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3 狙われる理由

 現実から目を背けたくて、慶一朗(けいいちろう)はかたくなに、それを見ようとはしなかった。

 見ようと思えば見れたのだ。――流出した、ハナの謄本など。

 携帯で検索かければ一発だったろう。が、見てしまうと全てを認めてしまう気がした。“全て”すなわち、ハナが“高値で取引される機械人形(マシンドール)”だということ、様々な形で“ハナを狙う輩が存在する”こと、それから、どんな形であれ、“ハナが近い将来、いなくなってしまう”こと。

 突然見せ付けられたタブレットの謄本画像は、解像度を高くしてあった。鮮明過ぎて、住所もハッキリ読み取れる。

 男性はさっきから、これを見ていて――、わざと、声をかけたのだ。『機械人形だなんて、直ぐには気づかなかった』なんて言うのは、(てい)の良い嘘。本当は、最初から気がついていて、会話に入るタイミングを見計らっていたに違いない。

「当たりましたか。川端(かわばた)製の機械人形は、ほとんど現存していないので、鎌を掛けてみたんですが」

 男性はニヤリと笑った。

MIZUKI(ミズキ)、瑞木機械人形工業株式会社、ブレーン開発部の官崎敏也(かんざききとしや)です。安心してください。あなたたちを、どうこうしようというわけではありませんよ」

 通路の向こう側から手を伸ばして差し出した名刺には、MIZUKIの社章が箔押しされている。

 MIZUKIと言えば、HOSHINO(ホシノ)ドールと並んだ機械人形の二大メーカー。そのブレーン開発――つまり、機械人形の頭脳部分を開発している技術者なら、目の前に居るハナ、川端製作所製06(ゼロロク)シリーズの価値を、十分わかっているはずだ。

 渡された名刺を凝視する慶一朗。手は、ガタガタと震えていた。

「でも……、謄本の画像、見てたじゃないですか」

 声も、震えている。

「そりゃ見ますよ。なにせ、凄い勢いで拡散されていますからね。ただ、個人情報なので、感心はしないなと思っていました。もし、この情報を元に06を手に入れたとしても、フェアじゃない。それどころか、ネット情報を元に06を手に入れたことが(おおやけ)になったら、逆に我が社の名前に傷が付きます。正規の方法で手に入れる。それが、我が社の信頼を守ることになると、わかっていますからね」

 周囲に気を遣うよう、小声で話す官崎。大会社の社員らしく、倫理面はしっかりしていますよと、さりげなくアピールしてくる。

「間近で見ると、技術力の高さがうかがえますね。さすが、巨匠と呼ばれた男の作品だ。美しい」

「巨匠?」

「ええ。川端健吾(けんご)という、腕の良い職人さんが居ましてね。もう、一世紀近く昔の話です。彼の作る機械人形は、天女のようだと、美術界でも高く評価されていたんです。どうも、アトリエの側にある湖の、女神伝説をイメージしているのだとか。羨ましい。こんなにも美しく、人間らしい機械人形と共に暮らしているなんて」

 お世辞か。

 慶一朗は、無意識に体の向きを変えハナを隠した。

 慶一朗の背中で、ハナは楽しそうに鼻歌を歌い出していた。何の歌なのか、聞いたことのない、妙なメロディライン。やはり、様子がおかしい。長距離移動も既に三時間。知らないうちに不具合カ所が増えているのかもしれない。充電が切れかかって、電気信号が上手く伝わってないのかも。

 川端輝良斗(きらと)に連絡しないと。

 焦り、喉が渇く。

「嫌だなぁ。本当に、僕は手出ししませんよ。実は以前、骨董機械人形(アンティーク・マシンドール)博物館に足を運んだときに、06シリーズの機体を目にしたことがあるのです。数体の06が展示されていましたが、起動停止した後では、美しさは半減でした。やはり、機械人形は、動いて、社会に溶け込んでこそ価値がある。ハナさんはその点で、かなり優れた存在だと思いますよ」

