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骨董機械少女-アンティーク・マシンドール  作者: 天崎 剣
【1】三笠家の機械人形
1/33

1 ハナ

あなたのSFコンテスト参加作品。

SF…Science Fiction/the Social Future/少子化(shousika)の未来(Future)

「ハナ! どうしてもうちょっと早く起こしてくれなかったの!」


 慶一朗(けいいちろう)が半泣きでバタバタと階段を駆け下りてくる。もつれそうな足を必死に前に運びながら、洗面所に駆け込んでいく。

「わたくしはきちんと起こしました。慶一朗様が気持ちよさそうに寝ているのを、何度も何度も。わたくしの手を払って寝続けたのは、慶一朗様の方です」

 キッチンカウンターの奥でハナと呼ばれた少女が濃淡のない単調な声で言うと、

「ハナのせいにするな。高校生にもなって、何が『起こしてくれなかったの』だ。自分の身体は自分で管理する。当然のこともできないのに、偉そうに」

 ダイニングでは、父の信昭(のぶあき)が新聞片手に朝飯をかっこみながら注意する。

「そうよ。ハナのせいじゃない。慶兄(けいにぃ)、夜中までずっとゲームしてたもん」

 玄関先で小学生の沙樹子(さきこ)菜弥子(なみこ)が「ねーっ」と顔を見合わせ声を合わせるのが聞こえると、慶一朗は洗面所から顔を出して、

「違うって! 課題やってたの! 見てなかったクセに!」と怒鳴り散らした。

「行ってきまーす」とランドセル背負って小学生が仲良く家を出て行ったのを確認し、

「頼りにしたい時間に一番頼りにならないのは困るわ。大体、何でもかんでもハナに頼ってばかりなのは良くないでしょ。こっちは朝から大忙しで、誰も慶一朗に構ってられないんだから」

