汚言症
さてと。お化けの話をはじめるにあたって、僕は恥ずかしい告白をしなければならない。それは、お化けの話をする上で、避けては通れない告白なんだ。
君は「汚言症」っていう病気があるのを聞いたことある?
僕はね、高校生のころ、おそらくその病気にかかっていたんだ。といっても、正式に医師からそう診断されたわけじゃあないから、とりあえずはまあ「おそらく」という言い方になる。
僕が汚言症という病気があることを知ったのは、高校を卒業してからずっと後のことになる。汚言症に関する記事を、たまたまインターネットでみつけた。その症状は、自分のそれにぴったりと当てはまっていた。
これがなかなかやっかいな病気なんだ。一言でいうと、突発的に、汚い言葉を発してしまう。そんな病気なんだ。
汚い言葉…というのをぼかさずに具体的に言うと、僕の場合は、罵倒語という分類になる。つまり「死んでしまえ!」とか、「殺してやる!」とか「死にたい!」とか、そんな感じ。どうだ、ちょっと怖いだろう。
この病気は、人によっては、わいせつな言葉を発してしまうケースもある。なんというか本当に大変な病気だよね。本当に大変な病気なんだ。
まあ、ともかく自分の場合は、そういう攻撃的な言葉が、自分の意志とは関係なしに出ちゃうようになってたんだ。なんの予告もなしにね。躊躇する隙すらなくてさ。あっ…って気がついたときには、もう、恐ろしいことを口にしちゃってる。取り返しがつかない。マジメに社会生活を送ろうとするのなら、なかなか深刻な病気だよね。そして高校生のころの僕は、とてつもなくマジメだったわけだ。
だからそんな危なっかしい言葉は、家だろうが学校だろうが、絶対に口にだすわけにはいかなかった。僕はそういう言葉が出てこないよう、常に常に、気を張ってたんだよね。
でも一人でいるときなんかは、気が抜けちゃうんだろうね。そういう言葉が、ふっと出てしまうことがあった。学校の帰り道なんかは、特にやばかった。気がついたら大声で「ぶっ殺してやる!」とか、叫んでしまっていた。やっちゃった後は、いつも周りに誰もいないか確認したよ。誰もいないときがほとんどだったけれども、知らない大人がいたときもあった。気まずそうにしてたね。思いだしただけで申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
自分がこんなことを口にしてしまう理由については、自分なりにいろいろと考えてみた。刺激の強い言葉で、自分の意識を嫌なことから意識を背けようとしていたんじゃないのかっていう結論になった。防衛反応かなにかでさ。
その分析については、いまでも考えは変わっていない。たぶん、正しいんじゃないかと思う。そんな言葉が出てしまうときは、だいたい決まって嫌なことや思い出したくないことが頭をよぎってしまった直後だったからね。
だから僕は、なるべくストレスをためないように、何事も一定以上は深く考え込まないようにするように心がけた。これはちょっと効果があった。汚言の数が明らかに減ったからね。
まあそんな感じで、自分の新しいクセとも、折り合いをつけながら、なんとか生活してたってわけ。家で口にしてしまうこともあったけど、幸い家族には気づかれなかった。
でもさ。そんなのって、ずっと隠しきれるもんじゃないよね。こんなクセもいつかは皆にばれてしまって、人生も終わってしまうんじゃないか。びくびくしながら過ごしていた。
そして、そんな日はやっぱりきちんと、訪れちゃうんだよね。