怒ってはいけません
フィリップがアーノの両肩に手を置く。
決意を込めたような赤い瞳にアーノは首をかしげた。
「僕が王位について半年だ。国も落ち着いてきたし、僕も執務になれてきた」
「うん、お疲れ様」
労るように頭を撫でれば、そうじゃなくて、とフィリップは首をふる。
「アーノは十六になっただろう」
「まあ体はね」
「・・・そこは置いといて」
本当は十六をとうの昔に過ぎているアーノは、自分の言葉が別の意味できわどいことに気づかない。
フィリップは顔を赤くして目をそらしたが、すぐに立て直す。
「宰相の許しはもらった」
宰相とはアーノの兄だ。
フィリップの一つ上で幼なじみの一人である。
兄と何か関係がある話なのだろうか、とアーノは思う。
「周りからもせかされてるし、そろそろいいと思うんだ」
「何が?」
アーノが遠回しな物言いにじれったくなってくると、意を決したようにフィリップが言った。
「結婚だよ」
「結婚!?」
アーノは驚いて、フィリップの顔を両手ではさんだ。
そのままじいっと見つめる。
「そうね、そうよね、フィリーももういい年だものね。このままじゃいけなかったわ」
「・・・!だったら今すぐ!」
顔を近づけてきたフィリップを押しとどめて、アーノは言った。
「ちょっと待って。準備が必要だわ」
「問題ないよ。僕が全部整えた。明日にでも結婚はできる」
「お嫁さんが必要よ?」
「いるじゃないか」
アーノは驚いたように口をおさえて、すぐに訳知り顔で頷いた。
「そういうことね!うん、わかってるわ。今すぐ行動しましょう」
「アーノ・・・!」
感極まったフィリップがまたアーノを引き寄せようとして、また止められる。
「ちょうど良かった。私の話もそれだったの」
アーノは手を伸ばしてフィリップの髪を撫でながら、優しく清々しく、爆弾を落とした。
「婚約破棄しましょ、フィリー」
フィリップは絶句した。
そんな彼の様子に全く気づかず、アーノはうきうきと言葉を続ける。
「私もそろそろ潮時だと思ってたの。フィリーは大人になったし、しかも王様になっちゃうし。私は王妃なんて柄じゃないもの。兄さんに許可ってそのことだったのね?心配しなくて大丈夫よ。子どもの頃の婚約を破棄するくらい、簡単なんだから。ね、だから婚約破棄しましょ」
この時、フィリップは天地がひっくり返ったかと思うほどの衝撃を受けていたのだが、アーノに知る余地はない。
「お嫁さんがほしかったんでしょう?もう、好きな人がいたなら言ってくれれば良かったのに」
ここにレオナルドがいたら、アーノを止めただろう。
しかし、不幸にも部屋にいるのは二人だけだった。
アーノは輝くような笑顔で言い切った。
「私、応援してるわ」
ぼんっ、と低い爆発音。
アーノの前方、フィリップの後ろにあったテーブルが一瞬で燃えカスになった。
フィリップの魔法である。
「フィリー!?」
目を見開いたアーノの顔を、フィリップがゆっくり両手でおさえた。
「どうしたの?テーブル燃やしちゃって。あと、顔が怖いわよ」
「アーノ」
フィリップはいつもより大分低い声でゆっくりとアーノに聞いた。
「婚約破棄、したいの?」
「うん」
アーノが心のままに即答する。
頬をとらえる力が強まった。
しばらく考えるような沈黙のあと、フィリップは小さく笑みを見せて、言った。
「ごめん、やっぱり無理」
何が?と思う間もなく、アーノの視界は暗転した。
次は現在に戻ります。
クリスティアーノのひどい勘違いは、婚約した時点で歪みが生じていた結果なのですが、それはおいおい。