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骨董機械少女-アンティーク・マシンドール  作者: 天崎 剣
【1】三笠家の機械人形
3/33

3 盗難事件

 学校からの帰り道は、長い。下り坂ばかりの朝とは逆に、家まではずっと上り坂だ。自転車を押しながら、街灯の明かり頼りに家路を辿る慶一朗(けいいちろう)の気分は重かった。

 今日もまた、遅刻してしまった。

 今年に入って何回目か。もう片手では数え切れなくなっていた。

 このことは、親には内緒だ。自分が望んで入った学校に何故遅刻するのかと、延々説教されるのは目に見えていたし、そんなこと、言われなくったって自分でよく分かっていた。

 決して裕福でもないのに、資格が取りたいからと説得して入った学校だった。これから先も、きっと必要になる仕事だ。手に職を付けて、早く一人前になりたいと、頭を床に擦りつけて父を納得させてから受験し、合格したことを忘れてしまったわけじゃない。

 理想と現実は、かけ離れていた。

 片道1時間以上の通学がどんなに大変か。そこで削られた時間と、得られる対価、つまり、機械人形調律師マシンドール・チューナーの資格は釣り合っているのか。そんなことまで考え出す始末だ。

 くじけそうになる。が、自分で選んだ道を否定する気は更々ない。それでも、どうにかしないと決意が鈍ってしまいそうになる。

 閑散とした駅前商店街を抜けて住宅地に入ると、辺りは一層暗くなっていた。街灯にたかる羽虫を横目に見つつ、慶一朗は重たい足を懸命に運んだ。夜風が涼しい。家々からは明かりが漏れ、歓談の声が聞こえてくる。カタカタと鳴る自転車の音が、住宅地にこだまし、偶に通り過ぎる自動車の排気音と重なって、単調な音楽を奏でていた。

 慶一朗が一人になれる時間は、もうじき終わる。家に帰れば、妹や弟に騒がれ、とてもじゃないがゆっくり休めない。言うなれば、こうやってグダグダと考えるために費やせるのは、帰り道の長い坂を上っているときぐらいだ。そう思えば、駅からのこの時間も、もしかしたら必要な時間なのかもしれないと、そう前向きに考えることも出来る。

 家に着くまでの間に、気持ちをリセットさせなければ。

 慶一朗はグッと、奥歯を強く噛んだ。

 こんな弱々しい気持ち、妹たちの前では見せたくない。それが、大家族の長男の、せめてものプライドだった。



          * * * * *



 その日、三笠(みかさ)家の両親が帰ってきたのは、夜の9時を回ってからだった。

 母の朋美(ともみ)は遅くなると予告はしていたものの、普段より2時間近く遅かったし、父の信昭(のぶあき)は予定にない残業で遅くなってしまったのだと言った。

 小さな子供たちは丁度寝る時間を過ぎていて、おやすみの挨拶だけしてさっさと二階の寝室へ。これから入浴だという長女の凛々子(りりこ)と、課題が山ほど溜まっていて寝るに寝られない慶一朗が、ハナを手伝って両親の夕飯を温めていた。

「今日はちょっと、大変なことがあってね……」

 と、朋美は大きなため息を吐きながら、食卓に伏した。

「本当は言わない方がいいんだろうけど、どうせ新聞に載るんだから言ってもいいよね。ウチのスーパー、機械人形(マシンドール)が、盗まれちゃってね……」

「えっ、盗まれたの?」

 慶一朗が声を上げると、

「そうなのよ」

 母は話をどうしても聞いて欲しかったらしく、顔を上げて話し出した。

「ウチは接客はなるべく生身の人間でってことにしてるんだけど、どうにもならないことってあるじゃない。一人が発熱、一人が身内の不幸、そしてもう一人、子供の具合が悪くなって、三人の欠員。これをカバーするため、久しぶりにレジ用機械人形を稼働させたのはよかったんだけど……。その後ね、とんでもないことが起こったのよ」

