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2 経緯

 三笠(みかさ)家にハナがやってきたのは、慶一朗(けいいちろう)の曾祖父の代。結婚記念にと、曾祖父が安値で買ってきたのがハナだと、そう、聞かされていた。

 そしてその、古い女性型機械人形(マシンドール)に“ハナ”と名付けたのは、曾祖母らしい。これから新しく家族になる二人の暮らしに彩りを。家族みんなが、幸せの花を咲かせるようにと。

 決して裕福ではなかった曾祖父母が、何故、高価な機械人形を手に入れることができたのか。ハナは詳しい経緯(いきさつ)を知っているのだろうか。

「わたくしは、売れ残りでしたから。閉店直前の、最後の一体を、慶一朗様のひいおじい様がお求めになったのです」

「売れ残り? ハナが?」

 夕食後、あまりにも気になって慶一朗が尋ねると、ハナはテーブルを拭きながら、思いのほかあっさりと答えた。

 悠司(ゆうじ)菜弥子(なみこ)が母の朋美(ともみ)と入浴中で、奥の風呂場からは、キャッキャと明るい声が聞こえている。父の信昭(のぶあき)はちょっと調べ物をと言って、二階の書斎へ行き、凛々子(りりこ)沙樹子(さきこ)は自分の部屋で宿題をやっていて、たまたまハナと二人っきりだった。

「慶一朗様は、“機械人形専門店”のことはご存じですか?」

「ま、まぁ。機械人形だけ売ってる店ってことだろ」

「わたくしが売られていた当時は、いわゆる既製品を店頭で売る形式がほとんどでした。人気の型は直ぐに売れ、人気じゃないのは売れ残って、いつまでも店頭に飾られているのです。わたくしはそういう存在でした」

 布巾をサッとたたみ直し、流しに置くと、ハナはいよいよ本格的に、そのときのことを詳しく話し始めた。

「今は、オーダーメイドが主流のようですが、既製品ですと、どうしても機能に偏りがあります。例えば家事に特化したモノ、例えばコミュニケーション力に特化したモノ。体力型だったり、頭脳型だったり。様々な商品の中から、用途に合った機械人形を、買い求めます。わたくしは、残念ながら、秀でた才能を与えられた機械人形ではありませんでした」

 慶一朗がダイニングテーブルに腕を置き、うんうんと頷きながらハナの話を聞いていると、凛々子が階段を降りてきた。「何話してるの」と言いながら、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して慶一朗の向かいに座る。パシュッと音がしてふたが開き、凛々子はグビグビとジュースを胃に流し込んだ。

「わたくしが、三笠家にやってきたときのお話ですよ、凛々子様」

「あ、それ私も聞きたい」

「あれ、宿題は?」

「大丈夫。明日やる。集中力途切れたし」

「では続きを」

 ハナは椅子を手元に寄せて座り、慶一朗と凛々子に目配せしながら、話を再開した。

「お二人のひいおじい様は、単なる愛玩人形に過ぎなかったわたくしを、家族同様に扱ってくださいました」

「愛玩って、何?」と、凛々子。

「大切にして、可愛がるってことだ。ペットにはよく使うけど。つまりハナは、家事手伝いをさせるために求められたわけじゃなかったんだな」

 慶一朗が解説すると、凛々子がへぇとうなずいた。

「ですから、本当に家事は苦手で、大変でした。今はもう、ほとんど問題なくこなせるようになりましたが、専用ではないので、データを一から蓄積する必要がありました。恐らく、最初の何年かは、沢山ご迷惑をおかけしたのだと思います。それを、ひいおじい様も、ひいおばあ様も、辛抱強く見守ってくださいました。家族が一人増え、また一人増え、次第に育児のお手伝いをするようになると、家事の量も必然的に増えます。そこで何度か、田所様のところで、家事育児用プログラムをダウンロードさせていただいたことがあります。それでも、専用の機械人形よりは、まだまだ仕事はできませんでしたが、少しずつ、できることは増えていきました」

「そうだったんだ。でもハナちゃん、今は家事も育児もエキスパート並みだもんね。私たちも生まれたときからずっと、ハナちゃんのお世話になりっぱなしだし」

「ありがとうございます、凛々子様。そうおっしゃっていただけて、光栄です」

 凛々子の言葉を聞き、ハナは静かに口角を上げた。

「愛玩用だから、高値で取引されてるのかな」

 慶一朗が、ボソッと呟くと、ハナは首を傾げた。

「どうでしょう。わたくしは、あくまで売れ残りでしたから。しかも、お店を畳むというので、機械人形専門店の店主は、わたくしを安値で売り叩いたのですよ。高い機械人形であれば、そう簡単に値段を引き下げることなんて、できないのでは?」

