第13話 対話
9月17日20時頃。私の携帯には一通のメールが届いた。あの日以降、全く音沙汰がなかったルドルフの目撃情報だ。お金目当ての口先ばかりな偽情報ではなく、ナツキの姿が映った写真付きのもの。『仲間を連れずに来い』というメッセージだけ添えられ、私は異様な緊張感と共に指定された場所に訪れていた。
「…………っっ」
そこには地獄が広がっていた。こじんまりとしたバーの内装は、生き血でデコレーションされている。雑多に飛び散ったものではなく、インテリアの一部のように馴染んでいる。あれは確か……フェニキア文字だったかな。アルファベットの名残がありつつも、いまいち意味が読み取れない血文字が壁一面に羅列されている。
カウンター席の中央付近には、黒スーツを着た女鬼。内にはベストとネクタイをバッチリ決め、頭部には額に生えた二本の黒角が突き抜けるように設計された中折れ帽子を被っている。
テーブル上には逆三角形のカクテルグラスが二つ。赤い液体が注がれており、青いミニパラソルが添えられていた。
「座れ」
余計な前置きや自己紹介は省かれ、ナツキの声を借りるルドルフは短く告げた。七つある封印が全て解かれれば人類が一掃される……とは聞かされていたものの、それが彼の目的とどの程度まで一致しているかは分からない。オクトーバーフェストまでに動向を知れたらいいな、ぐらいに思っていたけど、まさかこんなに早く接触できるとは思いもしなかった。
「失礼します」
彼の右隣にある回転椅子に手をかけ、背もたれを動かし、腰を乗せ、正面に戻す。ルドルフと隣り合う形で座り、目線は決して合わせなかった。緊張感からか、胸前にある肩掛けのホルスターの位置を整え、紅白の袴の襟を正した。槍は持ってきておらず、向こう目線からすれば丸腰に近い状態。
殺すつもりなら、とっくにやっている。手を出してこなかったのだから、少なくとも今は話し合う余地があるということ。相手の出方次第で修羅場に変わるだろうけど、これを利用しない手はなかった。
「率直に訊こう。貴様は私のことをどこまで知っている」
ルドルフはカクテルグラスの棒状部分を指先で掴み、円を描くような動作を見せ、中身の液体を軽く揺らした。どうやら、動向を知りたいのは向こうも同じらしい。こちらが答えたら、その分だけ相手も答えてくれる保証はないけど、無視するわけにはいかない。まずは素直に話して、反応を伺うまで。
「ルドルフ・フォン・ゼボッテンドルフ。秘密結社『トゥーレ協会』の創設者であり、元を辿れば右翼政治結社『ゲルマン騎士団』の委託を受けて、表面上は繋がりを一切認めない騎士団非公式のバイエルン支部を作ったのが始まり。だから、肩書きは団長。マフィアの組織図に近く、トゥーレ協会はフロント企業で、そこで見込まれた者がゲルマン騎士団に加入できる仕組み。恐らく、あなたの目的も思想もゲルマン騎士団の主張に寄り添ったもの。異世界人至上主義というのはあなた個人の願望であると同時に、騎士団の悲願でもある」
私が語ったのは、ルドルフに関する情報をぎゅっと凝縮させたもの。ここから先の展開は読めないけど、ここまでは間違っていない自信があった。
手持ち無沙汰にカクテルグラスを揺らしていた手がピタリと止まる。それをテーブルの上に置き、無言の間がしばらく続いた。言葉を選んでいるのか、それとも、機嫌を損ねてしまったのか。間を埋めたい気持ちに駆られるも、私は決して口を出さなかった。私のボールはすでに投げられている。返すか、受けるか、無視するかは相手の問題であり、コントロールできない部分に気を揉む必要などなかった。
「異世界人についてはどこまで知っている」
彼は肯定も否定もせず、話を掘り下げる。たぶん、前提知識が乏しければ話し合う土俵にすら立てないんだろうな。ただの質疑応答のように見えて、これは私の知識量を試している。もしかすれば、ゲルマン騎士団の面接試験かも……なんて一瞬思ったけど、これは邪推かな。とにもかくにも質問には答えよう。戦うにせよ、交渉するにせよ、この工程を省略することはできない。