 頭を抱え、朋美はもう一度深くため息を吐く。

「ほんの少し目を離した隙に、レジ対応していた機械人形のうち一体が、消えたのよ。お客さんの少ない時間帯だからって、どうやって連れ出したのか。一体50キロ以上あるのよ。しかも、あんなに大きなもの。一緒に稼働していた機械人形は異常に気づかなかったと言うし、防犯システムもエラー起こしていて全然記録されてないし。何が何やら。慌てて警察呼んで、事情説明して、それでも信じて貰えなくて、稼働記録出して、盗難届出して、……一日が終わったわけ。もう、ぐったり」

 ハァ、と、その場にいた四人が同時にため息を吐いた。

 朋美の話が終わったところで「実はな」と、今度は信昭が。

「ウチの支店でも、あったんだよ。機械人形の盗難。こっちは深夜作業中の工事現場から、ごっそり五体。管理体制に問題なかったのかって、朝から会議に呼ばれて。どこの現場でも、夜間の作業は機械人形に任せてるし、四六時中防犯カメラだって回ってる。無理に現場から連れ出そうとしたら、緊急停止して、ブザーが鳴って、本部の管理システムへ自動的に連絡が行く仕組みだ。それが今回、全く作動しなかった。どうなってるんだと上からは大目玉だし、現場からは仕事にならないと苦情が上がるし。聞けばあちこちで同様の被害が出ているらしいじゃないか。こうなってくると、深夜に機械人形は動かせなくなるからな。かといって、従業員に急な深夜勤務させるわけにもいかない、工期も守らなきゃいけない。今後の対応策考えているウチに、残業が長引いてしまった。本当に参ったよ……」

 白髪の目立った頭をかきむしりながら、信昭は顔をしかめた。

 二人とも、グッタリと肩を落としている。

 凛々子は冷蔵庫から缶ビールを二人分取り出して、食卓にそっと置いた。

「お疲れ様。まずはコレ飲んで元気出してよ。気休めにしかならないかもしれないけど」

「ありがとう、凛々子。気を遣わせて。もうお風呂入ったら?」

「うん。そうする」

 母に促され、凛々子が風呂場へ。今度は慶一朗が相手をする番だ。

「二人とも、お疲れ様。とりあえず、食べられるだけ食べたら?」

 温めたおかずを並べ、自分も冷えたお茶を冷蔵庫から取り出して、一緒に食卓に座る。

「慶一朗も、やっと人並みに気遣いできるようになったんだな」

 父は苦笑いをしながら、乾杯に付き合ってくれる。

「機械人形の盗難て、そんなに多いの?」

 冷たいお茶を喉に流し込みながら、慶一朗は軽い気持ちで尋ねた。

「新聞やニュースくらい、見たらどうだ。社会問題だぞ。特に、これから機械人形の調律(チューニング)に携わろうとしているなら尚更だ」

 ムスッと、信昭はしかめっ面を慶一朗に向ける。

 軽く聞くんじゃなかったと、慶一朗は少し後悔したが、信昭は強い調子で話を続けた。

「機械人形の盗難全般に言えることだが、これらは全てプロの犯行なんだ。企業側で対策をとろうにも、相手の方が上手(うわて)で、太刀打ちできない。登録された機械人形を盗難し、データをすっかり書き換えて転売するなんて、素人には無理だからな。メーカー側も、盗難防止プログラムの開発に多額の資金を投入してる。が、イタチごっこだな。万全な策なんて、求める方が間違っているのか」

 コンピューターウイルスと、セキュリティソフトの関係みたいだなと、慶一朗は思った。次々に新しいウイルスが出るのを、どんどん駆除して、それでもまた新しいウイルスが。かといって、全く使わないわけにはいかない。対策しつつ、上手に付き合っていく必要があるのは、どの世界でも一緒だってことらしい。

