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1 再会

 北海道東北新幹線の車窓を、美しい東北の田園風景が流れていく。黄金に色づき垂れた稲穂と、紅葉し始めた山裾が、慶一朗(けいいちろう)の視界を、一定のスピードで通り過ぎる。

 背もたれに体をゆだね、慶一朗は無言で、ハナの横顔をずっと見つめていた。

 窓側に座ったハナは、初めての地に感動したのか、新幹線に乗ってからというもの、外ばかり眺めている。綺麗ですね、アレは何でしょう、テレビで拝見したことがありますなど、相変わらず、マイペースで旅を満喫しているようだ。

 そんなハナの様子をじっと見ながら、自分との感覚のズレと、今置かれている状況を交互に考え、絶望していた。どうすれば解決するのか。どうすればこの先も、ハナと一緒に暮らしていけるのか。何も、わからない。

 いつの間にか午後になっていて、慌てて車内販売で駅弁を購入し、鮭とイクラのはらこ飯とやらを掻っ込んだ後も、体の中にはぽっかりと大きな穴が開いたみたいに、ぼんやりしていた。途中の駅で買ったお茶もつまみも、荷物になっただけで、全然減らなかった。

「慶一朗様、大丈夫ですか。疲れてしまわれたのですか」

 新幹線に乗る直前、念のためにと五分ほど新幹線ホーム内の充電スポットで急速充電したハナは、朝から変わらぬ調子の良さを見せつけてくる。昼食をとっても元気のない慶一朗とは、対照的だ。

「疲れるよ。結構な時間、乗りっぱなしだしね」

 新幹線は盛岡を過ぎ、青森県へ向かう。あと一時間弱で七戸十和田へ到着する計算だ。そのあとバスに二時間乗り、終点のバス停から更にタクシーで川端製作所に向かうことになっている。バスも夕方の一本を逃すと、タクシーに変更になるくらいへんぴなところ。交通の便が悪いどころの話じゃない。本当に、とんでもないところに会社を建てたものだ。 秋色に彩られた山々が迫り、天気の良さもあって美しい色の重なりが眩しいのには違いがなかった。ただそれが、心に響かないことに問題があった。響く余裕など、微塵もないことに。

 ハナが機械人形(マシンドール)だと、わかってずっと過ごしていたはずなのに、ここ数日の出来事で、彼女は今までとは違う、妙な存在になりつつある。

 そもそも、機械人形とは何なのか。機械人形調律師(マシンドール・チューナー)の資格を取るべく、学校にも通っているというのに、今更のように考え出す。人型をしたロボット……、アンドロイド。人間社会になくてはならない存在。人間に変わる労働力、急速な人口減少に対処するための最終兵器。

 じゃ、ハナは? ハナもやはり、同じなのか?

 おぎゃあと生まれてきてからずっと、慶一朗はハナと一緒だった。……機械人形ハナと。

 いつも側に居た、優しい女性型機械人形。長い栗色の髪とオレンジの瞳は、慶一朗の成長を近くで見守っていた。

 機械人形には心などない。感情など、あるはずもない。“感情基板”とやらが偽りの“感情”を作り、見せかけていただけなのだろうか。あるいは、そう、勘違いしてしまっていただけなのか。思いやりだとか、愛情だとか、受け取る側が機械人形を人間だと錯覚して、そう思い込んでいただけなのだとしたら、どうだろう。ハナとの思い出は、一方通行で滑稽なものに変わったりしないだろうか。

 隣の席でハナがまた、鼻歌を歌い出す。これが、プログラムされただけの行為だとしたら。人の言葉や態度、周囲の環境によって自動的に行われているだけの動きだとしたら。

 人間と、機械人形は明確に違う存在だ。

 だが、家族として同列に扱ってきて、それでも彼女はあくまでも無機質な存在であって。

 考えれば考えるほど、慶一朗の胸は苦しくなった。

 

