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ナナコChannel  作者: ナナコ
第十一章 オクトーバーフェスト

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第2話 支配の騎士

挿絵(By みてみん)





 見ず知らずのリスナーとオフ会する。当然、反対された。いくらチャンネルの規模が小さいとはいえ、リスクがあまりにも高かった。事務所に所属していれば、絶対にできない。道徳的にも企業倫理的にもアウトだ。スキャンダルに発展する可能性もあるし、犯罪に巻き込まれる危険性もある。……でも、今の私はフリー。どこにも所属していないし、これ以上は迷惑のかけようがない。


「「「………………」」」


 私たちは約束通り、正午のニンフェンブルク城前に到着した。ミュンヘンでも屈指の観光名所であり、バロック様式の宮殿と庭園が今もなお人の手で管理されている。入場料は一名あたり約20ユーロほど。旅費に困るほど困窮しているわけでもなく、別売りだった庭園内の館や、博物館のチケットも全員分購入している。


 さて……ここからが問題だ。私たちは具体的に城のどこかで待ち合わせしたわけじゃない。顔を知っているわけでも、相手の特徴を聞いたわけでもない。向こうが一方的に知っている。私たちは先ほどの外配信で、顔は割れている。


「デュフ。実物の方が一段と綺麗でございまいますな。慧眼慧眼」


 現れたのは典型的なオタク君だった。黒髪マッシュルームヘアで黒眼鏡をかけ、白を基調とした柄物シャツをジーンズの中にインして、どデカいリュックを背負っている。……こんな人、本当に実在するんだ。鬼龍院みやび時代に数多くのオタクを画面越しに見てきたけど、ここまで型にハマった人は見たことがない。逆に珍しいというか。キャラに全振りというか。もしこれがコントだったとしたら、シチュエーション的に美味しい状況と言える。


 まぁ、これは職業病だな。今は配信しているわけでもないし、面白おかしくする必要はない。肩肘張らずに目の前のことだけに集中しよう。


「あなたが『支配の騎士』さんですか」


「いかにも。急にお呼び出てして申し訳ない」


 彼は後頭部に手を当て、畏まった態度で会話を続ける。鬼龍院みやびの中身を嗅ぎ付けたファン……というわけでもなさそうだった。どこか他人行儀というか、いつも切り抜き見てますぐらいの熱量と距離感のように思えた。当然と言えば当然か。ナナコChannelは活動再開して間もないし、濃いファンがつくわけがない。となれば、聞くべきことは自ずと決まっていた。


「早速ですが、オフ会の用途を聞かせてもらっても?」


「ここで話し込むのもなんですし、拙者と宮殿巡りといきませぬか」


 特に断る理由はなく、彼を含めた私たちは宮殿内に移動した。


 ◇◇◇


 足を踏み入れたのは、宮殿二階に位置する石のホールと呼ばれた場所だった。白を基調とした吹き抜けの空間で、数々の絵画が飾られている。特に目を引いたのは天井一面に躍動する神々。後光に照らされた雲の上で、白い馬に引かれた男が中央付近に位置し、それが最も印象に残った。心の中では絵だと分かっているのに、そう思わせない迫力と立体感がある。これが本物の偶像崇拝か……。いっときはVtuber界隈の神だと言われていたものの、さすがに敵わないなぁ。


「あれ、拙者」


 んんん? この人は何を言っているのかな。伸ばした人差し指の先には、白い馬に乗った男の神がいる。


「冗談は服装だけにしたら?」


「くふふっ、ジョークの切れは悪くない」


 ナツキとリアは対照的な反応を示し、嫌悪と好感が行き来する。かくいう私はフラットってところかな。冗談だと決めつけるのは早い。


「よもや、天界出身の方ですか?」


 私の空気が読めない発言により、場が凍り付いたのを肌で感じる。真偽はともかくとして、万が一の可能性としてはあり得るかもしれない。そう思い始めたのか、ナツキとリアは薄っすらとセンスを纏い、臨戦態勢に入っていた。緊張した面持ちを作り、オタク君の返事を待つばかり。