 慶一朗が目を逸らしても、官崎は構わず話しかけた。

 離れよう。この席から離れよう。

 これ以上官崎に絡まれては、神経が持たない。

「ハナ、席を……」

 声をかけようと振り向いた慶一朗を、官崎が呼び止める。

三笠(みかさ)君。下手に動かない方が身のためだと思うよ」

 何を言っている、ハナを狙っているかもしれない男が。ギロリと官崎を睨むが、彼はフッと笑い返す。

「まだ、信じてないのか。僕はどちらかというと、君の味方だと思うけど」

 何が味方だ。そういうときは、大抵裏があるのが定説だ。

 ギリギリと奥歯を噛む慶一朗に、官崎はシッと、人差し指を立てて注意を引きつけた。

「別の車両に、ウチ以外の技術者が数人、乗っているのを見た。田元(たもと)工業、村下電機、それから日本機械人形産業。シェア拡大を狙う、新鋭の企業だ。ウチやHOSHINO(ホシノ)は、06を欲しがることはあっても手出しはしない自信があるが、他はどうだろう。06に搭載された“感情基板”は、特に喉から手が出るほど欲しいだろうね。“コレ”が流出した後の、各社の動きは活発だ。僕はたまたま出張で来ていたが、ほかの企業に関しては、支店どころか、取引先もない地域。なぜ彼らがここにいるのか――考えてもみたらどうだ」

「つまり、それは」

 官崎の目が、ハナをチラ見する。

「……ということだと、思うけどね」

 本当なのか。

 官崎の目はぶれない。だが、それだけだ。

「技術者って、言いましたよね」

「ええ」

「技術者なら、他社の機械人形の中身も、大抵わかったり……、するもんですか?」

「さぁ。どうだろう。開いてみないとわからないことも往々にしてある」

「“カンジョウキバン”って何ですか。今、言いましたよね。“06に搭載された~”って。その、“カンジョウキバン”ってのに、値段が……」

「――話はここで終わり。あまり話しすぎると、他の乗客にも迷惑がかかるし、……もしかしたら、技術者以外にも目を付けられかねない。どこまで行くのか知らないが、せいぜい、警戒した方が良いだろう。僕は、二つ先の駅で降りるから。良いモノを見せて貰った。ありがとう。くれぐれも、大事にするんだよ」

 官崎はそれきり、黙ってしまった。もう絶対に話しかけるなと、身体全体で訴えてくる。

 消化不良を起こしそうな問答で、慶一朗の頭の中はもしゃくしゃしていた。

 ハナを求めているのが機械人形保存協会の連中だけじゃないってことが、これでハッキリした。機械人形製作関係の技術者も……、ハナを狙っている。しかも、移動しているのはバレバレだ。不審者に囲まれた自宅も気になるが、このままだと直接、ハナをさらわれるのではないか。

 考え出すと、キリがない。

 慶一朗は携帯電話を取りだし、輝良斗宛てのメールを作成する。


≪川端さん

 順調にそちらに向かっていましたが、ハナの調子がおかしいようです。

 電池切れか、故障か。

 充電のため、一旦快速を降ります。 三笠慶一朗≫


 位置情報を添付し、送信。

「ハナ、立って」

 慶一朗は官崎に悟られぬよう、そっとハナに囁いた。

「え? 乗り換えの駅はまだ先ですよ?」

 空気など読めるはずもない。ハナは、いつものトーンで答えを返す。

 慶一朗は慌て、シッと人差し指を立てた。

「いいから。立とう。荷物は俺が持つ。別の車両に移ろう」

 でも、と、ハナは首を傾げる。

「行くよ。いいね」

 慶一朗の声は、低かった。

 睨み付けるようにハナを凝視する、その姿に、ハナは何も言い返せない。

 荷物を抱え、慶一朗は無言で立ち上がり、ハナの手を力強く引いた。

「早く」

 ハナの足元がぐらつく。

「あっ」

 官崎がスッと立ち上がり、手を差し伸べるのを――、慶一朗は後ろ手に払っていた。

「触らないでください」

 慶一朗は言う。

 混乱し、言葉が見つからなかったとはいえ、本来口にすべきではないセリフ。

 肩越しに確認した官崎の顔は、まるで愚か者を見下しているように思えてしまった。それは慶一朗の勘違いなのだと、追い詰められた心がそう思わせるのだと、どこかで理解しながら、彼の好意を必死に拒んでいた。

