ホムンクルスの箱庭 第1話 ~プロローグ~
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まめに更新する予定ですが遅れることがありましたら申し訳ありません。
どうぞよろしくお願いいたします。
その建物は原因不明の爆発で炎上していた。
「はやく!早く、火を消し止めるんだ!」
「いったい何があったんだ?く・・・このままでは貴重な資料が!」
何かの実験施設なのだろうか?
白衣を着た研究員たちは右往左往しながらも、被害の拡大を必死に防ごうとしているようだ。
箱と呼ぶに相応しい無機質な白い建物は、紅い炎に包まれて鮮やかなまでに燃え上がっている。
そんな光景を建物の外で腕を組み、苦笑しながら見ている人物がいた。
「やれやれ・・・困ったもんだね。」
男性は特に慌てる様子でもなく、その光景を眺めながらのんびりとそんな感想を述べた。
年齢は40歳前後といったところだろうか?
くすんだ色の金髪は、これといって気を使った手入れをしていないのか、無造作に首すそまで伸びている。
対照的に年齢なりのしわのある顔には、無精ひげといったものは生えていなかった。
施設にこもっている研究員にしては、比較的爽やかなイメージを連想させる。
そんな彼は、どうやらこの爆発の原因に心当たりがあるようだ。
「まったく・・・やってくれたわね。」
男性の隣で白衣の女性が、忌々しそうに長い金の髪をかきあげた。
ため息にいら立ちを混ぜたような深い息を吐いた彼女は、男性よりは幾分か若く見える。
つり目のクールビューティといえる美しい容姿なのだが、苦労が多いのか現状に頭を悩ませているのか、眉間にしわを寄せていた。
「君は子供たちのところへ。」
「・・・そうね、貴重な実験体が減るのは避けたいわ。」
炎上している建物とは別の場所に、女性はちらちらと視線を送っている。
そのことに気付いた男性がにこっと笑うと、女性は冷たい口調とは裏腹に速足でそちらに向かった。
「ふふ、君のそういうところが僕は好きだよ。」
女性に聞こえない程度の小さな声で呟くと、男性はもう一度、燃えている施設を見上げる。
「さて・・・期待しているよ子供たち。」
そんな言葉を一つ、口元に笑みを浮かべながら男性は『彼ら』が去った方に視線を移した。
【ホムンクルスの箱庭 第1話 プロローグ】
遠い昔の夢を見た気がした。
泣きたいくらいに懐かしくて暖かいその場所から、暗く冷たい奈落に突き落とされる夢。
それがどこだったのか、はっきりとは思い出せない。
でも、その時に何か大切なものが欠けてしまった・・・そんな気がする。
カーテンの隙間から差し込んできた朝日に軽く顔をしかめると、青年はゆっくりとその瞳を開いた。
やわらかな光の中でそれは金色に輝いている。
「あれ・・・?もう朝か。」
のそのそとベッドから降りた青年は、窓の前に立ってカーテンを思いっきり開けると、差し込んできた太陽の光を身体いっぱいに浴びる。
そこまでなら誰もが経験、あるいは目にしたことのある光景だろうが、彼には普通の人間とは決定的に違う部分があった。
「う~ん!今日もいい天気だな。」
青年が大きく伸びをした姿が窓に映る。
その姿はまるで獣だった。
普通の獣と違うところがあるとすれば、2mばかりもある巨体が白銀の毛におおわれていること。
そして、伸びといっても犬のように4つ足で身体を伸ばすのではなく、人間のように両腕を大きく上に伸ばしているところぐらいだろうか。
青年は獣人族――その中でも人狼族と呼ばれる種族だ。
人狼族と一言で言ってもその形状は大きく2つに分けられる。
その一つが、青年のように狼をそのまま二足にしたような姿。
いわゆる狼男と呼ばれる毛むくじゃらの大男だ。
といっても、端正に整った獣とは美しいもので彼の場合、怪物のような粗野な感じはそれほど受けない。
大きなあくびを一つ、窓を開けながら外を眺めると、日はとうに昇り世界を明るく照らし出していた。
「しまった、皆はもう起きてるかな?」
ようやく寝坊してしまったことに気付いた青年は、慌てて着替えを始めた。
寝巻のまま部屋を出るのは、先に起きている皆に対して失礼だ。
