だって、好き
と言う訳で私七瀬円。
全速力で逃げて参りました。
ぶっちゃけますとあれ以上の注目を浴びるのは精神的にキツいし。
自分の教室に入って鞄を机の横に引っ掛け、椅子を引いて腰掛ける。
あの騒ぎのお陰かまだ教室には誰も居なかった。
走ったせいで少し乱れた息を整えながら、ふうっと軽く深呼吸。
(……久瀬、飛鳥先輩ねぇ)
そうしてぼんやり考えるのは、彼の事。
噂だけなら様々な彼を私は知っている。
この近隣には不良高が多く、だからか傷害事件や乱闘騒ぎは絶えない。
どこそこの高校にどこそこの不良生徒が殴り込みをしただとか、そんな話は最早日常茶飯事。
………それでも、この白凰は至って平和だ。
理由は一つ。
彼の存在が周囲を牽制し、かつ抑制して威圧しているから。
白凰の狂犬と他校から畏れられる久瀬先輩。
けれど白凰での呼び名は違う。
先生や生徒達皆が、彼を【白凰の番犬】と呼ぶ。
彼がそこに居るだけで相手はその威圧に圧され拳一つ奮えなくなる。
一度でも白凰の生徒に手を出せば、優秀な番犬である彼が放たれ相手の喉笛に食らい付き引き裂く。
故に他は言うのだ。
【白凰の生徒に手を出すな、手を出すなら死ぬ気で挑め】と。
久瀬先輩は見た目こそチャラい。
髪型や髪の色も不定期にコロコロ変わる(らしい)し、制服の着崩し方も校則違反の域を越えてる。
シンプルだけど綺麗でカッコいいアクセサリーを上品に使いこなし、自分を飾るのも上手。
けれど彼が他の不良と違う所は、滅多に授業をサボったりしない、無駄な暴力沙汰は起こさない、毎日真面目に朝から登校をする、そして何より優しい事だろうか。
素行良好な不良さん。
それが久瀬先輩が皆に好かれる、最大要因。
だから多少の校則違反すら先生達は黙認していた。
それを贔屓だとは誰も言わない。
人脈の深さ、まさしく太陽みたいな人。
………うん。
どう考えても、私なんかは釣り合わないでしょうに。
とは言えあくまでも噂だ。
実際の彼を私は知らない。
本当にそんなに良い人なのかも、分からない。
「……罰ゲームだったりして」
そこまで考えた所で、くあっと欠伸が出る。
眠いな……と窓の外を見ていたら、続々とクラスメイトが入ってきた。
視線がチクチク刺さってちょっと居心地が悪いけど、まぁ仕方無いよね。
私は机に突っ伏して目を閉じる。
今日は朝から疲れた。
このまま何事もなく一日が終わりますように。
そんな細やかな祈りさえ神は聞き入れてくれないのだと、昼休みになると同時に私は思い知る事になる。