 母の朋美(ともみ)がリビングの隅で末っ子の悠司(ゆうじ)を着替えさせながら、愚痴をこぼす。

「悠ちゃんの服、あとは私が着替えさせるからいいよ。お母さん、時間でしょ。もう行ったら?」

 二階から、中学の制服を着込み、すっかり支度の終わった長女の凛々子(りりこ)が、朋美の荷物を抱えて持ってくる。

「ありがとう、助かるわ」

 朋美は短く息を吐いて、小さく笑った。

 悠司を凛々子に渡しながら、朋美は今何時だっけと時計を見る。もう出かけの時間、予定より3分準備が遅れている。今日は天気もいいし、あの道を通ろうと呟いて、

「それじゃ、今日は遅くなるから、凛々子かハナ、どっちかが晩ご飯。頼むわね」

 母はサッと上着を羽織り、

「行ってきまーす」バタバタと出て行った。

「よし、俺も」

 牛乳をグイッと一杯飲み干して、信昭もそろそろと立ち上がる。

「悪いけどハナ、悠司をよろしく頼むよ。最近食べ物の好き嫌いがハッキリしてきたようだから、どうにか解決方法探ってくれると助かるんだが」

 エプロン姿で食器を片付けているハナに言うと、

「かしこまりました、信昭様。メニューいくつかピックアップして、悠司様の食べやすいよう調整してみます」

 ハナはニッコリと微笑み返した。

 母から引き継いだ悠司の着替えをさっさと済ませ、凛々子もヨイショと立ち上がる。

「悠ちゃん、いい子にできる?」

 十才離れた姉にいい子いい子され、悠司は屈託ない笑顔を見せた。

「ハナちゃんやさしいから。だいじょうぶ。きょうはいっしょに、おさんぽいくんだよ」

「そうなの? よかったね。お天気も良さそうだしね。ちゃんとお帽子被ってね」

 小さなほっぺにチューをして、「じゃあ、行ってきます」ハナにそっと手を振る。

「行ってらっしゃいませ、凛々子様」

 ハナが少し口角を上げ、手を止めて軽く手を振った直ぐ後に、

「じゃ、ハナ、行ってきます。悠司、いい子にしてろよ」

「行ってらっしゃいませ、信昭様」

「パパ、行ってらっしゃーい」

 信昭もバタバタと腕時計見ながら玄関を後にした。

 朝7時から8時まで、三笠(みかさ)家では毎日のようにこんなバタバタが繰り返される。

 両親と子供五人、そして、ハナ。小さな家の中は、朝から大騒ぎ。特に末っ子の悠司が生まれてからは戦争状態というのが大げさでないくらいだ。

「やっと静かになりましたね」

 立ち仕事しているハナが、直ぐそばにやってきた悠司に微笑んだとき、トイレから大声が聞こえた。


「ハナァ~! トイレットペーパー切れてる! 助けて!!」


「あれ、にーに」

「まだ、いらしたんですね……」

 ハナと悠司は困ったねとクスクス肩を震わせた。



          * * * * *



「走れ……、頑張れ! 間に合え……、俺……!」

 家から駅まで続く傾斜の様々な下り坂を、慶一朗は自転車を漕ぎながら、必至に下っていた。

 風が頬を切り、制服のシャツがバサバサと音を立てるのが気持ちいい夏の終わり。蝉の音も、自動車の排気音も、風に混じって溶けていく。街路樹が夏に茂った葉を思い切り広げて、日陰を沢山作っていた。海から吹く風が潮の香りを運びながら、頬を撫でた。

 が、慶一朗にとってそんなことはどうでもよかった。朝はいつも、時間との闘いなのだ。

 眼下に広がる坂町の景色は、心に余裕のある日なら、二十世紀のノスタルジーを感じさせる美しいものであるのだが、朝寝坊した日は、そんなことより、駅舎に向かってくる各駅停車が気にかかる。線路が垣間見える坂の中腹を通りかかったとき、11時方向からやってくる電車がどの位置にいるかで、間に合うか間に合わないかが決まってくる。線路向こうのスーパーより北か、南か。北ならセーフ。南なら……。

「あ……アウトか……! ちくしょう!」

 自転車を漕ぐ足の力が抜ける。

 次の電車は、38分後。乗り継ぎのバスは、その10分後。

「また遅刻かよ。ハナのヤツ、ちゃんと起こしてくれれば」

 惰性で進んでいく自転車の上で、慶一朗は朝のことを思い出し、頭を掻きむしった。



          * * * * *



 東永(とうえい)駅の小さな駅舎に着き、待合の長椅子に荷物を放り出してドカッと座る。乗降客が数人、改札を抜けて慶一朗の横を通り過ぎていく。

 天井を仰ぎ見ながら、大きくため息を吐く慶一朗に、駅員が声をかけた。

「おはようございます。今日もまた寝坊ですか」

 濃淡のない声に、慶一朗はムッとして目を逸らした。

「図星ですね。西川行きの各停発車まであと32分45秒です」

 時計も見ずに、駅員は秒数まで細かく教えてくる。

 はいはいと気のない返事をして、慶一朗はもう一度、大きく息を吐いた。

機械人形(マシンドール)は時間に正確で羨ましいよ。人間の体内時計は全然アテにならないもん。今朝だって、ハナは時間通りに起こしに来たって言うんだけど……。すっかり、寝過ごした」

「ハナさん……、ああ、あなたの家の機械人形でしたね」

「ハナが朝忙しいのはわかるんだ。でもさ、目覚まし時計より時間に正確なもんだから、ついつい、甘えちゃって」

「機械人形は目覚まし時計ではありませんからね」

「それ、親にも言われた」

 ハハッと乾いた笑いをこぼし、慶一朗はゆっくり顔を上げた。

 少し年配の駅員は、オレンジ色の瞳をしている。耳にはカフス。機械人形の証。

「ありがとう。話したら、ちょっと落ち着いた。時間までテキストでも見とくよ」

 軽く頭を下げると、駅員は目尻にシワを作って微笑んだ。

 自宅から駅まで5分。慶一朗は、そこから一時間に数本あるかないかの電車とバスを乗り継いで隣町にある県立西川工業高校へ通っている。県内に数カ所しかない、機械人形(マシンドール)調律師(・チユーナー)の資格が取れる学校だ。

 二十三世紀、少子高齢社会の進んだ日本では、機械人形は欠かせない存在になっていた。

 地方の過疎化は加速し、高齢者人口は5割に迫る。農業や漁業の担い手も介護の人材も、機械人形に頼らざるを得ないのが現状だった。

 機械人形――人型の、ロボット。

 二十一世紀暮れに登場したそれは、徐々に量産化され、今では一次産業から三次産業、ありとあらゆるところに活用されている。

 機械人形調律師は、彼らを修理・調整するための国家資格。専門的知識が多く、難関だが、“一企業に一調律師(チューナー)”“一施設に一調律師”と言われるほど需要のある人気資格だ。