そんなことを考えていることからも、彼が普通の獣とはだいぶ違うことが分かる。
夢のせいで決して寝覚めがいいとは言えなかったが、それを理由に寝坊することは青年にとっては好ましくない事態だ。
服の下から現れた鋼のように鍛えられた肉体からは、野生を大いに感じさせられる部分がある。
彼は人間のように衣服を身につけることを常としているため、普段から寝るときにはパジャマを身に着けていた。
脱いだパジャマを畳んで、しっぽの部分が出せるようになっている獣人族専用の服に着替えると、青年は家族の姿を求めて階下に降りて行く。
「あら、おはよう、アイン。」
真っ先に声をかけてきたのは、キッチンで朝食の準備をしていた小柄な女性だった。
「昨日はよく眠れたかしら?」
振り向いた彼女は、ブルーグレイの短い髪をさらっと耳にかけると、笑顔で迎えてくれる。
深い緑色の瞳は、優しげに細められていた。
彼女の名前はソフィ。
血はつながっていないが、青年にとっては家族同然の人物。
その姿は一見すると子供のようなのだが、彼女は歴とした大人だ。
シルフ族と呼ばれる妖精族の一種で、風を自在に操ることが出来る。
風を操れる度合いは当人の魔力と気質によって変わると言われているのだが、その中でも彼女は対象を守ることに特化した能力を使うことに長けている。
他に特徴があるとすれば、背に緑や青の透明な翅を魔力によって具現化させることが出来ることだろうか。
もっとも、それは消耗が激しいため普段は消していることが多いのだが。
「おはよう、ソフィ。寝坊してしまったかな?」
「あら、大丈夫よ。あなたよりお寝坊さんがいるもの。」
くすっと笑うと、ソフィは洗い物を終えたのかエプロンの前掛けで濡れた手を拭きながら台を降りる。
シルフ族である彼女は、人間をそのまま小型化させたような姿をしていた。
成人しても人間の3分の2程度の大きさにしかならず、人間の子供程度の大きさしかない。
なのでシルフ族にとって暮らしていく中で、人間用に作られた道具の数々は工夫を凝らさなければ使えない。
そのために、今もキッチンに台を置きその上で作業をしているところのようだ。
「食卓にツヴァイがいるから、手伝ってあげてくれる?私はあとは、軽くサラダでも作って持って行くから。」
彼女はごそごそと食料品棚を漁ってレタスを取り出すと、サラダを作り始めた。
朝食の準備はそれが最後らしく、ここで手伝えることはなさそうだ。
「わかったよ。また何か手伝えることがあれば言ってくれ!」
「了解。」
彼女らしいあっさりとした返事を確認してから、アインは食卓のある部屋に移動した。
「あれ?おはよう、兄さん。寝坊なんて珍しいね。」
白銀の髪にぱっちりとした蒼い瞳の少年は、アインが部屋に入るとにこっと笑って声をかけてきた。
線の細い獣人族の少年はアインと実際に血のつながった弟だが、一見少女と見紛うばかりの中性的な顔立ちをしている。
もし仮に髪を長くのばしていたなら、女性と間違えられるところだ。
幸い少年は、首すそ程度までしか髪を伸ばしていなかったが。
当人自身も自覚があるらしく、かわいいと言われて複雑そうな表情を浮かべることもしばしばあった。
少年は人狼族の中で主に分けられる、もう一つのタイプの姿をしている。
人間の外見に、白い狼の耳としっぽが生えているというものだ。
同じ親から生まれても、こういった差が出るのが獣人族の特徴といえよう。
「おはよう。ツヴァイ、調子はどうだい?」
「うん、まずまずってところかな。」
昨日の夜、弟はかなり咳き込んでいた。
そのことを知っているアインはさりげなく聞いてみるが、そこはやはり彼らしい解答が返ってくる。
ツヴァイは昔から身体が弱いのだが、人に心配をかけている自分をあまり好きではないらしく、そういった部分に触れられるとさりげなくごまかす癖があるのだ。
ごまかしたところで、様子を見れば一目でわかってしまうのに。
やはり、あまり顔色が良いとは言えない。
もともと色白ではあるのだが、今日は血の気が引いて青白くなってしまっている。
これ以上自分が追及したところで、はぐらかすばかりで正直に答えてはくれないのだろうが。
弟は頭がいい。一般的な言葉で示すならば、天才の部類に入るほどの頭脳の持ち主だ。