「安いったって、それなりの値段だったんだろ?」

「いいえ。わたくしがひいおじい様に聞いたところ、確か10万……」

「え? 10万?」

「はい。何せ、新婚ほやほやで、お金もなかったらしく、ただでさえ安売りしていたのを、更に値切ったとか。ですから、単なる中古品としてのわたくしの価値は、1万円にも満たないのだと思いますよ」

「10万かよ……」

 慶一朗は驚きを隠せなかった。

 機械人形は、一体100万円以上が相場。中古でも80万くらいする。それを10万とは。安くせざるを得なかった、別の理由があるのかもしれないと、疑ってしまうくらいだ。

「ひいおじい様もひいおばあ様も、若くして結婚なさいましたから、多分それくらいが限度だったのだと思いますよ。当時はこの家もなく、小さな借家でしたし。確か、『貧乏人が高級車乗り回しているようなモノだ』と、親戚の方々にもよく言われていました」

 そりゃ確かにそうだわと、慶一朗は心の中で何度もうなずいた。

 あの女鑑定士が帰り際に吐いた捨てゼリフの中に、『無防備に金塊をぶら下げて歩き回ったり、高価な宝石を鍵もかけずに自宅に放置したりしているような状態』というのがあった。なるほど上手い比喩だなとは思ったが、10万で買い叩いた機械人形が、それほど高価だったなんて、思う方が難しい。

 どうも嫌な予感がしてしまう。

 ハナに限らず、何故、川端(かわばた)製作所の機械人形が高価なのか。慶一朗は、目に見えないところに、何か仕掛けがあるような気がしてならなかった。

「――さっきの名刺にあった、変な肩書きだけど」

 そう言ってリビングに入ってきたのは、書斎で調べ物をしていた父の信昭だった。慶一朗と凛々子が視線を向けると、「あれ、母さんは?」と聞く。

「風呂だよ。悠司と菜弥子も」

「あ、そっか」

 信昭はノート大のタブレット片手にフラフラやってきて、ダイニングテーブルに無造作に置くと、よいこらせと声を出して椅子に座った。

「話に水を差してスマンが、とりあえず、調べてみたの、見てみるか?」

 スッと差し出されたその画面に、堅苦しい企業のホームページが掲載されていた。

「“財団法人骨董機械人形保存協会”……“アンティーク・マシンドールの魅力と、保存のために”……。これってさっきの」

 慶一朗が読み上げると、信昭がこくりと大きくうなずいた。

「あんまりにも、ハナに固執してるもんだから、一体ヤツら何者なんだろうと思ってさ。確かに、田所の言う通り、いけ好かないヤツらに違いない。ここには沢山の機械人形が掲載されているが、そのほとんどが生産中止の古いものばかり。型番と一緒に、写真とスペックが一緒に掲載してある。説明書きだって、結局その機械人形がどんなに貴重でどんなに高価なものか記載してあるだけだ。ここに所属している鑑定士たちにとって機械人形は、美術品に過ぎないってことの表れだろうな」

 “アンティーク”の冠にふさわしく、煌びやかなデザインのページが目に入る。

 美しい機械人形たちの表情や、歴史、こだわりの一体などが、登録鑑定士の写真や自己紹介と共に掲載してある。昼間訪れた、あの“紺野(こんの)めぐみ”の写真を見つけ、名刺は偽物じゃなかったんだなと、慶一朗はホッと息を吐いた。

 サッと目を通すに、かなり昔から続いている、伝統のある財団らしい。あくまで希少な機械人形の保護と保存を目的として設立された非営利団体。出資者には名だたる企業が軒を連ねているし、鑑定士の認定基準も詳しく書かれている。

 となると、あの女鑑定士の言葉も、信憑性が出てくる。向こうは向こうで、金の問題じゃなく、真剣にハナのことを欲しがっているということ。だがそれは、決して受け入れることのできないことであって。

「川端製作所製の機械人形も、幾つかあったぞ。06(ゼロロク)シリーズ……か。確か、ハナも06シリーズだって、そう言ってたな」

「田所さんも言ってた。かなり希少で、高価。だからみんな欲しがるってことだろ」

 川端製作所のページは、特に力が入っていた。数十年にわたり、00から07シリーズまで、様々な業種向けに精密で美しい機械人形を作り続けていた東北の会社らしい。

 06シリーズは愛玩用。ハナの言っていた通りだ。個々の身体的特徴に違いはあるが、どれも美しい少女の機械人形ばかり。優しい顔つきの中にも気高さがある。

 愛玩ということは、上流階級向けだろうか。一般家庭や企業で、愛玩用の機械人形を求めるなんて、常識的に考えにくい。安値で売られていなければ、慶一朗の曾祖父も、ハナを買うことはなかっただろう。

