
見て回った感じではこの村は少なくとも十数年は放置されている。
そのことを考えると、フィーアが記憶を失った事件とは別にこの村で何かがあったのだろう。
ここは始まりの場所だとあの2人は言っていた。
だとするなら、この村に関しての2人の記憶が欠落している要因は大体想像がつく。
「ツヴァイ、どうしたの?」
「いや、なんでもないんだよ。
もっとフィーアの話を聞きたいな。いろんな場所を回ってみようか。」
「うん!」
手をつなぐと、フィーアが嬉しそうににこにこと笑った。
「どうしたんだい?」
「あのねあのね、ツヴァイとこうして歩けるのが嬉しい!」
「ん、僕もだよ。」
「この場所をずっと、ツヴァイと一緒に歩きたかったの。」
「え・・・?」
フィーアの口からこぼれた言葉に驚いているのは、ツヴァイだけではなかったようだ。
「・・・?えと、そんな気がするの??」
言った当人が不思議そうに口元を押さえている。
そんなフィーアのことがツヴァイには愛しく感じられた。
おそらくここは彼女にとって、大切な思い出の場所だ。
その場所を自分と歩けるのが嬉しいと、そうしたかったと言ってくれる気持ちはとても温かく感じる。
出来るだけフィーアが好みそうな場所を選んで、ツヴァイは彼女を連れて回った。
最終的にたどりついたのは施設の中にある庭園。
中央の噴水は枯れ、白い石畳には雑草が生い茂っている。
そこもきっと、子供たちの遊び場だったのだろう。
部屋の外に面した部分は今は割れてしまっているものの全てガラス張りになっており、一部の天井が上から陽の光が取り込まれる造りになっていることから、当時は温室のように暖かな場所だったとわかる。
「ここは・・・雨の日でも子供たちが遊べるようになっていたのかな?」
「うん、ツヴァイはいつもあそこにいたよね!」
その言葉だけは言い淀むことなく、フィーアは笑顔で伝えてきた。
フィーアが指をさした先は、噴水のある場所だ。
おそらく、その縁に座っていたと言いたいのだろう。
「あれ・・・?そうだっけ。」
そして、やはり記憶があいまいなのか言ってからすぐに不思議そうに首をかしげている。
「うん、そうかもしれないね。」
ツヴァイは疑うことも問い返すこともせずに笑顔で頷いた。
それを見てフィーアはさっきよりもうれしそうだ。
ようやく思い出せたことが嬉しいのだろう。
彼女はその場所をあちこち見て回っている。
それを見守りながらも、ツヴァイは無意識に自分の胸元に手をやっていた。
なぜだろう、ほんの少しだけさびしい感じがする。
フィーアが言っていた『あの場所に座っていたツヴァイ』が自分でないのは分かる。
そして、その自分でない誰かが誰なのかも。
そう考えるだけで、少し胸が痛い。
『ああ、そういえばいたなツヴァイ、俺の劣化コピー。』
今になってどうしてその言葉が思い出されるのだろう。
あんなやつの言葉なんてどうでもいい、そう思っていたのに。
漠然とした不安が、ツヴァイの心に広がっていた。
フィーアが大好きだと言ってくれる自分は、本当は自分ではないのではないか?
遠い昔フィーアが大好きな誰かがいた場所に、自分が取って替わってしまっただけなのではないか?
考えれば考えるほど不安は広がって行くが、自分に問いかけるようにもう一度思い直す。
いや、そんなはずはない・・・自分はあの日、確かにフィーアと出会ったのだから。
一人ぼっちだった自分の心に、一生懸命に触れてくれた一人の少女。
自分に名前を与えてくれたその子のことがずっと好きだった、大切だった。
その気持ちは、今も変わることなくこの胸の中にある。
それを感じるだけで、少しずつ不安がやわらいでいった。
大丈夫、僕はずっとフィーアの、皆の傍にいるんだ。
ふと足元の砂場に落ちていたスコップを拾い上げると、子供の名前のような文字が刻まれている。
「ぎ・・・ん・・・?だめだ、わからない。」
かすれてしまった文字は読みとれなくて、また少しだけ何かを遠くに感じた気がした。