そんな彼とまともに問答をしてアインが勝てた試しはなかった。
そうなれば追求するだけ無駄というものなのかもしれないが、そうと分かっていてもやはりそこは大切な弟のことだ。
何度はぐらかされようとも、彼の体調を気遣うのをやめることはできない。
「ツヴァイ・・・」
「なに?兄さん。」
今日もいつものように、お説教まがいの追及をしかけた時だった。
「あーっ!ツヴァイ、起きてちゃだめって言ったでしょ~?」
少女の声が、食卓に響いた。
「う・・・お、おはよう!フィーア!」
そんな弟が、唯一嘘をつけない人物がいる。
少女の姿を確認するなり、ツヴァイはおろおろとした態度を隠せずにいた。
「昨日はあんなにいっぱい咳してたんだから、ごはんの支度は私とソフィに任せてって言ったのに!」
「ご、ごめん・・・」
彼女は弟が隠そうとしたことをあっさりとばらした揚句、謝罪までさせていた。
「さすがだ・・・」
アインが感心したように呟くと、ようやく気付いたのかぷんぷんと怒っていた少女が視線を移す。
「あ!おはよう、アイン。」
「おはよう!フィーア。」
少女も血のつながりはないが、幼い頃から一緒に過ごしてきた家族の一人だ。
ツインテールに結い上げた淡い金色の長い髪、兎のように紅い瞳、そして少しとがった特徴的な耳。
エルフ族と呼ばれる人間よりも遥かに強い魔力を持ったこの種族は、本来は山里の奥深くに潜み、ほとんど人里に出てくることはない。
さらに彼女は、人間とエルフ族の混血児という少々特殊な出生だった。
といっても、当人が自分の生まれにはさして興味がないようでそういった話はあまり出ない。
そもそも出生だけの話で言えば、ここにいる全員が特殊な出生の持ち主ということになってしまう。
なにしろアインを含め、ここにいる全員が『犯罪組織』の人間なのだから。
アルスマグナ――表向きは錬金術で医学や技術を進歩させ、新しいモノを作りだすために集う錬金術師たちのための組織。
世界に医療から生活に必要な灯、果ては上下水道の設備に至るまで様々なものを提供している。
しかし、その実態は子供たちをさらってきては人体実験を行っている恐ろしい犯罪組織だ。
そしてアイン、ツヴァイ、フィーアはその実験に使われた子供たちだった。
ソフィもまた組織の人間ではあったが、他の3人とは少しだけ事情が違う。
それは彼らにつけられた『名前』からも容易に想像できるだろう。
ソフィが普通の名前であるとするならば、他の3人についた名前はいわゆる通し番号。
つまり、実験体としての順番を現す数字そのものが、彼らの名称というわけだ。
本来であればそれは名前と呼ぶのもおかしなものなのだろうが、当人たちはそれを特に気にしている様子はない。
なぜならば、それが彼らの日常だから。
「そうちゃんもツヴァイに何か言ってあげて~!」
いつも抱きしめている白いクマのぬいぐるみに話しかけると、フィーアはその手足を器用に動かしてツヴァイをぺしぺしと叩いてみせる。
「いたいいたい、降参だよ。」
「ちゃんと反省していますか~?」
「しているよ、だから許してくれるかい?」
「どうですか~?そうちゃん。」
両手でぬいぐるみを抱き上げたフィーアは、その瞳を見つめてお伺いを立てている。
周りから見れば、それは違和感を覚えるほどの幼い行動に思えた。
そんな彼女をツヴァイはどこか悲しげに、それでも優しい瞳で見つめている。
「そうちゃん、許してくれるって♪」
「そうか、それはよかったよ。」
にこっと笑ったフィーアにツヴァイも同じように笑顔で返し、アインはそれを何も言わずににこにこと見守っている。
と、そこに・・・
「なんだ、今日の食卓は花がないな・・・俺のとっておきのやつでも飾るか?」
誰の目から見ても怪しい、黒づくめの男が現れた。
どのくらい怪しいかというと、死神のような黒いローブを纏い、さらにフードを目深にかぶっている。
かろうじて口元は見えるが、その表情などは一切見えない。
実際のところ、3人とも彼の素顔を見たことはなかった。
「今日もお寝坊さんだねって、そうちゃんが言ってるよ~?」
「おはようアハト、よく眠れたかい?」
「おはよう!アハトのとっておきを飾るのも悪くないね!」
