04.私の白い憂鬱。
「占い師?」
「国政のご意見番とも言うし相談役とも言う」
「それって重役じゃないの!」
アンとエステラ殿下の関係に私はテーブルを叩いて声を上げる。
村で一番大きいだろうパブで、ホット飲料を飲みながらアンの話を大人しく聞こうとしていたのにちっとも保たなかった。
私の声に周りのお客が好奇心をチラつかせて明からさまに視線を向けるけど、殿下のお付きの方の一睨みですぐに沈静化される。
「アイエネス、奥方にはあなたの仕事内容は説明していないの?」
「だって上手く説明出来ねーし、高等遊民としてちょっとミステリアスな旦那様の方が箔つきそうじゃんよ」
「胡散臭さが増すだけじゃない?」
正面に同意。
殿下のお言葉に私は深く頷く。でも、占い師も胡散臭いわよね。具体的にどんな仕事しているのか結局分からないままだもの。
私の疑惑が伝わったのか、殿下は苦笑気味で咳払いをした。
「占いと言うと眉唾っぽく聞こえるけれど、アイエネスの魔力は予知と千里眼で政治の指針を示す重要な立場なんですよ」
「よち……せんりがん……?」
「伝わりにくいですか?」
「うちの嫁さんは薄暗い政治の闇を知らん、超平和的な市井の出なんだ。まほーつかいとか時代錯誤な職業とは縁遠いの」
「魔法使い! アンって魔法使いだったの??」
やっと私でも理解出来る単語に語気が上がる。
殿下とお顔見知りなわけだから、つまりお城に仕える魔法使いってことよね。
「もしかして箒に跨って空も飛べるの?」
好奇心で聞いたらなんとも言えない表情でアンに頭を撫でられた。
「可愛いお嫁さんで羨ましいよ、アイエネス」
「だろ?」
そこで見せつけるみたいに肩を抱き寄せるアンの行為に耳が熱くなる。
公衆でそーゆー行動は控えて貰えませんかね。心臓が保たないので。ほら、殿下に御付きのアガサ様まで心なしか冷たい視線を浴びせてますよ!
恥ずかしいんだからと、アンの腕から身を捩って離れると、こちらを見るアガサ様のブラウンの視線にかち合う。なんとなく会釈を返せば、すっと逸らされた。
……もしかして呆れられました?
はしたないと思われたのだろうか。アガサ様、潔癖そうな感じだし。
などと考えながら私は注文したお茶を飲む。
殿方は何やら難しい話を始めたので、口を挟めない私は暇を持て余す。
せっかくなのだからアガサ様とお話をしたいと思うのだけど、無理よね。なんだかあまりいい印象持たれていない感じだし。
私は殿下の斜め後ろに立つアガサ様を、お茶を飲むのに乗じて窺った。
エステラ殿下の紹介の後、控え目に名乗った御付きの方の名前はアガサ様。
ダークブラウンの艶やかな髪をうなじの辺りでばっさりと短く切り揃え、殿方のような格好をしているけれどれっきとした女性だ。
長い前髪で顔半分が隠れているけれどとても美人で、麗人と言うのだろうか。女性としては高い背も、ハスキーな声も同性から見てとても魅力的なのだけれど、私はまだ彼女に挨拶もろくに出来ていない。どころか既に心証も悪い。
それ以上に近寄り難いのよね。殿下の付添いという責任からだろうが、決して席に着こうとせずに主の斜め後ろに直立不動の姿勢は他人を受け付けない緊張した空気を感じる。でもアンは気にしていない様子だから、これが彼女の通常なのよね、きっと。
私もアンの妻ならそれなりにちゃんと挨拶をしたいのだけれど、アンの行動に倣った方がいいのかしら。
妻として恥ずかしい姿は晒したくない。さっきだってつい大きな声を上げてしまい、注目を集めてしまったし。可能なら弁解もしたいところ。目も合わせてくれないので難しいんですけどね!