「今から約1000年前に突如現れた人種。シチリア島を住処とし、当時の王家を乗っ取り、マーリン王朝なる時代を築いた。後に白き神の天罰を受け、シチリア島南部を丸ごと海に鎮められ、失脚……というのが義務教育レベルの情報。もう少し掘り下げるなら、異世界人は黄金色に輝く固有の目、『魔眼』を有しており、意思能力とは一線を画する出力を発揮できる触媒を生まれた時点で持っている。どの世界からやってきて、今どれぐらいの生き残りがいて、何を目的としているかは分からない」
私が知り得る情報を包み隠さず話すと、彼はこちらを向いたのが分かる。黄金色の瞳を輝かせている姿が脳裏に浮かぶ。でも決して目を合わせてはいけない。なんの能力か判別がつかない状態で直視すれば、取返しのつかないことになる。
「ではなぜ、鬼の身体で魔眼が扱えると思う」
ルドルフは気にせず続け、本質的な部分に踏み込んだ。仮に彼が異世界人の血統で固有の魔眼を有していたとしても、鬼の身体で魔眼が使える理由にはならない。恐らく何らかギミックがある。それを解き明かさないと議論は前進しない。
「瞳術は血統が全て……というのが常識ですが、あなたは違う。いいえ、異世界人は肉体や血統に依存せず、魔眼を扱うことができる」
「条件は?」
「心。異世界人の魂さえ失われていなければ、別人の身体でも発動可能」
「だとすれば、八重椿が魔眼を使えていた理由は?」
質疑応答が続き、ルドルフはカクテルグラスに添えられたミニパラソルを掴む。彼らと切っても切り離せない因縁を突きつけられた感覚があった。答えは頭の片隅に浮かんでいる。だけど、口にした時点できっと壊れてしまう。今まで私を形作ったものが音を立てて崩れる気がした。それでも……。
「異世界人の魂に乗っ取られている。肉体は椿様でも、精神は椿様ではない」
好奇心を抑えることができず、私は思い至った結論を言葉にした。自分で口にしておきながら、全身に鳥肌がブワッと立ち、血が凍り付いたように冷えていくのが分かる。質疑応答はここで終わりじゃない。今の情報開示は始まりに過ぎない。
「現在、人口の何パーセントに異世界人の魂が入っていると思う」
「知りません」
「約1.5%。肉体が滅びようとも、我々の魂は不滅」
「聞きたくありません」
「椿の施術を受けたお前は、人間か、異世界人、どちらに該当すると思う」
「言いたくありません!!!」
耳障りな言葉から逃げるように私は席を立ち、背を向ける。彼の計画が『異世界人至上主義』を実現することだとして、七つの封印が解かれた後に『人類が一掃される』なら、答えは自ずと明らかだ。一掃の対象は恐らく、『異世界人』を除いた『旧人類』のことを指す。鬼の私や悪魔のリアは、そもそもとして対象外。だから殺されなかった。さらに言えば、私は……。
「同胞でありながら、我々と敵対するというのだな」
「知れたこと。人類に仇名すものを放置するわけがない!」
発言と矛盾した態度だと分かっていながら、私は逃げるようにバーを立ち去ろうとする。戦うには時期尚早。素直に逃がしてくれるか分からないけど、身体は逃げろと言っていた。
出口の扉まで差し掛かると、ルドルフは追ってくることなく、声をかけた。
「七つの封印のうち六つが解かれた。七つ目はミュンヘン旧市街南西にある公園。テレージエンヴィーゼが舞台になる。決行日は9月20日。私を止められるものなら、止めてみろ。どのみちお前は生き残る。一掃された『旧人類』の髑髏の上に立つのは、我々『異世界人』だ!!!」
最悪の言葉に見送られ、私はバーの窓付きの扉を開く。チリンチリンと場違いな音を奏で、目線を前に向ける。窓枠に埋められたガラスが目に入り、そこに映っていたのは黄金色に輝く瞳。それが何を意味するのかは考えたくなかった。




