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ホムンクルスの箱庭  作者: 日向みずき
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ホムンクルスの箱庭 第1話 第2章『ナンバーズ』 ④

※6月3日に文章の整理をしました。


「ユウがどこかに行っちゃって、そうちゃんおなかの中が寂しいね~。」


 川辺に座ったフィーアは、ぬいぐるみに話しかけていた。

 先ほど鳩時計のごとく飛び出してきたユウは、どこかに飛んで行ってしまった。

 おそらく、少しすれば戻ってくるとは思うのだが。


「フィーアはユウがお気に入りだね。」


「うん、だってユウはすごいの。自由を愛する鳥さんなんだよ?」


「そ、そうなんだ?」


 にこにことしながら言われてツヴァイはつられて笑ったものの、言っている意味はよくわからなかった。


「私たちもいつか、ユウみたいにみんなで自由に暮らそうね。」


「・・・そうだね、きっと叶えて見せるよ。」


 自分の身体のことがなければ、決して叶わない願いではないはずなのに。

 ツヴァイにはそのことがとても悔しかった。


 ・・・僕がもっと、兄さんのように身体が強かったらよかったのに。


 実験体としてアインは身体の強化を、ツヴァイは思考パターンなどの頭脳に関する強化を施されている。

 そのためアインは通常よりも身体能力が高く、ツヴァイにはそのことがうらやましく思えた。

 自分がもう少し強ければ、せめて普通に動けるくらいに身体が言うことを聞いてくれれば・・・頭をよぎるのはいつも同じことばかり。


 いや、きっと大丈夫、それを叶えるために、自分たちは北の山脈に向かっているのだから。


 最初、竜を倒そうと言った4人をツヴァイは止めようとした。

 竜とはこの世界では生命力の根源であり、何よりも強力な存在だと言われている。

 皆が強いことは知っているが、それでも今まで以上の危険性を伴うことになるだろう。

 ツヴァイは家族のように大切に思っている彼らを、危険な目に遭わせたくはなかったのだ。

 

 だが、皆は自分を助けるためならどんなことでもすると言ってくれた。

 彼らは一度言い出したら、決して意見を変えることはない。

 ならば、自分は出来る限り皆をサポートする立場にならなければ。

 戦うことができないならば、せめて何かしらの手助けをしたい。

 身体を動かすことは苦手だが、考えることは得意中の得意だ。


 今回の竜に関しても、真正面から突っ込んで行くのでは勝ち目は薄い。

 村に着いてからも、いろいろ情報を集めなければ。

 ツヴァイが無意識に拳を握ると、その手にそっとフィーアが触れてきた。


「・・・ツヴァイ、具合が悪いの?」


「いや、そんなことはないよ。薬もちゃんと飲んでいるからね。」


「それならよかった。」


 にこっと笑うと、フィーアはまたぬいぐるみに話しかける。


「そうちゃんも、ちゃんとお薬飲まなきゃだめよ?いっぱい飲んだら早く元気になれるから。」


 それはいつだったか、フィーアがツヴァイに対して言った言葉だった。

 フィーアが記憶を失うずっと前、2人は実験体としてのナンバーではない『名前』を互いにつけていた。

 フィーアはツヴァイのことをその瞳の色から『(そう)()』と呼び、ツヴァイもフィーアの瞳の色から彼女のことを『紅音(あかね)』と呼び合っていた。

 そのことは2人だけの秘密で、他の3人すら知らないことだったのだ。


 フィーアが記憶を失ったことは皆もうすうす気づいているようなのだが、そのことに関してはツヴァイも詳しく話すことはできない。

 それを分かっているのか、今のところ他の3人は深い詮索はしないでいてくれている。

 状況が整わないままフィーアが記憶を取り戻せば、組織がどんな手段を講じるかわからない。

 何しろ、彼女は組織の秘密を知ったが故に事故・・に巻き込まれたのだから。

 

