第3話 方向性
「オタク君のショート動画がプチバズッた」
ナツキは私の携帯を覗き込み、やや興奮気味に口走る。そこは、自然博物館の前にある喫茶店のテラス席。オレンジジュースが三つほどテーブルの上に並び、次の作戦会議をしている最中での発言だった。
動画内容はオタ芸。どうやら彼女は一連の騒動をスマホで録画していたらしく、『月光』と共に踊るオタク君の部分だけを切り取り、世に放っていた。もちろん、一部始終を全て上げるわけにはいかず、曼荼羅絡みのシーンはカット済み。今のところナナコChannelの運営方針は、私たちの日常を切り取り、面白おかしく見せることにシフトしようとしていた。
「再生数は三万。投稿した直後でこれは、悪くありませんね」
私はVtuber時代の経験を踏まえた上で、客観的に評価する。心から満足することはなかったものの、知名度の低い私たちを知ってもらうきっかけとしてはまずまずの結果と言える。オタク君の忠告を考えれば、動画を公開すること自体がリスクだったものの、一度動き始めたものは簡単に止められなかった。
「……とはいえ、まだまだ無名に毛が生えたようなもの。オクトーバーフェストで何かを披露できるほどのものでもない。これからどうする」
正面に座るリアはオタク君のリュックを胸前でギュッと握りしめ、不安そうに反応している。支配の騎士が襲い掛かってきたなら、残りの三騎士も敵である可能性が極めて高い。人外魔境曼荼羅などの変わった品々を期せずして手に入れられたのはいいけど、オクトーバーフェストまでの道のりは前途多難だった。
「そもそもなんだけどさ、私たちが評価されれば、化け物の地位が上がると本気で思ってる?」
そこで前提を疑い始めたのはナツキ。背筋をぐっと伸ばし、ショート動画がプチバズッたことをいったん脇に置いて、新たな話題を提供しようとしている。
「私はそう思っておりますが、あなたは違いましたね。鬼と人間の共存を諦めていたからこそ、帝国の『国家転覆』に加担した。化け物にとって都合のいい世界を作ろうとした。善悪の問題ではなく、種族の違いが一番のネック……でしたよね」
「概ね正しいけど、問題は食事かな。悪魔は知らないけど、鬼は人間の『血』が主食。動物の血を吸って、飢えを凌ぐこともできるけど、一度でも味を知ってしまえば、元には戻れない。A5ランクの肉ばっか食ってたら、味の水準が上がって、スーパーの安物肉を食べられなくなる感覚に近いかな。生粋の鬼だから、正確な人間の気持ちは知らんけど」
「つまり、安定した食糧供給源がなければ、化け物の私たちがどれだけ世間に受け入れられても意味がない……というのがあなたの主張ですか」
「そういうこと。世間から評価を得るのは確かにおもろいけど、それそれでこれはこれ。分野が全く違うから、イコールで結ぶことはできないと私は思ってる」
ナツキは持論を述べ、場はどんよりとした空気に満ちる。今やっていることに未来はあるのか。建設的な意見ではあったけど、私たちが進もうとしている道を全否定しているとも言える。正しさだけを考えるなら、食糧問題の解決に舵を切った方が無難だ。化け物の私たちが評価を取ろうが取るまいが、世間の認識は変わらないというのも理解できる。だけど……。
「それは、そこそこの成功を前提にした話であろう? 突き抜けた人気を得た場合は話が変わる」
私の肩を持ってくれるように発言したのはリアだった。化け物を人気者にする。彼女と結託した理由そのものであり、それを否定されては黙っていられないというのが心情のはず。本来なら、悪魔をVtuberとしてデビューさせて名を上げる予定だったけど、頓挫した今もなお根っこの部分は変わっていないらしい。
「そんなん絵にかいた餅じゃん。前例がないし、できるとは思えない」
「突き抜けた人気を得たVtuber『伊勢神宮』は総理大臣になった。それが例え、悪魔であろうと鬼であろうと可能だと思っておるぞい」
「まぁ、一理あるか。あのレベルまでいったら、ワンチャンあるかもね。……だけど、ヒトラーの系譜であるリアは人気者になれないよ、絶対ね」
