第1話 始動
Vtuber鬼龍院みやび。チャンネル登録者数900万人越えを誇る大手配信者。歌ってみたやゲーム配信に重きを置き、大和撫子のような気品に満ち溢れた見た目とキャラクター性が世間のハートをキャッチ。メキメキと成長を遂げ、今や775プロダクションというVtuber事務所を設立し、数々の有名配信者を輩出している。
私は訳あってそれを賭けている。事務所の経営権と鬼龍院みやびの権利を担保にしてゲームを成立させている。対戦相手となったのは、赤髪ツインテールのメイド。魔術商社『リーガル』の代表取締役社長セレーナ・シーゲル。推定資産は数百億ドル相当だと言われている。主に運輸を生業とし、全世界即日配達が人気の理由。経営者という面だけで見れば、圧倒的に格上。お金を稼ぐ能力には自信があったけど、上には上がいるというのが世の常だった。
「これであんたのライフはゼロ。ゲーム終了。あたしの勝ちよ」
どうやら、カードゲームの腕も相手の方が上だったらしい。3D化した西洋風の騎士が鬼龍院みやびを模したアバターを切り裂き、勝負は決する。
「………」
私はこの日、インターネットで積み上げてきたものを全て失った。
◇◇◇
日時は9月10日の11時頃。私は勝負の場となったレジデンツ宮殿から背を向けて、トボトボと退散する。その帰りを待ち詫びていたのは、二名。
「して結果は?」
真っ先に声をかけてきたのは、角羽根尻尾の悪魔的特徴を有する黒髪少女リア。ぶかぶかのグレーっぽい軍服を着て、顔を覗き込むように尋ねている。
「見れば分かるでしょ」
一方で冷めた態度を見せているのは、金髪を花魁風の盛り髪に仕上げた少女ナツキ。額には鬼特有の二本の黒角を生やし、灰色の着物に袖を通している。
彼女たちとは運命共同体。化け物の地位を確立させるために行動を共にしていた。『オクトーバーフェスト』で盛大なイベントを実施して、世間の脚光を浴びようとしていたけど、雲行きは怪しい。それどころか、暗闇の真っ只中にいる。
「ごめんなさい。資金調達……失敗しましたぁ」
イベント開始まで残り10日。人望0、財力0、影響力0の状態で、私は鬼龍院みやびを抜きにして成り上がらなければいけなかった。
◇◇◇
ひとまず作戦会議をすることになり、土地勘のあるリアに案内されたのは、世界最大のビアホール『ホフブロイハウス』。ドイツ、ミュンヘンに訪れたら絶対に一度は立ち寄っておきたい場所と言われている。
私たちは木彫りの長テーブルがある席に座り、腰を落ち着ける。適当に飲み物だけ注文し、状況を整理することになった。
「オクトーバーフェストの舞台出演は申請済み。配信環境を整え、新曲もこしらえ、『鬼龍院みやび』が華々しい復活劇を遂げる……この展開は使えないと思っても構わんのか?」
耳の痛い話を切り出したのは、リアだった。敗北に対し、特に責め立てるようなことはなく、淡々と事実を整理している。申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど、彼女の目は死んでない。前向きに受け止めた上で、諦めずに計画を突き進めようとしていた。この姿勢は、見習わないといけないな。
「ええ。全く別のアプローチで人々の注目を集める必要があるでしょう。しかも、10日以内に準備して、それが鬼や悪魔の地位を向上させるキャッチーなものでなければなりません。お金と時間さえあれば、新しいガワを用意することも可能でしょうが……現実的ではないでしょうね」
「ガワというのは?」
「あぁ、えっと。Vtuberとして矢面に立たせるキャラクターのことです。絵師さんにイラストを依頼して、Live2D用のモデリングを行って、カメラと連動させることでようやく……」
「種と仕掛けは概ね理解した。確かに、現実的ではないな。数か月ほど準備に時間をかけられるならまだしも、10日では絶対に間に合わんぞい」
運ばれてきたオレンジ色の炭酸水には誰も手をつけず、場は重苦しい雰囲気に満ちる。これまで入念に進めてきた計画が頓挫しかけている……その事実を認めざるを得ない状況であり、それが思ったよりも心理的負担になっていた。
「だったら、リアル路線に舵を切るしかなくない?」
