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骨董機械少女-アンティーク・マシンドール  作者: 天崎 剣
【1】三笠家の機械人形
4/33

4 ささやかな自慢

 機械人形(マシンドール)盗難の話を聞いた夜、慶一朗(けいいちろう)はなかなか寝付けなかった。日付が変わるまで課題をこなしてベッドに潜ったが、目を閉じると余計なことばかり頭に浮かんでしまう。

 ハナが、居なくなる?

 そんなこと、考えたこともない。

 両親の職場でそれぞれ起きた盗難事件は、慶一朗にとって、衝撃的な出来事だった。そして、公園の駐車場に現れたという、不審な女の存在も。

 何も、なければ良いが。

 ふと、ハナが悪漢に奪われる様子が脳裏に浮かぶ。こんな田舎町で、しかも、古い機械人形を盗難する輩が居るとは思えないと、頭では分かっているのに。

 スーパーにいるレジ用機械人形や、工事現場にいる土木用機械人形のような、特殊技能の備わったそれと、家で簡単な家事をこなすハナとでは、まるで価値が違う。どうせ盗むなら、何かしら特化した能力を持った機械人形を盗む方が良いに決まってる。

 が、なぜだろう。

 頭の中に張り付いた、嫌な予感がなかなか消えない。

 ハナが、居なくなる?

 ダメだ。そんなこと、考えるべきじゃない。

 考えれば考えるほど、身体が震えた。

 考え続けることで、もしかしたら本当になってしまうかも。そう思うとますます、慶一朗の目は冴えて、一向に眠ることが出来なかった。



          * * * * *



 目を覚ますと4時台で、家族はまだ寝静まっていた。既に台所には明かりがともっている。ハナが、朝の支度をしているようだ。

「あら、おはようございます。慶一朗様」

 慶一朗の気配を察知し、ハナがキッチンカウンターの奥から声をかけてくる。リビングダイニングのドアを開け、寝癖の付いた髪の毛を掻きむしりながら、慶一朗はおはようと頭を軽く下げた。

「昨日とは比べものにならない早さです。どうなさいましたか」

 こんな早くから起きていて、眠くないのだろうか。不意にそんな言葉が浮かんだが、機械人形にあるとしたら、眠気ではなく充電不足といったところか。

 洗面所では洗濯機がカラカラと小気味いい音を立てている。炊飯器も圧力をかけ、じっくりと熱を加えているようだ。

「あんまり眠れなくて」

 慶一朗は首を傾げながら、気の抜けたような声を出した。

 眠らなければと思っていたのに、結局浅い眠りを何度か繰り返しただけで、身体をしっかり休めるまでには至らなかった。

「慶一朗様は夜更かししすぎなのです。昨日も遅くまで起きていましたね。睡眠は蓄積できません。しっかりと毎日一定の睡眠時間を取らなくては、身体が参ってしまいますよ。第一、今年度に入って、慶一朗様の遅刻回数は激増しています。このままでは、大変なことになってしまうのではありませんか」

 柔らかい口調で、ハナは言った。それが何故だか、慶一朗の胸に突き刺さった。

 ハナの寝室は、慶一朗の部屋の隣。寝室とは言っても、眠るわけではない。機械人形である彼女の、クローゼットであり、充電室でもある小さな部屋。横たわり、コードに繋がって朝まで意識レベルを落とすための空間だ。メンテナンス用の機材が少しと、沢山の洋服類が、所狭しと置かれているそこは、小学生の時以来、足を踏み入れたことはない。が、ハナの方は壁を挟んだ慶一朗の気配をしっかりと感じているらしく、いつも就寝時間をチェックされる。

「わかってるよ。とりあえず、今日は早起きしたから、遅刻しないで済むってことで」

 ふぁっと生あくびをして、慶一朗はリビングを出た。早起きをしてしまったときくらい、早めに支度をしようと思ったのだ。

 朝は既に白んでいた。鳥のさえずりや虫の声が、耳の奥にまでしっかり届くほど、空気は澄んでいる。初秋の清々しい空気が、慶一朗の目をすっかりと覚ましていった。

 玄関の錠を外し、ポストの中をチェックする。どうやら新聞はついさっき配達されたばかりらしい。配達用バイクの音が遠くに去って行くのが聞こえる。

 こんな早くから起きてるのは、機械人形くらいか。

 慶一朗は改めて、早く起きすぎたと思った。

 深夜から早朝までは、機械人形が活動する時間帯だ。昔、まだ機械人形が登場していなかった頃は、当然のように人間が全部やっていたらしいが、今ではとても信じられることではない。深夜のコンビニ、夜通しの工事、それから早朝の新聞配達なんか、どう考えたって人間がやれることじゃない。

 尤も、情報網の発達した二十三世紀にもなって、新聞自体が未だ紙媒体で存在すること自体、奇跡に近いのではと考えることもある。教科書だってノートだって、端末一台で事足りるはずなのに、未だ人類は紙をめくり、鉛筆で字を書くことを忘れない。こういうのは人間の、ある意味習性のようなものなのかもしれない。カプセル一つに必要な栄養素を凝縮させるだけの技術がありながら、相変わらずきちんと食材から調理して食卓に並べ、食事を取っている、それと、どことなく通じるものがある。