 両手のひらを見せ、何もしないよと首を横に振る官崎。彼がゆっくり席に座るのを確認してから、慶一朗はハナを連れ、車両を出ていった。



          * * * * *



 貫通扉を抜けた先は、幾分か混んでいた。

 さっきの車両なら座る場所もあったのだが、今度はそれすら見つけられない。進行方向に向いた座席を一つ一つ確認しても、二人並んで座れそうなところはどこにもなく、仕方なしにその先へ急ぐ。

 人混みをくぐり抜け、二人は更に一つ先の車両に移った。辺りを見回した後、やっと空いている席を見つけて腰をかける。二人席の窓側にハナを座らせ、慶一朗はホッとしたように長く息を吐いた。

 不思議そうな顔をして、ハナは慶一朗を覗き込む。

「どうしたのですか? 場所を変えるなんて」

 顔を上げた慶一朗に向けられる、無垢な目。

 恐らく、何が起きていたのか、気付いていなかったのだろう。

「気分転換」

 適当に言い放ち、苦笑いで誤魔化す。

 慶一朗はスッと背筋を伸ばして、もう一度車内を見渡した。ここの車両は大丈夫だろうか。

 さっきよりも少し、空きがある。

 女子高生と男子高生。それから、通勤鞄のサラリーマン。さっきの車両よりも、高校生の割合が多い。が、中に“敵”が混じっているかどうかは、目視では確認できない。

 この快速に乗っている限り、何人かの技術者とやらに追いかけられる――そう思うと居心地が悪い。

 官崎が言っていたように、動くべきではなかったのかどうか。それすら……、判断付かない。

「さっきの席でもよかったのですけど。揺れる車内で動くのは、とても危ないです」

 前の車両で転びかけたのを気にしてか、ハナが困ったような顔で言う。

「うん……」

 慶一朗は気のない返事をし、まだ辺りを覗っている。

「それに、慶一朗様、何だか、おかしいです。どこか、痛いのですか」

「え?」

「苦しそうな顔をしてらっしゃいます。大丈夫ですか。お腹の具合でも? トイレはもう一両先にあるようですが」

「何言ってるんだ? ハナ。具合なんて悪くない。元気だよ」

「でも」

「でもじゃなくて」

 ――機械人形にはわかりっこない。この、どうしようもない不安なんて。

 慶一朗はハナから目を逸らし、奥歯を噛んだ。

 怖い。例えようもないくらい怖い。

 官崎の言葉が、頭を巡る。

 技術者が数人……狙っている……恐らく……。

 フルフルと頭を横に振り、悪い予感を払おうとしても、無駄だった。考えたくないと思えば思うほど、どんどんと悪い方、悪い方へ――。


「慶一朗様は、どんなお気持ちなのですか」


 ハナの言葉に、慶一朗はふと、呼び戻された。


「慶一朗様は、どんなお気持ちで、青森へ向かうのですか」


 八の字に曲がったハナの眉。への字に結んだ唇。あごには梅干し状のシワまで出来ている。

「どんな……気持ちって、言われても」

 狙われ、気が気でないときに、突然そんなことを聞かれ、なんと答えれば良いのか。

 慶一朗は首を傾げ、考えるフリをする。

「慶一朗様がそんな顔をしていると、わたくしはどうしたらよいのか、わからなくなります。わたくしと旅をするのが、嫌なのですね。わかります。壊れかけた機械人形と一緒の旅なんて、喜んでするようなものではありません。もちろん、よろしくない状況の中、旅をしているのも知っています。でも、だからといって、そんな顔でずっと居られたのでは困ります」