そんな不審人物に対し、3人は特に驚いた様子もなく挨拶を交わした。
彼らにとってはこの人物もまた、家族の一員だということなのだろう。
アインに関しては、アハトと呼ばれた不審人物の意味不明な言動にまともに答えてしまっている。
「そうだな、ならば、この改造済みのすーぱーグレネードをだな。」
グレネードとは錬金術によって作られる爆弾の一種だ。
なぜそんな危ないものを飾ろうとしているのか、そんな当たり前の突っ込みを入れられる人物は残念ながらこの中に一人しかいない。
「や・め・な・さ・い!」
アハトがごそごそとローブの内側を漁ってすーぱーグレネードなるものを取りだそうとしたところで、ちょうどサラダを作り終えたソフィがやってきてその脛を軽く蹴った。
「・・・何をするソフィ。」
それに対し、アハトは不満そうにソフィに視線を移す。
「なんでもグレネードで解決するのやめてくれる?花ならフィーアにとってきてもらったから。」
「あ、そういえばそうでした~!」
持っていた籠の中から色とりどりの花を取りだしたフィーアは、グレネードの代わりにそれらをテーブルに飾り付けた。
「ち・・・仕方ないな。」
とても残念そうに、アハトは取り出しかけたグレネードをローブにしまう。
彼の行動はソフィには予想済みだったのだろう。
フィーアが珍しく朝食の手伝いをしていなかったのは、花を摘みに行っていたからのようだ。
「あんたはいろんなこと適当な癖に、食卓の飾りにはうるさいわよね。」
「家族の食卓は華やかな方がいいだろう。」
「そりゃそうだけど、グレネードは却下。」
ため息交じりに言ってから、ソフィはサラダのお皿をテーブルの真ん中に置いた。
「さあ、全員そろったことだし、ごはんにしましょう?」
エプロンを外したソフィが席に着くと、皆もそれぞれの席に座って朝の食卓を囲む。
「はい、そうちゃん、あーん。」
フィーアがぬいぐるみの口にスプーンでスープを運ぶ姿は、毎朝の恒例となっていた。
「そうちゃんは小食ですね。もっとたくさん食べて、健康にならないとだめですよ?」
「はは、フィーア、そうちゃんは健康だから大丈夫だよ。」
「あれ?そういえばそうだったかも~?」
なぜか不思議そうに首をかしげるフィーアの頭を、ツヴァイはそっと撫でてやる。
「ほら、フィーア、冷める前に自分が食べちゃいなさい?」
「は~い!」
ソフィが母親のようにたしなめると、フィーアはようやくスープを口にした。
それを確認してから、ツヴァイは二人分のサラダを取り分けて片方をフィーアに差し出す。
それから2人を少しだけ困ったように、それでも優しげに見守っていたソフィもようやく食事を始めるのだった。
それらのやり取りを知ってか知らずか、アハトは我関せずといったように黙々とお皿のものを平らげている。
食卓を共に囲む4人を、アインはどこか満足げに眺めていた。
しかし、その瞳がほんの一瞬、遠くを見つめる。
それはまるで、そこに足りない何かを求めているかのようにも見えた。
「・・・どうした?アイン。」
無言で食事をしていたアハトが、ふと顔をあげてアインに声をかける。
といっても、食事中ですら目深にフードをかぶっているせいで表情どころか口元以外は何も見えない状態だが。
「え?あ、うん・・・そうだ、父さんと母さんにちゃんと挨拶しないで出てきちゃったけど、大丈夫だったかな?」
アハトの言葉で我に返ったアインは、おいしそうに焼けたパンにかじりつきながらそう言った。
「大丈夫だろう、挨拶なら俺がたっぷりしておいたからな。」
「ええ、今頃は必死になって私たちを探しているんじゃないかしらね。」
にやり、とアハトの口元が笑みの形を刻むと、ソフィが口の端をひきつらせながらティーカップを置いた。
なぜソフィが冷たい視線をアハトに送っているのか、それを語るには少し時間をさかのぼらなければならない。
ある夏の日、旅行中の車内である人物が言った。
「そうだ!TRPGをしよう!!」
そして生まれたのがこの物語です!
何をしに旅行しに行ったんだとか言っちゃダメです(`・ω・´)
悩んだ結果こちらの文体を残してみることにしました。
他の章も少しずつ直していけたらと思っています。