 これ以上、彼女を危険な目に遭わせるわけにはいかない。

 いつまでもこのままというわけにはいかないが、せめて自分が守れるようになるまでは『紅音』をまどろみの中にいさせてあげたかった。

 今の彼女はツヴァイの目から見ても幸せそうに見える。

 組織の秘密を抱え、それを自分にひた隠しにして悲しそうに笑っていた頃の彼女よりもずっと。


「フィーア、僕は君のことが好きだ。だから君が笑っていられるように僕は強くなるよ。」


 素直な気持ちを伝えると、フィーアはうれしそうにはにかんだ。

 そこにちょうど、ユウをつれたソフィとアハトが戻ってくる。

 鳩が2羽に増えていることにすぐに気付いたフィーアは、驚いたようにそちらを指さす。


「ユウが分裂してる~!」


「へ!?違う違う!なんかもう1匹なついちゃったのよね。」


 本当のことを言うわけにもいかずソフィがごまかそうとすると、アハトが横からフォローを入れた。


「俺のグレネードによって爆誕したんだ。」


 ちっともフォローになってないのは気のせいではないだろう。


「ええ!?アハトのグレネードはそんなことができるの?」


 あまりに真面目な口調でアハトが言ったので、ツヴァイまで驚いたように尋ね返す。


「そんなわけないでしょ!適当なこと言わないのアハト!」


「なんだよ、プラズマ並みに便利なグレネードだぞ?」


「意味が分かんないから!!」


「ただいま~!」


 そんなことをしていると、川からあがってきたアインが皆の前に魚を大量に置いた。


「ちょ・・・これ全部アインが採ってきたの?」


「ふう、いやあ、魚と同じ速度で泳ぐのって難しいねぇ。」


 全身びしょぬれで銀色の毛皮から水が滴っているが、前髪のように目にかかってしまっている毛を避けながらアインは満足そうに笑っている。


「普通はできないから!!」


 あっちこっちに突っ込みを入れているソフィは、忙しそうだが幸せそうだった。




 せっかくなので、夕飯はアインが捕ってきてくれた魚を焼いて食べることになった。

 アインがつけた焚火の周りで、塩を多めに振って枝を通した魚を地面に刺して並べているフィーアにソフィは声をかける。


「ツヴァイを呼びに行ってくるから、そっちはよろしくね。」


「は~い!」


 性格こそ幼くなってしまったが、昔から料理が得意だったフィーアは、今でも食事の準備を積極的に手伝ってくれる。

 今日は特に捕れたての魚を食べれるということで、楽しみにしているようだ。


「まだ焼けないかな?」


「まだダメだよアイン~!」


 元気よく返事をしたフィーアは、アインと一緒に魚が焼けるのをまだかまだかと待っていた。

 それを確認してくすっと笑うと、ソフィは馬車で休んでいるツヴァイのところに足を運ぶことにする。


「・・・ツヴァイ、起きているの?」


「ああ、どうしたのソフィ。」


 彼はランプの明かりを頼りに、分厚い本を読んでいるところだった。


「もう、休みなさいって言ったでしょう?」


 体力の消耗を抑えるためにも、食事の準備が終わるまではできるだけ休むように言っておいたのだが。

 ソフィの姿を見ると、彼はばつが悪そうに笑う。


「ごめん、ちょっとだけ目を通しておきたくて。」


 ツヴァイは本を閉じると、ソフィの方に向き直った。


「ドラゴンのこと?」


「うん、ドラゴンの生態を知れば、倒すときに役に立つかなって。」


「そうね、でもその前にあなたが倒れたら、それどころじゃなくなっちゃうわよ?」


「そうだね、ごめん、反省しているよ。」


 そんな会話をしながら、ソフィは荷台に乗り込んだ。

 そして、ツヴァイの目の前に座るとようやく話を切り出す。


「その・・・ちょっと話があるんだけどいいかしら?」


「もちろん。」


 歯切れの悪いソフィの言葉を、ツヴァイは静かに待ってくれている。


「あの、ね・・・私たち追跡されているかもしれない。

 さっきの鳩は、錬金術の施された伝書鳩なのよ。

 一応発信機は外したんだけど、他にも何かされてるかもしれない。」


「なるほど、それで君はあの鳩たちを処分しようとしたんだね?」


「ええ・・・って、なんでもお見通しって感じね。」


 ツヴァイが普通の人間よりも思考力が長けているのは、ソフィもよく知っていた。

 困った時、わからないことがあった時、たいていはツヴァイが自分たちに何らかの知恵を授けてくれる。


「・・・ってことは、私がスパイだってことももうばれていたりする?」


 意を決したようにソフィは口を開いた。

 それに対して、ツヴァイは何も言わずに静かな笑みを浮かべている。


「なあんだ、決心してここに来るまで、結構勇気が必要だったんだけどなぁ。」


 それだけで分かってしまった。

 おそらく、彼がそのことが知ったのはつい最近のことではないのだろう。


「それで・・・どうするの?」


「え?」


「私はあなたたちを裏切っていたスパイなのよ?何か制裁を加えるとか・・・」


「どうもしないよ。だって、僕たちは家族みたいなものじゃないか。」


 くすっと笑ってツヴァイは言葉を続けた。


「僕たち、小さな頃からずっと一緒だっただろう?どっちの組織に属していたとか、そんなことは関係ない。僕たちはこれからも一緒にいるって、約束したじゃないか。」


「・・・そう。」


 じわっと涙がにじんできて、ソフィは慌ててツヴァイに背中を向ける。


「そうね、あなたたちは見ていてとても心配だし、私が面倒みてあげないとね?」


「そうだね、僕たちはソフィがいないと好き勝手なことばかりしてしまうから、これからも面倒を見てもらえると助かるな。」


「いいわ・・・乗りかかった船だもの。」


 そう答えると、ソフィは振り返らずに馬車を出る。


「僕も一緒に行くよ。でも少しだけ待ってくれるかい?そうだな・・・あと5分くらい本を読んでから。」


「・・・ありがとう。」


 後ろからかけられた優しい言葉に、ソフィは口元に微かに笑みを浮かべて、こっそりと目元をぬぐった。


次回から竜退治の話に入っていきます。

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