 ハナは次第に語尾を荒げた。

 ハの字だった眉は次第につり上がり、頬を膨らまし、両手を腰に当てて。

「慶一朗様、わかってらっしゃいますか。わたくしは」

 そこまでハナが言ったとき。

 慶一朗はふと、自分たちの方を覗っている、何者かの影に気がついた。

「ハナ、シッ」

 慶一朗は慌ててハナの口を塞ぐ。

 ハナはもごもごと手の内側で話の続きをしようともがいていたが、言葉の続きを聞いている余裕はない。

 気のせい……だとは思いたい。

 が、人影は通路の向こうで、何かコソコソと話を――。

 慶一朗は耳をそばだて、必死に言葉を拾った。

 高校生達の、楽しそうな会話に隠れた、不穏な言葉。


 ――人形(ドール)だ。

 ――間違いない。

 ――……製作所の。


 ドクッと、大きく心臓が波打つ。

 官崎の言うとおり。

 動かなければ良かったのだ。

 そうすれば、見つかることもなかったかもしれないのに。

 浅はかな行動を取ってしまった自分を呪い、囲まれている状況を悔やむ。

「だ……ダメだ。ハナ」

 口を塞がれたまま、ハナは困ったように首を傾げる。

「どう、したのですか」

 慶一朗の手をゆっくり押し返して、ハナは聞く。

「さっきの車両に戻ろう」

 大粒の汗が頬を伝い、首を伝い、背中まで流れていく。

「え、でも今来たばかりじゃ」

 困惑するハナに、どうすればこの緊張感がわかってもらえるのか。

「ゴメン。いいから、立とう。早く」

 ハナの髪の毛をすき、しっかりと耳のカフスが隠れるよう、整えてやる。帽子も深く被らせ、それからリュックを肩にかけて、カートを引いて。

「け、慶一朗様!」

 ハナの声など、慶一朗の耳には入らなかった。

 ただただ、そこに迫っているかもしれない追っ手から逃げることだけが頭を巡る。

 立ち上がり、無理やり引っ張るハナの腕。力がこもった。人間の女の子なら、悲鳴を上げてしまうかもしれないくらい強い力が、慶一朗の手にこめられていた。

 ハナのスカートがひらりとめくれ上がる。

 それを見て、誰かが言う。


「しまった。出て行くぞ」


 慶一朗は張り裂けそうな胸を必死に押さえながら、元来た車両に向かって歩き出した。

 足音が、複数の足音が慶一朗とハナを追う。

 貫通扉が開き、ハナがほんの少しの段差につまずきそうになっている、その後ろで、男が数人、すみませんすみませんと、周囲の客に声をかけながら狭い隙間を縫って近づいてくるのがわかる。

 嫌だ。

 ハナが。ハナが狙われている。

 まばたきを忘れた目に、涙がにじんだ。

 カラカラに乾いたのどに、無理やり飲み込んだ唾がしみる。

 足を止めたら、終わりだと、慶一朗は悟った。

 この狭い空間で、どうにかして逃げなければ。

 人混みに、紛れよう。窮屈な車内で、彼らがこちらに向かうことが出来なくれば、或いは。

 一旦、扉が閉まった。

 だからといって、安心は出来ない。慶一朗とハナは車両の中心へ。一番混雑している場所へ。

「狭いです、慶一朗様」

 機械人形のハナがそう口にしてしまうほど、車内はぎゅうぎゅうだ。少し動くと誰かと肩が触れそうな窮屈感。心なしか、先ほど通り抜けたときよりも混雑の度合いが高まっているように思えた。

 次の駅が近いのか、座席の客も荷物をまとめたり、立ち上がる準備をしたりしているのが見える。

「我慢して。もう少し、もう少しだから」

 慶一朗は自分に言い聞かせるように呟き、ハナの肩をグッと引き寄せた。


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