――『どうする? それでも君は、06(ゼロロク)を、ハナちゃんをここまで連れてくるかい?』


 今更、引き返すなんて選択肢はない。

 家ではハナの帰りを、修理で元に戻ったハナの帰りを、家族が待っている。

 近所に潜伏している妙な連中は、ハナを強奪に家の中まで押しかけたりはしていないだろうか。心配ではあるが、連絡は取りたくない。もし、うっかり家族と電話なんかしたら、今の不安定な気持ちを全部吐き出してしまいそうで、怖くて仕方ない。

 慶一朗のズボンのポケットには、携帯電話が入れっぱなしのまま。輝良斗(きらと)とも、充電スポットで会話して以来、連絡を取っていない。向こうは向こうで、どういう選択をしたのか、ずっと気になっているはずだ。だけれど、慶一朗は、あえて電話はしなかった。やはり、誰かと喋ってしまうことで、決心が鈍ってしまいそうだったからだ。

 楽しそうなハナの歌声が、青森の手前でぷつと止まった。トントンと、車窓を眺めていた慶一朗の肩を叩き、通路へと視線を向けさせる。

「ごきげんよう」

 ……ごきげんよう?

 突然の挨拶に驚き、フッと視線を上にやる。そして、アッと声を上げる。

「あなたは……鑑定士の……」

「覚えていてくれたのね。こんにちは」

 赤いジャケットに膝下までのプリーツスカート。黒い羽帽子こそ被ってはいなかったが、サングラスを掛けた彼女は間違いなく、あの、大金をふっかけてきた機械人形鑑定士の、紺野(こんの)めぐみ。秘書のスキンヘッド、長村(ながむら)が、黒スーツにサングラスのおきまりスタイルで寄り添っている。

 紺野は座席の縁を撫でながら、「奇遇ねぇ」と、艶やかに笑う。

「いつからですか。いつから、後を追って」

 慶一朗がギッと睨み付けると、

「いやぁねぇ。本当に、奇遇よ」

 紺野はしらっと答え、慶一朗の隣、三人掛けの一番通路側に、無理やり座り込んだ。

「まさか、あなたたちと一緒に旅ができるなんて、思いもしなかったわ」

 新幹線の座席は全席指定だったが、半分以上空席だった。長村は紺野の真後ろ、慶一朗達の後ろの座席に一人で座り、こちらの様子を覗っている。

 進行方向側、一番前の席に座っていた慶一朗らの様子は、他の乗客からは丸見えだったが、会話は逆に、聞こえにくい。それもあってか、紺野はどっしりと席に座って足を組み、隠すこともなく重要なことを話し出した。

「謄本が流出したそうじゃないの」

慶一朗は目を見張った。

「あのとき、わたくしたちに売っていれば、こんな大事にはならなかったんじゃないのかしら」

 紺野はそう言って、慶一朗とその奥にいるハナに、いやらしい視線を向ける。

「その言い方だと、まるで窃盗団が、あなたたちの出方を見てから盗みに入ったみたいじゃないか。まさか、グルなんじゃ」

「それはないわ。ただ、ちょっと前に別の06をわたくしたち保存協会員が入手したものだから、それで気が気でなくなった連中が、あなた方のところへ集中しただけ。何せ、そこの彼女は“最後の一体(ラスト・ワン)”なんだもの」

 ビクッと、慶一朗の背中でハナが震えた。どうしたんだろう、慶一朗に張り付くようにして体を縮め、必死に紺野の目から逃れようとしている。

「そこのお嬢ちゃんも、自分がどんなかきちんとわかっていたんでしょう。でなければ、わたくしたちがお宅にお邪魔したときに、応対したりはしなかった。……違う?」

 ぐいっと、慶一朗の体の向こうを覗き込むようにして、紺野はハナに話しかける。

 ハナはますます怖がって慶一朗にしがみつき、ブンブンと顔を横に振る。

「知りません……、わたくしは、知りません……」

 捨て犬のように震えるハナは、尋常ではなかった。慶一朗が肩越しに覗き込むと、その表情は氷のように固まって、見開いた目は死人のよう。どう考えても、以前何かあったと推測すべきだ。