 地方にはまだ専門的に学べる学校が少ないため、慶一朗は片道1時間以上かけ、隣町まで通っている。地元で進学する者の多い中、彼が長距離通学を選んだのは、どうしても機械人形調律師にならなければならない理由があったからだった。



          * * * * *



「わざわざ東永町(とうえいまち)から来ている割に、遅刻が多いんじゃないのか、三笠(みかさ)

 と、今日も機械人形調律マシンドール・チューニング学の男性教師、池野から小言。

 いつもより一本遅い電車とバスに揺られ、やっと辿り着いたのが、二時限の終わり。学友からも失笑が漏れ、毎度のことながら気まずく肩を落とす慶一朗。

「バイクの免許は持ってんだから、買ってもらうしかないんじゃないの」

 隣の席の桑田が肩をポンポン叩きながら言ってくれるが、

「うち、五人兄弟だから無理だって……。ここに入るときだって、説得するの大変だったのにさ……」

 ハァと大きくため息吐いて、慶一朗はゆっくりと席に着いた。

 五人兄弟の、長男。慶一朗が置かれた環境は、厳しかった。中学生の妹が一人、小学生の妹が二人、それから、三歳の弟が一人。両親は共働きで、祖父母はない。機械人形のハナが家事を手伝ってはいるものの、子供の人数が人数だけに、家の中はいつも大変で……。

 そんななか、通学費も馬鹿にならない遠くの学校に通わせてくれる両親には、感謝していた。勉強も嫌いじゃない。機械人形調律師の資格は取りたい、取らなくちゃいけない。

 だがやっぱり、片道1時間以上かかる通学は身体に堪えるのだ。家に帰ったって、ちびっ子に囲まれ、ゆっくり勉強に集中することもできない。みんなが寝静まった頃やっと机に向かい、気がついたときには、という悪循環真っ最中。

 だが、なんとしてでも資格を取って、ウチの……。

「三笠、テキストの96ページ。“機械人形の二大メーカーとその変遷”読んで」

「え、あ、はい」

 慌てて教室に駆け込んだのもあって、まだ息は弾んでいた。

 大急ぎでリュックからテキストを取り出し、パラパラとページをめくる。

「えっと……、96ページ……。“機械人形市場マシンドール・マーケットは現在、二つのメーカーによって支えられている。HOSHINO(ホシノ)ドールは美と人間らしさを追求し、人間以上のサービスを提供する業務用ドールの最大手である。百貨店の売り場係員やコンシェルジュ、レジ要員など、従来型のロボットでは代替えできない接客業務を行うため、人間により近い外見、スムーズな会話、動作に力を入れている。一方、MIZUKI(ミズキ)は、介助型ロボットから発展、人命救助、介護を目的とした、パワー重視の機械人形をを多く生産している。それぞれ、日本発祥のメーカーであり、この二つの企業が世界市場の約六割を……”」

 読みながら、慶一朗は考えていた。

 ウチの、ハナはどこ製だろう、と。

 ずっと昔、慶一朗の曾祖父の代から、ハナは三笠の家にいる。生まれたときからずっと一緒、そこにいるのが当たり前の存在。

 ハナが機械人形で、自分たちとは違うのだと、成長するにつれ、ひしひしと感じていた。

 自分たちはものを食べ、成長するのに、ハナは夜中に充電するだけで、食べ物を口にしない、成長もしない。幼い頃の写真に、今と同じハナが写っているのを見ると、胸の中がモヤモヤしてくるのだ。ハナは、いつまでも変わらない。まるでその命が永遠なのだと錯覚してしまうほどに。

 だが本当に、永遠などあるのだろうか。

 どんな電化製品だって、いつかは壊れる。メンテナンスで寿命を延ばしているに過ぎない。

 ハナも、いずれ壊れてしまうのかも。そう思うと、いてもたってもいられず、とにかくより長い間ハナと一緒に居たいと、機械人形調律を学べるこの学校を選んだ。

「先生」

 と、慶一朗は突然読むのを止め、テキストを机に置いた。

「機械人形の寿命って、平均どれくらいでしたっけ」

 しんとした教室に、慶一朗の声が響いた。

 どうしたのと、皆顔を上げて慶一朗を見ている。

「三笠、今はそういう時間じゃないだろ」

 教壇で教師の池野もため息を吐く。

「HOSHINO、MIZUKI製共、おおよそ20〜30年。メンテナンス次第だな。製造番号は統一して背中の充電用プラグ差し込み口付近にロゴと共に書いてある。ただ、他の中小メーカーや海外製は、必ずしもそこに記載されていない場合もある。付属品や保証書を確認する方法もあるから、そこは個別に。これ、一年の最初にやったはずだぞ。一年前のこと、もう忘れたのか」

