イン・プ・ランク
✱ベッタベターリターン✱
✱
「Trick or Treat!!」
そんなことを叫びながら、ひとりの少女が部屋に飛び込んできた。
僕の幼馴染だ。
「……え?何、どうしたの」
学校帰りで、漫画でも読んでダラついていた僕は、突然の訪問者に面食らう。いや訪問というより襲撃に近いが。
「というか、その格好はなんだい?」
幼馴染――メグは、コウモリのような羽に矢印のような尾を着けていた。
さながら悪魔である。いやメグは小さいので小悪魔か。
「Halloweenだよ!ハロウィンだよ!はろうぃんだよ!」
ぴょんぴょんと跳ねながら小悪魔は言う。一つ跳ねる度に、矢印尻尾と彼女のサイドテールも跳ねる。一度で二度おいしい、とかいうやつだ。違うね。
それにしても……今日はハロウィンだったか。失念してた。
「だから!おかし頂戴!」
むんずと手を差し出してきたメグ。
そういえば、日本のハロウィンってお菓子配りの日だったっけ。
「……今日ってハロウィンだったんだね」
僕がそう言うと、メグは手を差し出した状態のままで固まった。彫刻のようである。
「という具合だからさ、ごめんね?おかし無いや」
僕の言葉にメグは、「はぅあ!?」と何やら大ダメージを受けてその場に崩れ落ちた。そのまま、うつ伏せに蹲ってしまう。
どうやら追い討ちを掛けてしまったらしい。
「……いいのかー?おかしないと、いたずらするぞー?」
うつ伏せになったままでメグは呻く。
ふむ……イタズラね。
僕は寝転がるのをやめて、唸るメグに近寄った。気配を感じてメグも静かになる。
僕は手を差し出して、
「じゃあさ、してみてよ。イタズラ」
と言った。ピクリとメグは反応する。
僕としては……メグがイタズラするタイプじゃないことは承知の上だったり。だから実際これは冗談のようなもので、このまま僕の手を取ったメグとケーキ屋さんにでもお出かけするつもりだった。
だから
「Trick and Treat!!!」
などと訳のわからないことを叫びながら……僕の手を引き――キスをしてくるとは思わなかった。
完全に……予想外のことであった。
「い、いたずら、成功?」
面食らって固まる僕にメグがはにかんだ。僅か数瞬の間が非常に長いものに感じられた。
「……大成功だよ、メグ」
やっと絞りだした声。メグはそれを聞いて、えへへ、と笑った。あざとい笑みもメグには似合ってた。
「メグ、これからデートしようか。ケーキ屋さんにでも」
そう言って僕はメグの手を引いた。小悪魔の格好をした天使は、「うん」、と頷いて後ろをチョコチョコと着いてくるのだった。
✱
「……砂糖吐きそう」
読みかけの小説らしい何かを閉じる。先程までそのスマホが映し出していたフィクションは良くある胸焼けしそうなハロウィンの物語だった。
「何か言った?メグ」
私の呟きに幼馴染が反応する。
そういえば私のあだ名もメグだったか……
そうだ。
「ねぇ?今日何の日か分かる?」
思いつきからそう問うと、幼馴染は逡巡して、
「分かんない。今日何の日?」
と予想通りの答えを上げた。
「Halloween。ハロウィンだよ。はろうぃん」
答えを教えると、彼は苦笑いして
「なるほどね。ごめん、忘れてたからお菓子はないよ」
と申し訳なさそうに言うのだった。
……うん。
「知ってた。だから」
呪文を唱えるのに少しの間。心の準備。
「……だから?」
首を傾げる彼はまだ気づかない。私はそれを見てニヤリと笑う。きっと私には今、コウモリのような羽に矢印のような尾が着いているだろう。
「うん、だから」
Trick and Treat.
お菓子もイタズラも!
ありがとうございました