 紺野はフッと笑いを漏らし、席に深く座り直した。

「わたくしたちがお嬢ちゃんのことを初めて知ったのは、同業者のタレコミだったわ。田舎町に、古い機械人形が居て、普通の人間と同じように生活しているって」

 腕を組み、足を組み替えて、紺野は静かに話し出した。

「小さな子供の面倒を見て、時折公園に足を運ぶのだと聞いたとき、面白いことをする機械人形もいるものだと思ったわ。余程自立したAIを搭載しているのか、主が機械人形を信頼し、人間と同様の権利を与えているのかと、興味もあった。わたくしたちが接してきた機械人形のほとんどは、単純なルーティーンのなかで過ごし、社会から隔離された存在となっていたのに、その人形()ときたら、本当に小さな男の子と一緒に、仲良く遊んでいるんですもの。近所の奥様方と歓談したり、他の子供達と一緒に駆け回ってみたり。あんな風に過ごすことができるなんて、一体どこの機械人形なのかしらと思ったりもしたわ。それが川端(かわばた)製作所製の06シリーズ、それもスペシャルモデルだと知って、わたくしたちは納得せざるを得なかった。川端製の機械人形は、特に感情表現がスムーズで、人間と見間違えてしまうほどだと、業界内で評判だったから。同時に、危惧もした。このままお嬢ちゃんを野放しにしていたら、いずれあくどい業者に掴まって高値で売られたり、感情基板目的の技術者にバラバラにされてしまうんじゃないか……ってね」

 ゴクッと、慶一朗はつばを飲む。

 快速内で出会ったMIZUKI(ミズキ)の技術者、官崎(かんざき)の話を思い出したのだ。『06に搭載された“感情基板”は、特に喉から手が出るほど欲しいだろう』と、官崎は言った。悪い冗談だと思いたかったが、紺野の話と食い違わないことをみると、本当に。

「機械人形保存協会のホームページは見ました。美術品として価値の高い機械人形を沢山保存なさっているようですね。それに、骨董機械人形(アンティーク・マシンドール)博物館に行った人の話も聞きました。ハナも、コ……コレクションの、一部にしてしまおうと、そう思っているんでしょう」

「コレクションだなんて、変な言い方しないで。それに、博物館に展示してあるのはごく一部。それも、動力停止してしまった、修理、起動、いずれも不能な機体ばかりよ。わたくしたちは、それらの機体を美しいまま保存し、美術的価値を高めているだけ。当然、機械人形のあるべき姿は、社会に溶け込み、人間の生活と共にあること。それができなくなった機体を解体し、ゴミにしてしまうのが嫌なだけ。おわかり?」

「おわかりって、そんなことを言われても」

「今、自分たちがどんな状況に置かれているのか、思い知ったのでしょう」

「は?」

「思い知らなければ、わざわざ家から、こんな遠くまで機械人形を連れ出したりしないもの」

 紺野はズバズバと、耳にしたくない言葉を言ってのける。

 それがいちいち、慶一朗の胸に刺さった。

「で、川端製作所に行くのはどうして? 向こうから何か誘導でも?」

「えっ……、どうしてそれを」

「馬鹿ね。川端製の機械人形が、青森行きの新幹線に乗ってるのよ。他に目的があって?」

 ニヤリと、紺野は笑った。

 慶一朗の頬を、たらりと汗が流れていく。

 どこまで知っているのか。何を考えているのか。

 後ろ手に、ハナをギュッと押さえた。震えるハナを、どうにかした守りたい。が、隣に紺野、後ろに長村。車両の角にいる自分たちには、逃げ場など存在しない。

「お嬢ちゃんは、いずれこうなると、わかっていたはずよ。公園の駐車場で見かけたときも、家にお邪魔したときも、わたくしの言葉に明らかに反応していた。自分の価値を知っていて、それを隠し通していたのよ。恐らく、主にも言わず」


「ねぇ、そうでしょう? ――“黒い箱の乙女(ブラックボックス・メイデン)”」


 ドンと、慶一朗の背中に強い衝撃が走った。鉄屑のぶつかり合うような鈍い音と共に、ハナの体重が一気にのしかかってくる。

「ハナ?」

 何があった? 考えるまもなく、ハナの体はずりずりと座席からずり落ちていく。

 振り向き、愕然とした。

 ハナの動きがまた、止まってしまったのだ。


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