「あの……エステラ殿下、アガサ様は一緒にお掛けにならないんですか?」
「ん、アガサかい?」
少し狡いけれど主である殿下から攻めましょう。女性同士親しくなりたいし、それに、アンの事も何か聞けるかもしれない。なんて浅ましいかしら。
「アガサ、奥方は君と一緒にお茶をしたいそうだよ。非公式の場なんだし、誰も咎めはしないよ」
殿下がご自身の隣の椅子を引き、アガサ様を誘うが彼女は首を振って辞退する。
「主人と同席なんて恐れ多いお話でございます」
ですよね。なんとなく想定していた回答に落胆こそしないけれど、殿下は苦笑を漏らす。
「頑固でごめんね。乳母きょうだいの僕にでさえこんな態度なんだからどっちが従っているか分からないよね」
「殿下がご自身の立場を軽んじ過ぎなのです。如何に非公式の場だろうとお立場はわきまえて下さい」
「……ほらね」
言わんばかりとしたり顔で殿下は片目を閉じた。いたずらっ子を連想させる仕草に、温和そうなお顔とは裏腹に癖のある性格なのかも知れない。
アガサ様は目頭を押さえ、鎮痛な面持ちを見せると私の方へ向き直る。
「あなたも、いくらアイエネス殿の良き人であろうが、まだ正式な奥方でもないのに殿下と同席するなどとおこがましい」
「ーーえ?」
急に浴びせられた水に体が固まる。
正式な奥方でないって、つまりアンが嘘を……?
怖くて隣を見れないで俯くと、向かいから軽い息が漏れる。深刻かと思えた空気が吹き飛ぶような軽さだ。
「そうか、喪が開けていないから籍が入れられないのか」
「……ああ。近親者ではないが、立場上、な?」
傍からは見えないテーブルの下でアンが私の膝をぽんぽんと二回撫でる。
暖かく大きな掌から安心が浸透し、私はなんとか視線を持ち上げた。彼は困ったように眉尻を下げ、声にならない唇の動きだけで「ごめんね」と言う。
事情があるのよね。私はあなたを信じてもいいんだよね。
不安を拭いたい思いで微笑みを返し、それでもこの場に居るのが居た堪れずに退席を申し出る。エステラ殿下は「気にしないでいい」と言ってくれたけれど「込み入ったお話に邪魔になるといけないから」と言い訳を使わせて貰った。
離れ際、アガサ様の方を見れば、彼女は私が出て行くのを見届けるようにこちらをじっと睨んでいた。
怒り? ううん、侮蔑……。
まるで私の存在を認めないような、そんな感情を向けられている。
どうしてそう感じたか、初対面の筈の人にそんな感情をぶつけられるのか。
理由は分からないけれど、それも仕方ないと諦観する私もいる。
私はあの視線を受けても仕方のない人間なのだ。
私の奥の私が囁く。
「ーーご無礼をお許し下さい。お先に失礼します」
「リサ、すぐ行くから絶対待っていろよ」
アンがどこか焦った様子なのが少し嬉しくて頷く。けど逃げるように後にした。
暖かかった店内から一転、雪の積もった外は肌に刺す寒さで身を寄せる。取り込んだ熱がすぐに奪い去られ、中が恋しくなるけれど今更戻れない。
事情があれど部外者だし、私。
ふっと吐いた憂鬱が白く纏わりつく。
……どうにも気が晴れそうにもないわ。
足元の雪を掬うように蹴り上げて集落を散策する。他にすることがないんだもの。
住人もアンがいないと私はただの余所者に映るみたいで、何処か遠巻きで扱われる。
いいんですけど。なんか慣れてるし。
困るのは話し相手がいなくて時間が潰せない点だ。暇だ。暇だと余計なことを考えてしまうから嫌だ。
仮初めの奥様とアンの嘘。
どうして私を妻だと言ったの。
胸が苦しくて涙が溢れそうだったけど、すんでで飲み込めたのは誰かに呼び止められたからだ。アンの声ではない、少し嗄れた年配の男の声。
「おお、やっぱりあん時の嬢ちゃんじゃねーか」
雪焼けした浅黒い肌に、欠けた前歯でにっかり笑う初老の男が私に寄ってくる。
知らない人だ。でも向こうは私を知っている。つまり記憶喪失前の知り合いってことよね。
素直に記憶喪失ですと言うには説明がややこしい。かと言って無難にやり過ごす器用さが自分にあるようにも思えない。
「あんた、さっきアイエネス様と一緒だったろう?」
人の好い話好きなのか、私は聞かれたことにただ頷くと男はニコニコ笑って胸を撫で下ろす。
「いやね、あんの吹雪の日にアイエネス様のお屋敷に行きたいというあんたに道を教えたはいいが、その後が心配だったんだ」
でも、さっき並んでいる姿を見て無事だったんだと安心したと言うこの人をいい人だなと思い、話を聞いている私に男は追い討ちをかけた。
「冬の間、掃除婦として勤めなければならないとそりゃ熱心な頼みだったから、危険とわかってても道案内しちまったんだよ。もう、危ないことはすんなよ、お嬢ちゃん」
どうして続け様に知りたくない事実を告げられるのか。
生じる綻びに私の憂鬱は真綿のように首回りに纏わり付いた。