最良の伴侶 紹介します
そろそろ結婚しなくちゃいけない。私がそう思ったのも無理はないと思うのね。三十歳も目前となってきた。それほど結婚願望が強い方ではないけれど、子供は産みたいな。死ぬまで一人っていうのはやっぱり寂しいような気がする。そうだな、やっぱり結婚しよう!
私は結婚相談所へ登録する事にした。昔は恋愛結婚が主流だったようだが、最近はそんな賭けみたいな事はしない。理想の相手を探して、理想の子供を産む。そのためにはしっかりと調査して、確実に相手を見つけなければならない。最良の伴侶を得るには、一にリサーチ、二にリサーチ、三四がなくて、五にリサーチ。
それから一週間して、結婚相談所からパソコンにメールが入った。添付ファイルには私のパートナー候補のデータ。うきうきしながらファイルを開ける。
「この人は、どうかしら。背も高いし、体格も悪くない。……でもちょっと顔が好みじゃないなぁ。あ、この人は? 見た目はバッチリじゃない~? ……でも、ちょおおおっと、IQがねぇ……」
あれこれ悩みながらデータに目を通す。同じ選ぶなら、妥協は禁物よ! 選んで選んで、選びぬいて……。
十人目のデータを開けた時、私の心臓がキュンッとなった。
「この人よ! この人こそ、理想のパートナーだわ!!」
なんだろう、このトキメキ……。ドキドキしながら結婚相談所に返信メールを送った。
メールを送ってから初めての週末。私は朝からソワソワしながら家の掃除に励んでいた。隅から隅まで掃除機をかけて、床を磨き上げる。台所もぴかぴかに磨き上げて、お料理の準備もばっちり。勿論ベッドのシーツも新品に換えた。そして私の心構えも、身だしなみも、体調も完璧……。
「ああ、ドキドキする」
そわそわと落ち着かない自分を落ち着かせるためにハーブティーを入れた。カモミールをたっぷり。それをゆっくり飲んでいると、少し心臓の高鳴りが収まってくるような気がする。
その時、インターホンが鳴った。
私はぴょこんと飛び上がり、玄関に向かってダッシュした。カモミールの効用はすっ飛んでしまったみたい。勢い込んで扉を開ける。
「こんにちは。結婚相談所から参りました、タツヤと申します。ユリアさん……ですよね?」
「は、はい!」
私は目の前に立っている青年をぽ~っと見つめた。
すらりと高い身長、ごつくはないけれどしっかりした肩幅と胸板。長い足。黒い髪に黒い瞳。そして少し幼さの残る、優しい、整った顔立ち。
「入らせていただいて、よろしいですか?」
耳に染みるような柔らかい声。私は赤面しながら頷いた。
「ど、どうぞ」
タツヤは礼儀正しく中に入り、ユリアが用意したテーブルに着く。私もドキドキしながらタツヤの前に座った。
小さなテーブルを挟んで、理想の男性と二人きり……。ああ、神様、どうしよう。心臓がバクバクして、今にも口から出てきそうよ。
「改めまして、今回は僕を選んで下さって、どうもありがとうございます。既に相談所から説明があったかとは思いますが、これから一週間はお試し期間となっております。僕が本当に貴女のパートナーに相応しいか、充分に検討してください。お気に召さない場合は、いつでも返却OKです。」
「返却なんて、そんな……」
私は慌てて頭を横に振った。一目見ただけでもわかる。何もかもが完璧。文句のつけようがない。さすが政府お墨付きの結婚相談所だわ……。
タツヤはにっこりと笑いながら手を差し伸べる。そして私の両手を優しく包み込んだ。
「一週間、宜しくお願い致します」
ああ、もう駄目~! 手を握られただけで、おちちゃうぅ! 神様、私はこの人と結婚します! そしてこの人の子供を産みます!!
一年が経ち、私は子供を産んだ。黒い髪に黒い瞳、本当に可愛らしい男の子。
「お父さんにそっくりね」
「そうだね、本当によく似てる」
赤ちゃんにおっぱいを飲ませる私の横には、タツヤの姿があった。
「可愛いなあ。赤ちゃんってこんなに小さくて、可愛いものなんだな」
目を細めながらタツヤは赤ちゃんのほっぺを突っついた。
ユリアは幸せを噛み締める。なんて幸せなんだろう。タツヤは優しい。とんでもなく優しい。私と赤ちゃんのためになら、何でもしてくれる。やっぱりタツヤは最良の伴侶だわ……。
「所長、シリアルナンバー690502、コードネーム・タツヤは無事にカップリングに成功しました」
結婚相談所「ベスト・パートナー・コーポレーション」の一室では白衣の研究員が所長に成果の報告をしていた。
「うん。良かった良かった。これでまた一人、正常な人類が増えると言うものだ」
所長はユリアのファイルを書棚にしまった。
優秀な理想の子供を産むために、多くの女性が精子バンクに走るようになったのは二十世紀の後半からだった。理想の遺伝子を求め、精子を買い、子供を産む。そんな事を望む女性は二十一世紀に入り、爆発的に増えた。そして二十二世紀になると、結婚という制度はほとんどこの世から消え去った。
そして今……。
あまりにも女性達は選り好みをしすぎたのだ。皆が同じような優秀な遺伝子を求めすぎたばかりに、地球上に存在する人類の遺伝子パターンは極めて種類が少なくなってしまった。その結果、近親相姦の確立が驚異的な数字に跳ね上がったのだ。そしてそれに反比例して人口は激減していった。
このまま行けば人類は近親相姦を重ね、ついには絶滅する。
そんな危機的状況から這い上がるため、科学者と政治家達は苦渋の決断をした。地球上に存在する全ての人類の遺伝子が登録制となった。そして全ての遺伝子情報が厳重な管理の対象となったのだ。
生殖可能な女性に、バイオテクノロジーの粋を極めた「理想の男性」があてがわれる。そして健全な精子を持った男性には、その精子を回収するために(決して勝手にあちこちにばら撒かないように)やはり「理想の女性」があてがわれる。こうして生まれた子供は、またベスト・パートナー・コーポレーションの管理下におかれる。
何世代もかけて、もう一度、多様な遺伝子パターンを作り出し、人類を絶滅から救い出さなければならない。悲しいかな、勝手に出会って、勝手にセックスして、勝手に子供を作る時代はもう遥か遠い昔の話であり、そして同時に今の人類の遥かな夢であった。
所長は溜息をつきながら呟いた。
「絶滅危惧種、人類か……。大昔、こんな事を言ったヤツがいる。『世界は一家 人類は皆兄弟』……莫迦だよなあ。人類皆兄弟になったら、人類は滅びちまうのに」
了
精子バンクで生まれた同じ遺伝子を持つ子供達が大人になって出会って、恋に落ちて、結婚しようと思ったら、実は兄妹だった事がわかったという実話がイギリスでありまして……。出来ちゃった婚なんてありえない世界になるんかいな?? ああ、恐ろしい。
人類が佐渡島のトキになりませんように。