 ポストから新聞を取り出して広げると、社会面の端に、機械人形盗難事件の記事が見えた。母のスーパーであった事件に違いない。慶一朗は記事を読みながら、ゆっくりと家の中に戻っていった。

 父の信昭(のぶあき)が言っていたように、機械人形の盗難は、深刻な社会問題になっているようだ。特集記事に寄れば、その殆どは父に聞いたとおり、プロの犯行と思われる。多種多様な業界で必要とされる機械人形を、様々な手段によって強奪、窃盗し、データを初期化して転売する。闇の市場は数億円規模。警察も当然捜査に動いているが、あまりにも巨大な市場と、証拠の少なさに手を焼いていると書かれている。マネーロンダリングも巧妙で、電子マネー主流のこのご時世に、転売は殆どが口座を介さない方法で行われるらしく、足が付かないのだという。最新機種は、専用のコードや機材がなければ初期化できないようになっているというが、市場に出回る機械人形の殆どが、そういった対策を取る以前のものであり、更改には莫大な資金が必要であることから、企業側はその場しのぎの対策をしているのが、こうした被害を拡大させる要因の一つになっていると、結ばれている。

 紙面下部には、骨董機械人形博物館の企画展示についての広告もある。骨董と言うからには、古くて美しい機械人形を展示してあるのだろう。煌びやかなゴシック調の衣装をまとった金髪巻き毛の美少女が他機械人形の横顔が添えてある。機械人形を機械製品としてではなく、美術品として重宝している人々も、少なからず居るということは、慶一朗も耳に挟んだことがある。

 他にも、機械人形中古販売業者や、あなた好みにカスタマイズしますという機械人形調律(マシンドール・チューニング)事務所の広告もある。

 目指したいと言っておきながら、そういえばあまり関心がなかったのかもしれない。慶一朗にとって、機械人形を取り巻く情勢よりも、大事なのはいつも側に居る機械人形の――ハナのこと。大切なハナを守る、そのために自分が出来る精一杯が、機械人形調律師(マシンドール・チューナー)になることだった。

 今後夢を叶えるためにも、もっとしっかりしなくては。いくら辛いからって寝坊なんて本当はしている暇、ないというのに。

 当たり前のことを反省し、項垂れる。

 徐々に太陽が高く昇っていく。開け放した窓から入り込む爽やかな風と小鳥のさえずりに、慶一朗は大きく深呼吸した。



          * * * * *



「聞いてくれよ三笠(みかさ)。ウチの機械人形、最悪なんだよ」

 と、隣の席で桑田が言う。確か、新しく買い換えたばかりだと自慢話を聞いたばかりだった気もするが。

 慶一朗は寝不足の目をこすりながら、仕方なしにどうしたんだよと聞き返した。

「イケメンは三日で飽きる。間違いない」

 貴重な休み時間に、なにを言い出すのかと思えば。

 慶一朗が目を細め、眉間にシワ寄せていることに気付いているのかどうか、桑田はマイペースに愚痴を続ける。

「お袋の趣味をそのまんま反映したせいで、中身が古い少女漫画みたいだ。辛い。辛すぎる。お前んちのハナちゃんと交換してくれ」

 机の上で上半身を伸ばした桑田の顔は、げんなりしていた。

 言わんとしていることがわからないでもない。が、だからといって、簡単にどうぞと差し出せるかというと、話は別だ。

「馬鹿は休み休み言え。最新型なんだから、ある程度のことは諦めるんだな。イケメンなら良いじゃないか。おじさま系? それとも美少年系? 作り物の顔に飽きただの嫌だだの言ってどうするんだよ。頼んで作り替えて貰えば済む話だろ」

「お前……厳しいなぁ。自分とこのハナちゃんは超絶美少女型だからって」

「そうだよ?」

「ウチだってついこの前までは綺麗系メイドだったのに。なんで美青年……しかも、英国紳士風とか意味が分からん」

 桑田の母親の趣味は確か、西欧の骨董品収集だったはず。だから、機械人形も英国紳士にしたかったのだろう。社長夫人ということもあり、なまじ財力があるだけに、欲望の赴くまま造らせたことがうかがえる。一度だけ会ったことがあるが、背筋をきっと伸ばし、キッチリと髪を整えた、美魔女だった。桑田には悪いが、あの母親に逆らうのは無理だろう。現実を受け入れて馴れてしまった方が楽そうだ。