 ハナは何も言わず、じっと、タブレットを覗き込む三人を見つめていた。そのことに慶一朗が気づいたとき、ハナは少し、泣きそうな顔をしているようにも見えた。

 まさか、感情などあるはずがない。機械人形だというのに。

 少しうつむいていたから、表情がとても暗く思えたのだろうか。

「ゴメン、ハナ。なんか、変な話ばっかりしちゃって」

 慶一朗の声に反応して、凛々子と信昭も顔を上げる。

「いいえ。お気遣いなさらず。わたくしも、自分のことをよく知らないものですから、勉強になります」

「え、ハナちゃん、そうなの?」と、凛々子。

「はい。残念ながら、製作会社ですとか、シリーズ名ですとか、そういうのはよくわかりません。ただ、“愛玩用”であるということだけしか。三笠家の暮らしでは特に必要ありませんでしたからね」

「ま、そりゃ、そうだよね」

 突然、降って湧いたような話だ。

 三笠家にハナが来てから約70年――。ついこの間まで、ハナはただの家族だった。それが、突然ひっくり返った。

 機械人形鑑定士紺野めぐみの言うとおりならば、ハナのことを狙っているのは彼らだけではない。もしかしたら、危険なことがこれから起きるのかもしれないと、田所も同様の話をしていた。

 信じたくはないが、突きつけられた現実には、耐えなくてはならない。

「でも、もしかしたらハナちゃんは、本当は何か知ってたんじゃないの?」

 凛々子の言葉に、慶一朗と信昭が、ハッと顔を上げた。

 ハナは言葉に反応することもなく、タブレットを凝視している。

「ど、どういう、意味?」

「だってハナちゃん、あの人達が初めて尋ねてきたとき、様子がおかしかったもの。音声までは録音されてなかったけど、相手がきちんと名乗ろうとしているの、お父さん達も見たでしょ? それに、私が玄関に行くまでの間も、なんか普通に応対してたし。そんなこと、今までなかったから」

 眉をしかめる凛々子。

 しかしハナは、しばらく黙った後で首を傾げた。

「そう……でしたか? わたくし、あのとき、そんな動きを……?」

「覚えて、ないの?」

 慶一朗が恐る恐る尋ねる。

「はい。再起動していただいて、凛々子様達が泣きながらしがみついてきて。そこから先は覚えているのですが、なぜ倒れたのか、あのとき何があったのかはよく……思い出せないのです。なぜでしょう」

「なぜでしょうって……。田所の言ってたのは、こういうことか……? ハナ、他にも何回か同じことが?」

 信昭も神妙な面持ちだ。

 少しお待ちくださいと、ハナはデータベースを探っているのか、そっと目を閉じた。数分、沈黙が続いた後、

「記憶の途切れがどこからなのか、紐付いた出来事から辿らないと断定できませんが、初めてだったような、初めてではなかったような。それすらも……よく、わかりません。申し訳ないのですが、やはり外側から分析していただかないと、はっきりわからない状況のようです」

 ごめんなさいと、ハナは頭を下げる。

 それが、肝心のことだったのではないかと、慶一朗には思えた。

 途切れた記憶の中に、本当は大切な何かが眠っているのではないか。ハナが記憶をなくす前の一瞬に、何か重要なことが隠れていて、それを解明しなければ、もしかしたら何も解決しないのでは。

 かといって、ハナの記憶を辿る術はどこにもない。

 混乱の中、辛うじて“ハナの様子がおかしかった”ということを覚えているのは凛々子だけ。それだけでも、奇跡に近かった。



          * * * * *



 その夜慶一朗は、なかなか寝付けなかった。

 寿命以前に、ハナが買われてしまうかもしれない、誰かに奪われてしまうかもしれないという恐怖が、波のように襲ってくる。その波が次第に大きくなり、いつか本当になってしまうのじゃないか。

 そうなってしまったら。

 もし、ハナが居なくなってしまうのだとしたら。

 窓の外では、虫の鳴き声がリンリンと鈴の音のような小さな波動を出して響いていて、それがますます、慶一朗の眠りを妨げた。


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