第17話 夢と魔術のショー
魔術。何らかの物体に意思の力を流し込み、刻まれた術式に呼応した異能を引き出すことを指す。詠唱が必要になるものもあれば、不必要なものもある。出力や精度は前者が上で、速度は後者が上だ。触媒となる物体に大した制限はなく、本人の強い思い入れや身に着けた日数が何でもない物体に力を与えることもあった。
彼らはその専門家だ。
「――――」
大型テント内の舞台に浮かび上がるのは巨大な水の球体。その奇妙奇天烈な光景の根幹を担っているのは、天球儀。魔術商社『リーガル』の社員と思わしき黒のボンテージを着た女性が赤のセンスを注ぎ込み、複数の金属が重なる輪を回転させ、水球を呼び出している。顔はピエロのような白塗り。髪は左右で分かれた赤と黒のツートンカラーのツインテール。左目の目元には天秤のような刺青が刻まれている。その奇抜な見た目は彼女本来のものなのか、サーカスに向けて気合いを入れたメイクなのかは不明。ニコラやヴォルフと言った幹部クラスではなさそうだけど、意思能力者として必要最低限の水準に達しているのは間違いなかった。
使い手の情報はともかくとして、魔術の面白いところは視認性にある。一般人は意思の力を体表面に安定させた光……センスを見ることはできないけど、物体にセンスを通した場合に生じる魔術は目で見ることができる。どういう原理原則なのか私には分からない。現実に存在する物体をかますことが鍵なのかな? まぁ、なんにしても、あの巨大水球は身内だけで通用するノリで済まない。
「「「「「――――おお」」」」」
観衆のどよめきが期せずして重なり、大半の人間が似たような反応を示している。感心、賞賛、敬服。各々によって微妙にニュアンスが違うものの、否定的な反応を見せている者は皆無といっていい。ただ、彼女の『芸』はそこで終わらず、生じた水球は四方八方に飛び交い、意思を持ったように動き出した。
形作られたのは無数のイルカ。それらが縦横無尽に飛び交い、時には大きくジャンプして、空中に生じた水の輪っかをくぐっている。相当な練度と操作性だ。水族館顔負けのショーであることも見事だけど、それらを一人で全て賄っているのがヤバイ。イルカ一頭だけを操り、精度の高いパフォーマンスを行っているならまだ理解できるけど、場にいるのは数十頭。ゲームとかだと一人が繊細に操作できるのは一人のキャラクターまでだけど、彼女は一人で数十人のキャラクターを同時に操作している感覚。どうやっているのか全く想像がつかない。脳で並行処理しているのか、あらかじめ決めたコースをなぞっているだけなのか。
なんにしても、ただ者じゃない。魔術道具を介しているとは言っても、意思の力をそれなりに扱える程度の芸当じゃなかった。
「きゃー!!」
思考に気を取られていた時、女性の叫び声がテント内に響き渡る。……しまった。芸の分析に意識を割きすぎてしまっていた。私はステージの裏側から身を乗り出し、三叉槍を構え、声がした方向へ急行しようとする。
しかし、すぐに勘違いだったと気付いた。キャッキャという柔らかな声が聞こえ、空中を飛び交うイルカが軽く破裂し、観客に水飛沫を飛ばしているだけだった。そういえば、前もって防水コートの着用を義務付けていた。少し考えれば分かるはずなのに、早とちりもいいところだ。警戒するに越したことはないけど、今回に関しては私が動くまでもないことだった。
踵を返し、私は槍を背中にしまい、幕がかかったステージの裏側へと戻る。そこにいたのは、バイエルンの民族衣装であるディアンドルを着た金髪の少女。どこかで見た顔だと思ったけど、すぐに察した。休憩時間に写真撮影をせがまれた子だ。もしかしたら、私の顔を見かけて会いに来てくれたのかもしれない。