そこで声を上げたのは、隣に座るナツキ。グラスを手に取り、ゴクリと炭酸水を胃に流し込み、吹っ切れたような態度を見せている。
「……というと?」
「土俵を二次元じゃなく、三次元にしたら? それならお金も時間も大した手間もかからないし、スマホ一つで成立する。私たちはノーメイクで鬼や悪魔なんだから、ありのままで覇権を握れると思うんだけどなぁ」
私は無意識に立ち上がる。紅白の巫女服の懐から携帯を取り出し、チャンネル登録者数4人と表示されるアカウントを立ち上げる。『ナナコChannel』。それはVtuber参入前に趣味で始めたもの。顔出しなしのゲーム実況動画を数本投稿し、思ったような成果が得られず、心が折れて非公開にしたものだった。
「なに? 変なことでも言った?」
挙動不審な私を警戒したのか、ナツキは引き気味で様子を伺った。血は争えないというかなんというか。彼女にもエンターテイナーとしての素質が備わっているのを感じる。お金も時間も影響力もないけど、演者が超優秀ならワンチャンある。
「いいえ、その逆ですよ」
思い立ったが吉日。私は息を吸うのと同じレベルでライブ配信の開始をタップし、カメラを内向きにした。全世界に映し出されるのは三次元空間にいる私。金髪サイドテールで紅白の巫女服を着た女鬼の姿が露わになり、同時接続数が五人に増えたのが確認できた。どうやって嗅ぎ付けたのかは分からないけど、やるべきことは変わらない。やると決めたからには腹を決めなければならない。
「どうもナナコです。私は今、ドイツのミュンヘンにある『ホフブロイハウス』に来ています。注文した商品はオレンジエイド。砂糖と甘味料がたっぷりって感じですね。早速、お仲間と味わいたいと思います」
◇◇◇
「お前……芯からおもんないな。素人の日常を切り取っただけのようにしかなっとらんぞい。本当に900万人越えのチャンネルを作り上げた女か?」
放送を終えると、リアは端的で辛辣なフィードバックを述べた。仰る通りのひどい有様で、コメント数はゼロ、最大同時接続数は五人で止まったまま、初配信の幕は閉じた。誰もが最初は通る道だろうけど、『鬼龍院みやび』という一度掴んだ栄光が足を引っ張っているのを感じた。
幸せの期待値が上がり過ぎている。宝くじに当たって、生活水準を上げてしまい、元の生活に戻れなくなった状態と似てるかな。昔の当たり前は、今の当たり前じゃない。一発当てられることはできたけど、それが再現できなくなった場合、過去の自分と今の自分との比較が始まる。昔の水準に満たない場合、苦しさだけが残り、精神的には不幸な状態が続く。期待値なんて低ければ低い方がいいに決まってるけど、やりたいことを実現するには、『鬼龍院みやび』に負けずとも劣らないところまで引き上げる必要があった。
「返す言葉もございません……。言い訳になるんでしょうが、どうしてもリアルだとスイッチが入らないんですよね。真面目に返してしまうというか、キャラクターに振り切れないというか。方向性が定まってないというか」
「三次元で通用する分野を探すところから始めねばならんか。手っ取り早く数字を取ることも大事ではあろうが、魂との方向性が一致していなければ、成果は最大化せんだろうし、難儀であるな。前職の経験を活かすなら、『アイドル』に振り切った方がいいとは思うが、今のままでは正直言って厳しいな」
リアと私は建設的な会話を重ね、評価を得るための議論を進める。蚊帳の外にいるナツキは私の携帯をいじり、画面と睨めっこしていた。彼女には彼女なりの考えがあるのだろう。特に何も思うことはなく、話し合いを続けようとすると。
「あ、アーカイブにコメントきた」
ナツキは持っていた携帯をこちらに寄せ、全員に見えるようにした。「どれどれ」とリアは画面を覗き込み、私も無言で画面を見つめる。コメントよりも先に目に入ったのは、表示されるアカウント名である『支配の騎士』。神話モチーフの威厳ある名前に思わずゴクリと唾を飲み、心の準備を整えた。そして、視線を右に送り、書かれた文字列がようやく目に入った。そこに書かれていたのは――。
『オフ会キボンヌ。本日正午のニンフェンブルク城にて待っておりますぞ』