ナツキは鋭い目線を送り、真っ向からリアの存在そのものを否定する。いくら子供と言っても、言っていいことと悪いことがある。
「いくらなんでもそれは――」
発言を訂正させようと口を挟もうとするも、対応が遅かった。
「「……」」
リアはナツキの襟元を掴み、無言で睨んでいる。それ以上の暴力を振るうことはなかったものの、ギリギリのところで踏みとどまっているのは確か。今の発言を超える侮辱があれば、崩壊するのは目に見えていた。そうなれば止めに入るけど、この状態だとナツキにも非があるし、手を出しづらかった。
「別に私、間違ってないよね? 素性や血筋を隠して、リア自身の魅力を評価されたいなら分かるけどさ、ヒトラー要素を全面的に押し出し過ぎなんだよね。そっちがどう思ってるかは知らないけど、その軍服と鉤十字はまずいっしょ。例の事件を想起させるからドイツじゃ放送禁止レベル。国民感情を分かってなさすぎ。今の状態でどれだけ必死に努力しようとも、上手くいかないに決まってる」
ナツキの言っていることは正しい。ナチスは負の象徴としてのイメージが定着している。それを全面に押し出す=ナチス支持者と思われても仕方がなく、その状態で人気者になれるのかと言われれば、厳しいと言わざるを得ない。
「…………」
リアは何も答えない。反論することなんていくらでもあっただろうに、必死で弁明することはなかった。それどころか掴んだ襟を離し、席についてオレンジジュースを飲んでいる。何を考えているのかは分からないけど、喧嘩沙汰は避けられたらしい。ただ、不思議と緊張感が高まり、彼女のゆったりとした動作が圧と威厳を高めているように感じた。一呼吸か二呼吸置き、オレンジジュースを飲み干した後、リアは上着と帽子を脱ぎ、ヒトラーを想起させるものを地面に置く。そして。
「――」
赤い意思弾を飛ばし、衣服を消却する。論より証拠を優先したのか、彼女の行動には確固たる決意と覚悟を感じた。
「うん、それならアリ。少なくとも私は応援できる」
一件落着……とは言えないものの、緊張感が薄まったのを感じる。それ以上の深入りをするつもりもないらしく、怒るに怒れない微妙な距離を維持していた。何にしても、空気を入れ替える必要がある。
「話は変わりますが、どうしてお二方はオタク君の支配が効かなかったのでしょうか?」
「発動条件は恐らく、相手の心を動かすこと。オタ芸に感化されたものが対象となり、支配する仕様。吾輩たちには刺さらんかったというだけのこと」
何事もなかったように、リアは何でもない雑談に応じる。どうやら気を揉む必要はなさそうだった。今の一件が禍根を残すことは避けられそう。
「……ちょっと待って。つまり、この動画を見て心が動いた人は、オタク君に支配されるってこと?」
「可能性はあるが、さすがに適用範囲外だと思われる。なんの繋がりや接点もない状態で別世界から影響を与える能力など、見たことも聞いたこともない。支配の騎士が概念的な存在であるのは違いないが、意図せず作用するものと、意図して作用させるものでは難易度が二段階ほど違うからな。世界の構造はそこまで甘くない」
ナツキの疑問に対し、リアは否定し、話題には区切りがつく。内容よりも気にかけていたのは、彼女たちの関係性。これで少しは風通しがよくなったかな。話は全く進展してないけど、前向きな気持ちで進めそうではある。
「…………」
そんな時、近くの座席に座る観光客と思わしき若い女性がスマホを落としたのが目に入る。画面には私たちのショート動画が映し出されている。
「この展開って、まさか……」
「いやいや、さすがにあり得ん……」
ナツキとリアも状況を察し、顔色を曇らせている。支配の騎士との戦いは終わってない。むしろ、私たちが本格化させてしまった。
「動画を削除してください! 早く!!」
すぐさま指示を送ると、ほぼ同時期に一般女性が無言で襲い掛かる。なだれ込むように次々と観光客が私たちに襲い掛かり、逃げ道を塞がれる。罪のない彼らを傷つけるわけにもいかず、自然博物館へと移動を余儀なくされていた。




