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ナナコChannel  作者: 木山碧人
第十一章 オクトーバーフェスト

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第8話 会談

挿絵(By みてみん)





 先日行われた前代未聞の生放送はネットで拡散された。ナナコChannelは暴力的コンテンツとして認定され、即刻BANされたけど、加減をしていたおかげでヴァルブルガ戦まではバッチリ映っていた。一部暴力シーンがカットされた全年齢版の動画が出回り、SNSでは議論が過熱した。最も盛り上がったのは、槍を振るう鬼は一体誰なのか論争。


 ――これ、鬼龍院みやびじゃね?


 名も知れないネットの誰かが言った。それを皮切りに証拠集めが始まり、声を比較した動画が次々と発信され、悪意のあるMAD動画が作られ、ネットはお祭り騒ぎ。挙句の果てに声紋認識の専門家が現れ、同一人物である可能性が極めて高いという結論が下された。鬼の首を取ったように、ほらみたことかと騒ぎ立てる人が増え、虚構と現実の乖離が始まる。仮想の鬼であることと、本物の鬼であることは全くの別問題だ。ただでさえ、帝国では鬼の存在を政府が認めている。今回の一件でローカルなものではなくなり、全世界に波紋を広げた。


 思った通りの展開だった。『人間と化け物は共存できるのか』。この根深いテーマに何らかの結論を出すためには、火種が必要だった。鬼に偏った意見を表明するのではなく、人間に考えさせることが重要だった。未だ結論は出ていないけど、近いうちに偉い人たちが各々の意見を表明するだろう。その代償として、『鬼龍院みやび』の価値は著しく落ちた。チャンネルの登録解除祭りが始まり、200万人以上の心が離れていった。良いイメージで売っていた反動というやつだ。悪いイメージが売りのキャラクターだったら、こうはなってない。原因は色々と考えつくものの、本質的な部分では同じ。視聴者を騙していたことが大きく信頼を損ねた。


 鬼という身分を隠して活動したこともそうだし、鬼の資金源になったことも大問題。だけど、視聴者を最も不快にさせたのは、鬼龍院みやびの訃報が嘘だったこと。槍を振り回す鬼=鬼龍院みやびの図式が成立するなら、死んだはずの彼女は生きていたことになる。みやびフェスの東京公演に出演できなかった理由も、仮病だったことになり、事実でないにもかかわらず噂は独り歩きした。


 鬼龍院みやびの炎上により生じた火の粉は、『775プロダクション』にも及ぶ。ひいては、その権利を得た魔術商社『リーガル』にまで被害を及ぼす。抱えていた企業案件の大半は飛び、桁違いの違約金が発生することになった。経営者ならそれを放置はできない。信頼回復のためにも説明責任が問われる。特に吸収合併した直後に起きたトラブルだ。会見や記者発表の対応が遅れれば遅れるほど、損害は取り返しのつかないことになる。だから彼女は、負けた私に再び声をかけた。


『よくもやってくれたわね。場を設けてあげるから、顔を出しなさい』


 9月12日。時刻は20時57分。プツンと切れた携帯から耳を離し、街灯に照らされた石畳の狭い路地を私たちは歩く。リアとヴァルブルガを後ろに付き従え、見えてきたのはアイスクリーム屋。スキンヘッドの強面な男が店番をしており、私は早速、注文することにした。


「バニラ三つ。フレーバー抜きで」


 秘密の暗号として機能するそれは、通行手形と化す。アイス屋の左手にある扉が強面の男によって開かれ、地下へと続く階段が見えた。焦ることなく一歩ずつ噛みしめるように降りていき、古びた扉を開くと、見えてきたのは手広いスペース。稼働が停止した数々の洗濯機とテーブルと紙幣カウンターが見え、薄暗い照明が辺りを照らしている。マフィアの拠点が警察に強制捜査された後のような錆びれ具合だった。まぁ、何があったかなんてどうでもよく、大事なのは代表との会談。


「武器と手荷物は預からせてもらうぜ。それと、お仲間はここでステイだ。社長に何かあったら困るからな」


 執務室に通じると思わしき扉の前で待ち構えていたのは、黒髪を逆立てた大柄の男。黒のレザージャケットが良く似合い、内側に白のシャツと紺のジーンズというバイカーのような装いだった。特に異論はなく、指示通りに私は槍を渡し、リアとヴァルブルガは近くに備え付けられたパイプ椅子に腰かけていた。

 

「…………」


 失礼しますなんて礼節を重んじることはなく、私は無言で扉を開き、足を踏み入れる。そこにいたのは、メイド服を着た赤髪ツインテールの女性。黒革のソファに腰かけており、テーブルを介した先にある向かいの席に座るよう顎をしゃくっている。


「…………」


 意図を汲み取り、私は黒革のソファに腰を落ち着け、目線を交わし合う。一触即発の重い雰囲気。コンクリートで囲まれ、執務机とソファとテーブルしかない無機質な空間が彼女の圧を強める。肝が小さければ、一言や二言ぐらい相手の機嫌を伺うような言葉を添えるだろう。だけど私は何も口にしなかった。呼び出したのは向こうだ。顔を出せとは言われたけど、弁明しろと言われた覚えはない。この場に呼んだ説明責任は、向こうにある。


「……どこまでが、あんたの読み通り?」


 重々しい口を開き、彼女は不機嫌そうに問いかける。確認作業をしても意味がないと思うけど、向こうの気が休まるなら付き合ってあげてもいい。


「全て……なんて気取ったことは言いません。ただ私は一点のみに絞った。化け物が世間に悪目立ちするような展開を作れれば、何でも良かった。その延長線上にいたのがあなたであり、不運にも多額の損失が生じただけのこと」


「うざ……って言いたいところだけど、これに関しては読み切れなかったあたしが悪い。対等な立場として恥を忍んで聞くけど、尻を拭うつもりはある?」


「権利を譲渡した時点で私が責任を負う義理はありません。『鬼龍院みやび』も『775プロダクション』も全てあなたのもの。良くも悪くもですが」


「まぁ…………そうだよねぇ。あたしがなんとかするしかないか」


 彼女は感情的になることなく、冷静に状況を受け止めていた。他責思考でなく、自責思考。経営者としての必要最低限の品格は備わっている気がした。これなら彼女との関係を次のステップに進めてもいいかもしれない。


「ただ、個人事業主としての見解と、一匹の鬼としての見解は別物。ビジネス的な観点からすれば手を貸す義理はありませんが、友人としてなら手を貸してもいいと思っています」


「見返りは?」


「いりません」


「一つ貸しとかそういうのも無し?」


「恩は忘れてもらって構いません」


「あー気持ち悪いなぁ。貸し借りについてはシビアな方が個人的には気が楽なんだよね。なんかないの? あたしにできることならなんでもいいからさ」


 これは打算なのか、偶然なのか、私自身も分かってない。全てが私の思った通りに進められるなら、ここまで苦労していない。ただ、やっと取っ掛かりができた。ドイツに来た目的の一つが果たされようとしていた。ナツキやルドルフやトゥーレ協会を含めた気掛かりな点は山ほどあるけど、私の物語はようやく動き出す。


「では、尻を拭う代わりに、魔獣化を制御可能にした人々を紹介してもらえますか?」

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