「『お帰りなさいませ、お坊ちゃま』なんて、低い声で言われてみろ。背筋が凍るぞ。俺は同じ言葉を美少女メイドから聞きたい。分かるかお前に! この! 虚しさが!」

 肩に力を入れ、両手のひらをカッと開いて、桑田は熱弁を振るった。

「か、金はあるんだから、お前専用の機械人形をあつらえて貰えば済む話じゃないのか」

 適当に返すも、桑田の怒りは収まらない。

「お前んちのー、ハナちゃんみたいなお姉さん系美少女が良いぃ! ちくしょう幸せ者めぇぇ!」

「そ、そりゃ、ウチのハナは綺麗だし、可愛いけど」

「ホラ出た! また三笠の機械人形自慢!」

 言われて、カッと耳まで赤くなる。慶一朗がハナを自慢に思っているというのは、クラスでは周知の事実だった。

 女子も遠巻きにクスクスと笑っている。男子はヒューヒューとからかいの声を上げる。

「う、うるさいなァ! 良いだろ別に。自分ちの機械人形自慢しても。ウチは貧乏だけど、機械人形があるのだけが自慢なんだからさァ!」

 言えば言うほどからかいの声は大きくなる。

「いつだったか、三笠ンちに遊びに行ったときに見たけどさ、めちゃ可愛いのなんのって。3D動画じゃあの可愛さは伝わらないね。やっぱり、生で見なくちゃ」

 桑田が重ねて言うと、女子の一人が手を上げた。

「私、知ってる! 東永町(とうえいまち)の公園で会ったこと、ある!」

 えっと慶一朗が顔を上げると、その女子、水野は誇らしげに両手を腰に当てて話し出した。

「東永町の友達ンちに行ったとき、公園で偶々見かけたの。三笠君が見てた動画に映ってた機械人形だったから、直ぐに分かったよ。『西川工業で同じクラスなんです』って、思い切って話しかけてみたら、本当に礼儀正しくて、可愛くて。今時の機械人形と少し、顔つきは違うけど、可愛いねって友達と話してたの。ホント、羨ましいよねぇ」

「そうなんだ! ねぇ、写真あるの? 動画は?」

 水野の言葉に反応して、女子が数人、わさわさと近寄ってくる。目をきらきらさせて、見せて見せてと言ってくる。

「あ、あるよ。じゃ、写真で……」

 顔を赤くしながら、慶一朗はぎこちない手つきでポケットから携帯電話を取りだした。

 同じクラスとはいえ、必要なとき以外、話したことのない女子達に囲まれ、慶一朗の胸はバクバクと波打っていた。ただでさえ、工業高校に女子は少ない。希少種と言っても過言ではない彼女らに興味を持たれるのは、悪い気はしない。何よりもその対象が、自慢の機械人形、ハナのことなのだから。

 画面をタップし、写真を探す。弟の悠司がイタズラするのもあって、ピントのずれた室内の写真や、おもちゃの写真がずらりと並んでいる。その中の一角に、整った顔の少女が写っていた。長い茶髪の、清楚な少女。

「こ……これ。ウチの機械人形の、ハナ」

 白い肌に、長いまつげ。機械人形独特のオレンジ色の瞳が、優しい笑みをたたえている。

 女子達はみな、感嘆の声を上げ、息を飲んだ。

「か……可愛い」

「綺麗な、お人形さん……」

 言われれば言われるほど、胸がドキドキする。

「だろ、可愛いだろ。三笠には勿体ないよな」

 桑田が言うと、水野は「ううん、そんなことないよ」と首を振った。

 それがまた、恥ずかしくて、慶一朗は思わず、みんなから目を逸らした。

「ね、いつから居るの」

「どこ製? 何年製?」

「スペックは?」

 と、突然工業高校生らしい質問が女子達の口から次々に出てきた。

 顔を近づけ、教えて教えてと詰め寄ってくる彼女らに、慶一朗はどう目を合わせたら良いのか。せっかく目を逸らしても、その視線を追うように、詰め寄ってくる。

「えっと……、む、昔から居るけど。俺の生まれるずっと前から……。でも、詳しいことは知らない。多分、大手メーカー製じゃないと思うんだけど。同じ型の機械人形、見たことないから……」

「そんなんじゃダメじゃない、三笠君。もっと自分の家の機械人形に興味持たなきゃ」

 水野が頬を膨らませる。

「近くにこんな綺麗な機械人形が居るなんて、羨ましいよ! ウチは団地だし、贅沢も出来ないから機械人形なんて団地の管理団体で共有なのに! しかも、古くて人間ぽさがなくて、顔なんて真っ白ののっぺらぼうなんだからね!」

 わかってる? と、水野は声を大きくした。

 小さい頃からずっと側に居るハナ。確かに可愛い、綺麗だとは思っているが、余所と比べてなどと、慶一朗はこれまで考えたことはなかった。考える必要も無かった。

 頭では分かっているが、心の中でハナは、同居する、一人の少女。いつまでも見た目の変わらない、美しい少女だった。

 街で見かける機械人形とハナを、同列には考えたくない。そんな気持ちが、慶一朗の中にはあった。同じ時間を生きる少女を、人間かそうでないかで区別するような人間にはなりたくなかった。

 だからこそ、彼女と共に過ごす時間を長くしたいと機械人形調律師へ続く道を選んでも、なかなか彼女の機械人形としての性質に興味が持てないでいる。

 どの会社でいつ作られたのか、彼女の性能はどうなのか――などと、同じ年頃の女子ですら気にかけるようなことに、ずっと触れずに来たのは、もしかしたらわざとなのかもしれないと、慶一朗は思う。

 つまりはハナはハナであって、それ以上でもそれ以下でもない。

 彼女は愛おしい、彼の家族なのであった。


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