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ナナコChannel  作者: 木山碧人
第十一章 オクトーバーフェスト

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第14話 開演

挿絵(By みてみん)





 9月20日正午。雲一つない晴れ間が広がり、本来なら空き地であるはずのテレージエンヴィーゼは活気に包まれていた。歌やダンスのステージや観覧車などのアトラクションが用意され、外周沿いにはレース用に仕切られたコース、空き地の至るところには無数のテントが立ち並び、大勢の人で賑わっている。


O'zapftザプフトisイズ! (栓が抜けたぞ!)」


 テント内の壇上に響き渡るのは、黒髪髭もじゃの温厚そうなミュンヘン市長の声。白のシャツに、サスペンダー付きの膝丈の革パンツという伝統的な民族衣装の上に革製のエプロンを装着し、ビール樽に蛇口の注ぎ口を木のハンマーで数度打ち付け、ハンドルをひねり、黄金色に輝く液体がガラス製の大ジョッキに注がれている。時を同じくしてテント外では十二発の礼砲が鳴り響き、人々は歓声を上げた。


 オクトーバーフェスト恒例の開会の儀式だ。1810年頃に初めて開催された時は王太子と王女の結婚を祝い、庶民と貴族が入り混じり、食事や競馬大会などのスポーツイベントを楽しむものだった。今となっては世界最大規模のビール祭りという認識が広まり、一日の来場者数は約40万人。その数字がそのまま、これから始まることの犠牲者になる可能性を秘めている。


「…………」


 テント内で開会の一部始終を見届けた私は外に出る。白のブラウスに、赤を基調とした胴衣とスカートとエプロンを装着し、留め具となるリボンは後ろで結ばれる。頭部には黒のフェルトハットを深く被り、額から帽子を突き破るように生える二本の黒角を誤魔化していた。私と同じ格好の人は大勢いる。バイエルン地方の伝統的な民族衣装だ。ウェイターもそうだけど、祭りに参加する大半の女性が好んで着用していた。私服で参加する人の方が少数派だと言ってもいい。


 ここからは予定が山積みだ。イベントにはいくつか申請しているし、顔を出さないといけない場所も多くある。それにルドルフが、いつ、どのタイミングで仕掛けてくるか全く読めず、何が最後の封印の根幹を握っているのか分からなかった。


 とはいえ、全く予想を立てていないわけもなく、私が次に足を運んだのはテレージエンヴィーゼの西端にある小さな丘。世界最大の祭りを俯瞰できる絶好の位置にある。そこにはギリシャ神殿風の建物があり、近くには巨大な銅像があった。


 バヴァリア像。バイエルン地方に伝わる女性の守護神であり、高く掲げた左手には樫の葉の冠、腰近くに添えられた右手には剣が握られている。衣服はギリシャ風のキトンを身に纏い、その上に熊の毛皮を羽織う。そのすぐ隣には巨大なライオンの像が並び、女神と共に祭りの会場を睨みつけるような構図となっていた。


「祭りが盛り上がれば封印は解けない。盛り下がれば封印は解ける」


 私はこれを最後の封印だと断定し、予想される条件を口にした。こじつけかもしれない。論理の飛躍かもしれない。それでも、可能性としては存在している。もしこれが事実で、生半可な気持ちで挑んで、『旧人類』が一掃されれば、悔やんでも悔やみきれない。だから、私は……。


「ここにいたか。そろそろ支度せい」


 そこに声をかけてきたのは、白のカッターシャツにグレーの軍用ズボンを着用した少女の悪魔リア・ヒトラーの姿。上空から颯爽と現れ、背中に生えた羽根を畳み、私に目線を送りつつ、会場を見下ろしている。注視されている場所には、会場外周に特設されたレース用のサーキットがあった。スタート地点には、BMW社の電気自動車が続々と集まってきており、キャラクターが描かれたステッカーがでかでかと貼られている。……まずは第一フェイズ。Vtuberに馴染みの薄い聴衆の心を一気に掴む。


「鬼龍院みやび杯が始まるぞい」


 ◇◇◇


 鬼龍院みやび杯。10台の車が外周を3周して、1レースの勝者を競い合い、それが10回ほど予定されている。レースの模様はネットで配信されており、操縦者は『775プロダクション』に所属するVtuberが遠隔操作で対応していた。基本は自動操縦モードで、アクセルとブレーキとハンドルのタイミングは、Vtuber側に半分ほど依存する。コースアウトやハンドリングミスなどの事故が起きないよう、危険を感知すればAIが操縦を遮断するよう設計されており、何かあった場合に備えて、リアルのドライバーも中で待機していた。表面上は声と操縦は別だと通してある。


 これが法律内でやれるギリギリのエンタメ。本当なら賭博をしたり、ゲーム顔負けの障害物を設けたり、リアルドライバー抜きの完全遠隔操作でやらせたいけど、現実世界で生きる以上、守らないといけないルールがある。


 それに私は私の事務所に所属するライバーの力を信じている。企画力さえ強ければ演者力が弱くてもどうにかなるのは事実だけど、法律違反レベルの尖った企画を用意できなくとも彼女たちは絶対に埋もれない。


『ストレスがマッハですぅぅううう!!!』


 ドジっ子メイドのVtuber『綺羅々キラ』が操る車はスリップし、コースアウト。リアルドライバーの操縦に切り替わり、観客席に突っ込むこともなく、笑えるレベルで済んでいた。


 観客の反応は概ね良好で、会場に設置した巨大モニターにも今のハイライトが映し出されており、笑いを誘っていた。やはりというべきか、帝国に比べればリアクションが薄い。言語の壁がないとは言っても、文化の違いは壁になる。面白いのは分かるけど、どっぷりと深くハマり込むことはないかな……ぐらいの印象。


「仕方ありません。私が一肌脱ぐしかありませんね」


 衣装チェンジを終えた私は、専用の赤いヘルメットと赤いレーシングスーツを着用していた。勢い余るままにコース上に用意された赤い電気自動車に颯爽と乗り込み、電源を入れ、ブレーキを踏んだままギアをDに入れ、運転席と助手席の間にあるPと書かれたスイッチを押し、アクセルを踏んでスタート地点へと移動する。


 運転免許と競技ライセンスは持っている。氏名や国籍は偽造したけど、ドイツの地で運転する資格は有している。鬼龍院みやびの名は明かせないものの、ここはナナコChannelの主、八重ナナコとして嫌われ役を買って出よう。


「三次元に顔を出せないVtuberは、二次元に引っ込んでてもらいましょうか!」


 道路中央に立つレースクイーンがドイツ国旗を降り下ろし、最終レースが開始される。参加者は私を除き9名。勝者には私の全財産が相続される手筈となっている。

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