「当たらずとも遠からずと言えますな。どちらかというと地獄の方が所縁があるやもしれませぬ」


「……なに? お前、まさか本当に」


 第一級悪魔に相当するはずのリアは、軽く腰を抜かし、後ずさりしているのが見えた。結論を口にしなかったものの、おおよその予想はついていると言った様子。続く言葉は大体分かる。隠すつもりがないというか、オタクという属性でカモフラージュされていたというか。答えは最初から口にしていた。


「支配の騎士」


 黙示録の四騎士という神話がある。世界の終末に解かれる七つの封印のうち、四つが解かれた場合に現れると言われている。支配、戦争、飢饉、死……これらの抽象的な概念に意思が宿った存在だと考えれば理解が早い。目的は解釈によって変わるけど、人類の選別と罰を与える説が最も根強い。独断で動くタイプじゃなく、恐らく黒幕がいる。仕えているのは、神か悪魔のどちらか。なんにしても、神話を真に受けるなら、現実世界において何らかの封印が解かれ、それに付随して登場した可能性が極めて高かった。


「ドヤられても分かんない。かいつまんで教えて」


 私とリアが見当をつける中、唯一ナツキだけが理解に及んでなかった。どこまで話したものか。神話通りの姿でそっくりそのまま具現化されたとも言い切れず、偏ったイメージだけで相手を決めつけるのは心苦しい。必要最低限の説明だけで済ませようかと考えていると。


「創造神の所有物。人類に災厄を撒き散らす存在。その名の通り、奴の能力は『支配』。地上の四分の一に及ぶ人間を意のままに操れるほどのポテンシャルを持つ」


 リアは四騎士の説明を省略し、オタク君だけにフォーカスした情報を開示した。最適な言葉選びだ。今はそれ以上の言葉を必要としない。


「うわ、怖……。関わらんとこ」


 ナツキは物理的に距離を取り、ホールの端っこ付近まで遠ざかっている。離れても意味がないというのは野暮かな。気持ちは分かるし、彼女が会話に参加する必要は今のところない。私の目に届く範囲にいるならそれでよかった。


「嫌われてしまったようですな。……致し方ない。自己紹介は終えたところで、早速本題に入らせてもらいましょうか」


 オタク君はリュックを地面に置き、そこから取り出したのは丸め込まれたポスターのようなもの。キャラクターのイメージに合ったありふれた物に見えるけど、中身にアニメキャラのイラストが描かれていると決まったわけじゃない。


「……それは?」


「人外魔境曼荼羅。人ではないものが絵の中心部分に触れれば、別世界へ転送できる代物。あなた方は長らく前から目をつけておりましたが、鬼や悪魔の姿を二次元でなく三次元でインターネットに晒すのはいただけませんな。外出程度ならコスプレという認識で済みますが、これ以上有名になられては困りまする。端的に言えば、人間界から消えていただきたい所存」


 オタク君は慎重にポスターを開き、円状のものがいくつも折り重なった絵を見せつつ、概要を説明する。なるほど。向こうの事情は理解できた。若い芽は先に摘んでおこうという算段。大元の目的は分からないけど、一度目は警告で済ませてくれるほどの気品はあるらしい。


「素直に言うことを聞くとお思いですか?」


 ただ私は背中に装備した赤鱗模様の三叉槍を構え、敵対する意思を示す。同じ気持ちだったのか、リアも横に並び、静かに身構えている。


「聞かせますよ、否が応でも」


 オタク君が次にリュックから取り出したのは、数本の白いペンライト。両手の指で挟み込み、息つく暇もなくオタ芸を始める。流れるように彼の携帯が地面に置かれており、再生されるのは、鬼龍院みやびのオリジナル楽曲『月光』。ペンライトは眩い光の軌跡を描き、気付けば頭の中は真っ白になっていた。


「ふぅ……。では、手始めに彼女から」


 私に伸びるオタク君の右手が見える。ここで何をしてたんだっけ。ナナコChannelの活動を再開して、ホフブロイハウスで芯からおもんない実写配信をして、アーカイブにコメントが来て、オフ会の誘いに乗って、それで……。


「消えるのはお前だ。魔境の彼方で朽ち果てるといいぞい」


 リアはオタク君の腕を掴み、床に広がったポスターの中心に押し当てる。そこでパッと明るい光が空間に満ち、私の意識は飛んだ。

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