「あら、どうしたの? サインでも欲しい?」
私はその場に屈み、目線を合わせて、声をかける。
「いらない。別のものが欲しい」
「なにかな? お姉さんができることなら何でもやるよ」
なんでもないやり取りを重ねると、少女は首にかけていたインスタントカメラを私に向け、パシャリとフラッシュを焚いた。急激な明暗の変化に一瞬だけ視界が明滅し、見えるようになった頃にはカメラ下部から一枚の写真が取り出されていた。少女はそれを激しく振っている。インクを早く乾かすために浸透したものだけど、それは間違った知識だ。写真を構成する薬品が偏ってしまう可能性が高く、現像の歪みや色飛びに繋がってしまう。
教えてあげてもいいけど、これはこれで味かな。彼女がここに来た目的は、紅白の袴を着たバージョンの私を撮ることだったんだろうけど、歪みや色飛びが後々の良い思い出になるかもしれない。……なんてことを考えていると、写真の現像が概ね終わったらしい。専門的に言えばもっと乾かす必要があるけど、中身を確認できる程度には色素が定着していた。彼女は写真を自慢らしく見せるように、私の方へ向けている。それ自体は可愛いものだ。年相応の無邪気な振る舞いだ。でも、映った写真は可愛くない。私が写っているはずなのに、悪い方向に偏っているように見えた。題名をつけるとすれば、『ダークサイドに堕ちた私』。鬼の要素が誇張され、人相は悪く、目の前の少女を食ってやろうという後ろ暗い意思を感じる。
「あの、これって……」
「欲しいのは、きょーきらんぶ。飢えたおねえちゃんならできるよね?」
私は言われた瞬間に理解した。彼女の正体は――。
◇◇◇
舞台の裏辺りでフラッシュが焚かれたような明滅があった。勘違いかもしれない、気にしすぎかもしれない。それでもあたしは現場に急行した。ルドルフが仕掛けてくるのが読めているんだ、気にし過ぎるに越したことはない。
「…………っっ」
あたしは思わず息を呑んだ。メイド服の裾をギュッと握りしめ、目の前で起きている現象を必死で受け止めようとした。こうなる可能性は頭の中にあった。人ならざるものと手を組む時点でリスクは大なり小なり存在していた。……ただ、彼女がここまで落ちぶれるとは思いもしなかった。
「子供に手を出すとか超終わってる。人外でも通すべき筋はある」
今にも襲い掛からんとばかりにナナコは飢えていた。鋭利な牙を見せ、槍すら構えず、前屈みの姿勢で獲物を狙い定めている。野生の本能が理性を上回っている。幸い被害が出ていないけど、こうなったら手遅れだ。良い化け物には住んでもらって構わないけど、悪い化け物を住ませるほど器は広くない。彼女は一線を越えた。れっきとした駆逐対象だ。化け物の意識改革を起こす主人公にはなり得ない。
何がなんでもあたしがここで食い止める。私利私欲だろうとなんだろうと、私の世界の中心は『ジェノ・アンダーソン』だ。彼なくしてあたしは成り立たないし、その世界にそぐわないものはいらない。舞台の演出の一部となって消えてもらう。
「――――っ!!!!」
野獣めいた声を上げ、ナナコは子供に右腕を伸ばし、爪を振りかざす。
「…………」
あたしは大きく踏み込み、右足を蹴り上げ、それを食い止めた。事前に想定していたような威力はない。やや筋肉がついた一般女性程度の膂力しか持ち合わせていない。手応えに若干の違和感を覚えたものの、弱いのは好都合。弧を描くように空いた左足を蹴り上げ、ナナコの顎下を捉え、ステージへとぶっ飛ばしていく。切れ目としてはちょうどいい。水のパフォーマンスは感じよく終わったばかり。
「演目変更。ここからはセレーナ・シーゲル様の独壇場よ!!!」
次なる展開を裏方に聞こえるように言い放ち、私はステージに舞い降りた。




