第19話 対ナナコ
理性が野生を上回ったのは確か。私が飢餓状態に陥ったのは間違いない。身体は本能に支配されている。……とはいえ、完全に意識を奪われたわけじゃない。目の前にいる存在は理解できる。何が起きたかも、どういう状況に陥っているのかも完全に理解している。その上で言いたいことがあった。
アレを魔術と定義するな!!!
長年、愛用していたメイド服が魔術道具に化した→分かる。
メイドは掃除が仕事で、箒がメイン武器になった→分かる。
箒がヤシの木になり、果実を食べたら仏になった→はい?
どういう因果関係があったら、アレが成立する。仮に鬼の対極に位置するものとして仏が選ばれたのだとしても、あまりにも論理が無茶苦茶すぎる。能力の根幹を成す連想力が乏しすぎる。本来なら箒の具現化で留めるべきで、それを極めるのが理想の形だ。将来的にあの形態に移行するのだとしても、十年早い。言っちゃ悪いけど、彼女の父親が意思能力の開発を禁じていたのも納得だ。
暴走した化け物が正常な人間に負けるのは本望。誰かに危害を加える前に倒されたい気持ちはある。でも、アレは……アレにだけは負けたくない。
「――――」
彼女が仏の要素を二つ取り入れるなら、私も二つだ。
◇◇◇
ナナコの雰囲気が変わった。身に纏われる赤色のセンスの流れが自然になった。周囲に溶け込んでいるというか、世界と一体化しているような、そんな印象を受ける。鬼特有の狂気じみたものでなく、人間らしい理性を感じる。
まぁ、なんだっていいや。こっちはおニューの能力を試したくってウズウズしてるんだ。倒すにしろ、倒されるにしろ、わたくしが身に纏う能力は披露しておきたいし、それに伴う副次効果を把握しておきたい。
「参ります。待ったはなしですよ」
と短く告げ、わたくしは駆けた。同時に床に展開される法陣も移動し、法輪の中央部分が足元にピッタリとくっついている。あくまで中心軸はわたくしで、範囲は半径数十メートル程度。恐らく、法陣上にいる相手に対し、何らかの理を強いることが予想される。……ただ、詳細は分からない。
「――――」
とにもかくにも、わたくしはセンスの薄い左側頭部に蹴りを放った。右足に攻防力を70%ほど集中させ、体術の延長線上で様子を見た。
「……」
彼女は何もしなかった。まともに左側頭部への蹴りを受けていた。ヒールのつま先が食い込み、ぶっ飛ばされるのは向こうのはずだった。
「――っっ!!」
しかし、体内からピキリと嫌な音が鳴り、わたくしは即座に後退する。必要以上に距離を取り、わたくしは観客席後方、ナナコは舞台中央に位置している。彼女は法陣の範囲外に出ており、単純計算でわたくしが数十メートルほど後退したことになる。それほど警戒に値するものだったらしい。
めちゃくちゃ地味で外連味が足りてないのに、この圧倒的な格差。観客には伝わりにくく、盛り上がりに欠け、わたくしの能力も今のところ不発に終わっている。説明書があれば……なんて思うけど、贅沢は言っていられない。
手探りだろうがなんだろうが、死なない程度に体を張って能力の条件を満たす。仏がモチーフなら、一発逆転は十分に可能。例え、総合的なフィジカルで劣っていようと、最後に笑うのはわたくしだ!!
「――!!!」
決意を新たにし、地面を蹴りつけ、ナナコに急接近する。
「………、…………!!」
振るわれるのは、二連の槍撃。真一文字に槍を薙ぎ払い、身を屈ませて避けたところに襲い来るのは、縦振りの槍。十字を描くような綺麗な軌道を描き、センスの残滓が焔が舞うようなエフェクトと化している。
まさか、この法陣……敵味方問わず、バフを与える能力? なんて予想を立てるもののしっくりこない。蓮らしき光背に関してはウンともスンとも言ってくれないし、それになにより目の前に迫る槍撃がヤバイ!!!