「いえ……、大丈夫です。ありがとうございます。続き、読みます」

 そういえばそうだったと、慶一朗はもう一度テキストを手に取った。

 彼の頭の中は、ハナのことで一杯だった。

 曾祖父の代からということは、少なくとも50年は経っている。定期的にメンテナンスには出しているようだが、彼女はもう、結構な骨董品だ。

 長い栗毛、端正な顔、小柄な少女の機械人形、ハナ。

 彼女と自分は、あとどれだけ一緒に居られるのだろうか。

 とにかく今は一生懸命に勉強して、早く一人前の機械人形調律師にならなければ。

 慶一朗はそう、固く心に誓っていた。



          * * * * *



「あんまり遅刻が多いと退学になるぞ。大丈夫かよ」

 桑田が半分笑いながら慶一朗に話しかける。

 機械人形調律学の授業が終わり、休み時間に入った途端、嫌な冗談だ。

「大丈夫じゃないよ。桑田んちは直ぐそこだからわからないだろうけど、結構しんどいんだぜ、通学」

「大丈夫じゃないのは、通学時間だけじゃなさそうだけどな。一番小さいの、幾つだっけ」

「三つ」

「ハァ~、緩くないねぇ、現実は」

 大きくため息吐かれ、そうしたいのはこっちの方だと、慶一朗は桑田を恨めしそうに横目で見ていた。

 エアコンが入っているとは言え、設定温度28度の教室は、まだまだ暑い。夏服のボタンを外し、胸元を揺らしてパタパタと風を送り込むが、さっき走って教室に駆け込んだせいか、慶一朗の汗は一向に引かなかった。

 夏が長くなったのは、100年くらい前からだという。昔は緑が沢山あって、夏の暑さを緩和させてくれていたのだとか。慶一朗の住む東永町も、学校のある西川市も、昔は田んぼだらけだったらしい。坂の上からは一面の田んぼがどこまでも広がっているように見えたのだと、死んだ祖父に聞いたことがあった。農業の担い手不足は深刻で、法人化や後継者公募など、様々な方法で存続を試みたが上手くいかず、機械人形の手を借りることで何とか農地を潰さずに済んでいると、これはいつだったか、ニュースで耳にした。

 どこの業界も、人手不足は深刻だ。

 少子高齢化、外国人労働者の受け入れ、物価の上昇に治安の悪化。二十三世紀になっても、マトモに解決できていない。

 そんな中、子供を五人ももうけた両親を、誇らしくは思うが、何かというとそれをネタにされ、原因にされるのはあまり喜ばしくはないものだ。例えそれが、本当だったとしても。

「ハナが居なけりゃ、もっと悲惨だったろうから、その点だけは時代的に恵まれてると思うけどさ」

「ハナ? 機械人形の、だっけ?」

「そう」

 慶一朗はこの間、桑田の家の最新式機械人形の話を聞いたばかりだった。

 家事洗濯から買い物、マッサージに家庭教師、スポーツの相手まで、何でもできる男性型機械人形らしい。桑田の母親がどうしても欲しいと、それまであった旧式の女性型機械人形から買い換えたんだとか。しかも、母親好みのイケメンにカスタマイズしたそうで、親父さんがあまりいい顔をしておらず、夫婦の危機を迎えつつあるとか何とか、そんなことを言っていた。

 桑田の父親は実業家だし、一人っ子で金に余裕もあるんだろう。電化製品みたいに、機械人形もちょいちょい買い換えるのだと聞いて、慶一朗はあっけにとられてしまった。

「ウチのはかなりの年代物だから、自分で調律したくてこの学校に入ったのに、遅刻続きじゃなぁ」

 頭を両手で抱え、椅子に背中を当ててグッと反らし、天井を見る。

 理想と現実の差は、大きい。

 難しい授業も、長い通学時間も、ハナのためだったらがんばれると思っていたのだが、どうも上手くいかない。

 両親がいつも言うように、自分がハナに頼っているうちは、ダメなのかもしれない。

 どうにかして現状を打破しないと、最悪な結末を迎えてしまうのかも。

 困ったなと、椅子を揺らしながら、慶一朗は窓から見える街並みを、ただぼうっと眺めていた。


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