 それにしても、盗難、とは、穏やかじゃない。

 慶一朗は空になったコップを机に置きながら、ふと、台所で作業するハナの方に目をやった。

 もしウチのハナが盗まれでもしたら。

 日中は幼い悠司(ゆうじ)と二人きり。悠司にはハナを守るすべはない。下手したら、悠司も命の危険に晒される。

 ブルッと背を震わし、そんなことは考えるべきでないと、慶一朗はコップにおかわりの茶を注いだ。

「あの」

 話を遮るように、ハナが三人に割って入った。

「信昭様と朋美様がお帰りになってから、話そうと思っていたことがあるのですが」

 そう前置きして、ハナは一枚の写真を、食卓の上に置いた。

「今日、悠司様をお連れした公園に、不審な車がありました」

 ――えっ、と、三人は同時に、ハナに目を向けた。

 ハナは表情を変えず、写真を指さして、話を続ける。

「黒い高級車。羽帽子に、真っ赤なドレスを着た女性が乗っていました。ここしばらく公園の駐車場に現れるそうですが、特に何をすることもなく、公園の中を観察しているそうです。今のところ事件性はありませんが、不審であることは確かです。わたくしは機械人形なので、警察へ通報することができません。その場にいた主婦の皆様に通報を促したのですが、難しいようです。念のため、わたくしが目撃したのを内蔵メモリに記録し、プリントアウトしたのですが、お二人のどちらかに、通報をお願いすることは可能でしょうか」

 写真には、確かに場違いな女が写っていた。もし本当に、こんな出で立ちの女性が、小さな公園の駐車場に頻繁に現れるのだとしたら、あまりいい気がしない。

「事件性はない、か。難しいところだな」と、信昭。

「彼女の目的がなんなのか、ハッキリしないわけでしょう。通報ためらう気持ちも、わからないではないわね」と、朋美。

「けど、悠司がいつも行く公園なんだよね」と、慶一朗が言うと、

「そうです。晴れていて、体調の良い日はよく行きます。多いときは週に四日。少なくとも週に一回は訪れる、馴染みの公園です。慶一朗様のことも、小さいときに良くお連れしました」

 ハナは難しそうな顔をして、慶一朗を見ていた。

 写真の公園は、まだ一人っ子だった慶一朗とハナの、大切な場所だった。二人手を繋ぎ、毎日のように出かけたのを覚えている。沢山の木々に囲まれた自然豊かな公園には、いろんな種類の遊具があって、幾ら遊んでも遊び足りなかった。すべり台もブランコも、今よりももっと綺麗で光っていた。

 今も休みの日に、悠司にせがまれ行くことがある。

 あの公園は、町の中で一番子供の集まる場所なのだ。

「――いいわ。私が警察に相談しておく」

 写真を手にとって、朋美が言った。

「どうせ明日も、今日の話の続きをしに警察まで行くんだし、ついでに相談しておくわ。何かあってからでは遅いもの。ハナ、ありがとう。他のデータがあれば、プリントお願いしてもいい?」

「はい。ございます。ピントがずれている可能性もありますが、明日の朝までご用意します」

 気持ちよく朋美が引き受けたからか、ハナは肩の荷が少しだけ下りたような顔をした。

「悠司のことはハナに任せっきりだから、これくらいお安いご用よ。心配しないで」

 さぁ、飲もう飲もうと、朋美はグビッと缶を傾けた。

 沢山子供が居ながら、育児に思ったように関われなくて悩んでいるのを、信昭も慶一朗も知っていて、口に出せずにいた。

 ハナには感謝している。だから、ハナの申し出を朋美が無下に断ることができないのも、二人は知っていた。

 ハナが居なくなれば、三笠家は立ち行かなくなってしまう。

 機械人形の盗難事件は他人事じゃない。慶一朗だけではなく、信昭も朋美も、口に話さなかったが、同じことを考えていた。


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