「……っっ!!!!」
ズゥンと地面が悲鳴を上げ、わたくしは衝撃により吹き飛ばされる。直撃は避けたられたものの、余波までは躱せなかった。舞台中央には亀裂が走り、細かく砕けたコンクリートの破片が意思を持ったように、わたくしに襲い掛かる。
箒を得物にしていれば、あんなもの御茶の子さいさいだった。パッと見でゴミと判定されるものなら、さっと掃除できるイメージが湧く。……失敗したな。ショーを盛り上げるためにハジケた能力を目指したけど、それが裏目に出た。勝つことだけを考えるなら、箒のままでよかった。でも、人様から見世物としてお金を頂いている以上、それじゃあ成り立たないのよね。
「…………ふぅ」
わたくしは呼吸を整える。迫り来る破片に身を切り裂さかれながらも、落ち着きを取り戻す。仏の本質は恐らく、『動』よりも『静』にある。能動的な行為には大した恩恵は得られず、静的な行為には何らかの恩恵があると読んだ。
蓮の花言葉は『清らかな心』。世の中を清潔に保つ企業理念と通ずるものがある。わたくしと無理やり接点を持たせるならそこだ。間違ったかもしれない選択肢についてとやかく議論しても意味はなく、今、目の前にあるものに感謝して、それを活かせるように創意工夫する方が建設的だと判断した。
それに応じるかのように、光背となる蓮の花弁が一枚落ちた。地面に触れ、法輪が回転し、八つの頂点から織り成される円が一つだけ進んだ形。まず間違いなく、何らかの条件を満たした。仏の力を一部使えるようになったと考えてもいい。よっしゃあ! これでオクトーバーフェスト編、完結!!
「――っっ!!!」
わたくしは左足で受け身を取り、蹴りつけ、一直線に突き進む。その勢い余るままに左拳を振りかぶり、攻防力80%程度でナナコの顔面へと打ち込んだ。
「…………」
しかし、またもや通じない。直撃したにもかかわらず、全く効いていない。なんつー、頑強な肉体。鬼の特性か、はたまた、センスの精度がズバ抜けて高いか。なんにせよ、右足と同じで使い物にならないな。負傷による威力減衰を考慮に入れれば、今の彼女の防御を突き破ることは不可能。仏の能力による治癒も期待できないし、わたくしのやれる範囲で上手にやり繰りするしかない。
メイド服のスカートに右手を突っ込み、そこから取り出したのは黒い刀身が特徴的な軍用ナイフ。世界最硬の鉱物『黒鋼』が用いられており、センスを流し込めば簡単に折れることはないし、刃も欠けない。肉体の強度で劣っているのなら、硬い得物に変えるまで。
「――――」
ナイフを逆手に構え、わたくしは右腕、左腕、胴体と流れるように斬撃を放った。ナナコの肌に触れ、センスが通った感触がある。想定通り、刃が欠けることもなく、得物としては十分に機能している。
しかし、飛び散るのはセンスの火花のみ。『黒鋼』を上回る強度を持つ鉱物に弾かれているような感覚。わたくしを基準とした絶対評価で見れば高い水準にあるはずものが、ナナコと比べた相対評価で見ると劣っている。
まずいな……。このままじゃ勝てない。ステージ裏に回れば、商社の社員が待ち受けているけど、それじゃあ興行として失敗だ。リアルのトラブルを演目に落とし込めてこそ真のエンターテイナーと言える。だから、身内を頼るわけにはいかない。ここはわたくしの独壇場。トップとしての器量が問われている。
「…………」
その考えに呼応するように、蓮の花弁が一枚落ちる。地面に触れると、刻まれた法輪が一つ進み、再び何らかの条件を満たしたのが分かる。頂点は八つあるから、恐らく、後六つほど前進させれば、何らかの成果が得られる仕組み。一つ進むごとに線形の恩恵が得られるのではなく、八つ進んで非線形の恩恵が得られるとみていい。……それまでは忍耐力が試される。死なない程度に後六回苦行を重ねればいい。
「――――――」
対するナナコは頭上で槍を振り回していた。なんらかの技に繋げるための前動作。隙の多い溜め。本来なら邪魔したいところだけど、今のわたくしの攻防力だと彼女を止めることができない。有効打に欠けている。それでも……。
「……ちぃっ!!!!」
攻防力100%をナイフの刃先に集中させ、威力を底上げする。これ以上のバフは望めない。紛うことなき全力の一撃だ。止めることができなければ、勝敗は決する。そう確信できるぐらいの何かが彼女の槍に備わろうとしていた。
蓮の花弁が一枚落ちる。地面に触れ、法輪が一つ進む。もはやそんなことはどうだっていい。手の込んだギミックはいらない。後々に活きるものだとしても、死んだら意味がない。わたくしは今、力が欲しいのに……。
「――――」
振り回された槍は見た目が変わる。槍先に薙刀のような熱の刃が付与される。わたくしは反射的にナイフを上段で構え、両手で支え、身を守った。それを嘲笑うかのように熱波が肌を突き抜け、『黒鋼』の刀身を焼き払い、そして、わたくしは。
「………………かはっ」
致命的な裂傷と火傷を負った。




