第4話 自然博物館
インターネットに放った言葉や動画は簡単に取り消せない。仮に証拠を消したとしても、元データが保存されていれば拡散される事態に陥り、根絶するのは不可能に近い。Vtuberをやる上で必ず覚えるべきネットリテラシーの一つだ。
私は初歩の初歩を軽んじていた。休止期間のせいで、リスク管理のセンサーが鈍ってしまっていた。手段を選ばずに有名になることだけを考えていた。正常な思考なら止められていたはずだ。『鬼龍院みやび』や『775プロダクション』ほどの数字を持った存在を手放していなければ、こんなことにはならなかった。
「「「――――っっ!!!」」」
私たち三名は、自然博物館のブース内を横並びで思いっきり走っていた。襲い来るのは大量の一般人。支配の騎士に操られている罪のない人間。その数は増す一方で、倒す以外の解決策は全く浮かんでこなかった。
「逃げ続けるのも、さすがに限界!」
「吾輩はいつでも戦える。どうするナナコ!」
息を切らしつつあるナツキとリアは、私に判断を仰いだ。考えはまとまっていない。行き当たりばったりもいいところだ。ただ、戦うという安直な選択肢だけは選びたくない自分がいる。我がままを通すなら考えろ。頭を使え。かつての主なら……ツバキ様ならどうする!!
「――――」
自らを追い込み、選んだ手段は結界。ブースの狭い入口と通路の間に壁を隔て、物理的に侵入できないようにする。ただ、それだけでは不十分。半透明の壁ではこちらが見えてしまう。ブース内に隠れたとしても、中にいるのが分かっているのだから、身体を壊す勢いで無理に突き破ろうとしてくるはず。……だから、シンプルな特殊効果を付け加えることにした。
「鏡よ鏡よ鏡さん。解決手段が見つかるまで、鏡面世界に誘い給え」
正面の結界はマジックミラーと化し、向こう側からは鏡、こちら側からは透明のガラスのように映る。暴走した一般人は鏡の中に次々と吸い込まれ、無力化されているのが目に見えて分かる。本来なら私一人では到底賄えない力だ。やれるとしても特殊な道具か代償が必要になる。それでも気軽に扱えたのは、ドイツに来てから知り合った魔女が関連している。
「世界の燃料をいただき、どうもぉ。一時的だとしても感謝するわぁ」
正面のガラスに薄っすら映ったのは、若々しい紫髪の魔女。とんがり帽子を脱ぎ、軽く頭を下げ、紫色のローブを翻し、自分の世界へと帰っていく。彼女との取り決めは単純なものだった。鏡へ誘う力を貸す代わりに、労力に見合った生贄を用意すること。鏡面世界は人々の夢や希望をエネルギーに維持しているらしく、その維持コストを賄いつつ、私たちの問題も解決する一挙両得の状態になっていた。
「ローラか……。昔のよしみがここで役に立つとはな」
私たちの関係を取り持ったのは、他でもないリアだった。彼女たちは元々、秘密結社『イリーガル』の四首領に数えられる存在だった。今や魔術商社『リーガル』に吸収合併されたみたいだけど、全てが取り込まれたわけじゃない。リア曰く、四首領ニコラを除いた三名は合併に同意しなかったそうな。その後に色々あったみたいだけど、詳しくは聞いてない。それよりも考えるべきことは他にあった。
「それで、ここからどうするの? 時間稼ぎにしかならないよ」
肩で呼吸をしつつ、冷静なツッコミを入れるのはナツキだった。彼女の言う通りで、動画を消したとしても、オタク君の支配が加速する一方。私たちを徹底的に追い詰め、人外魔境曼荼羅で私たち化け物を異世界に飛ばすまで手を休めない。能力の根幹を掴めれば止められるかもしれないけど、今は何のヒントもない状態。
「ナツキさんは鏡を見張りつつ、『支配の騎士』についての文献をインターネットで調べ、弱点や正体を探ってください。私たちは反対側にある出口を封鎖しつつ、漏れがないか確認します」
「……うん。それなら希望は見える。やっとくよ」
ナツキは懐から携帯を取り出し、慣れた手つきで検索を始めた。
◇◇◇
別行動を取った私とリアは封鎖を出入り口の封鎖を終え、ナツキのもとへと帰る道中のことだった。
「生物の多様性がテーマか。皮肉だな」
独り言のようにブースの感想を述べたのはリアだった。そこには数々のジオラマが展示されており、ありとあらゆる生物や鉱物にスポットライトが当たっている。自然界の一部を切り取ったようなシーンが再現され、岩場を跳ねるヤギや、獲物を狙うイヌワシなどが目に入る。種族が異なる彼らの生き様を尊重しているようにも感じるけど、世界はそこまで単純じゃない。害ある存在と認定されれば、人類は敵に回る。それを象徴するようなエピソードがブースには展示されていた。
「問題熊ブルーノ……」
養蜂箱を荒らすクマのジオラマが目に入り、悲劇的な物語が近くの解説パネルに書かれている。
「170年振りにバイエルン州に現れた野生のヒグマ。最初は歓迎ムードだったが、家畜を殺し、養蜂箱を荒らし、反応は一変した」
「人間に危害を加えるかもしれない」
「そうだ。実際に人を殺したわけではなかったが、行動には問題があった。自然の営みとは大きく逸れたもので、異常性があると州政府は判断した。だから……」
「ハンターが射殺した。悲しい結末ですね」
しんみりとした空気が流れ、足が止まっていることに気付く。差し迫る問題には直接関係ないものの、本質的な部分では無視できない話題だった。
「吾輩たちも例外ではない。化け物のイメージが著しく損なわれれば、ブルーノと同じ末路を辿る。世界総出の駆逐もあり得る。良くも悪くも、ネット活動の内容がそのまま世論に反映されるだろうな。今は本物かコスプレか曖昧な状態で配信しておるから誤魔化しが効くが、公表すれば大いなるリスクを背負うことになるぞい」
「化け物界隈の顔役になるか、ならないか。責任重大ですね……」
「最終判断はナナコに任せるが、吾輩は公表することに一票投じる」
「差し支えなければ、理由を教えていただいても?」
「吾輩はヒトラーが殺した人の数だけ、人を救うつもりだ。隠し事をしてもいつかバレるだろうし、悪魔やヒトラーの血縁者であることをネットで明かした上で、評価されたいと思っておる。それが被害者に対する最低限の誠意というもの。後付けではあるが、ナツキに指摘されて目が覚めた。先祖の趣味と所業は別々のものだと考えておったが、それを聴衆に説明したところで納得できんわな」
リアの芯の通った言葉に、自身の未熟さを痛感する。彼女の気持ちは生半可なものじゃない。先祖が犯した大罪を受け止め、真っ向から贖おうとしている。私なんかが口を挟める問題じゃない。配信にかける熱量が根本的に違う。ナナコChannelの共演者で止まるレベルじゃなく、彼女単体でも十分通用する。
「……参考にさせていただきます」
とはいえ、Channelの主導権を握っているのは私。流されるように決めたら絶対に後悔する。時間は限られ、状況も良くないのは分かるけど、自分なりの答えが浮かぶまではギリギリまで考えていたかった。
「「…………」」
そこから特に話すこともなくなり、私たちは元いた場所に帰ってくる。見覚えのあるマジックミラーがあり、支配された人間たちは鏡面世界に消えている。おおよそ予想通りの結果だったものの、全てが予想通りというわけではなかった。
「ナツキさんが……」
「おらん、だと……」
密室空間での失踪事件。彼女がいた地面には、剣と鉤十字が描かれた印が刻まれていた。




