第1話:影からの帰還と、世界が忘れた「一秒」
【時間停止の復讐者】の続編です。
存在の希薄化
九条刹那が、自身の存在を『時間跳躍』によって世界の「流れ」の中に溶け込ませてから、二年が経過した。
彼は、時間の流れから「半歩だけ外れた」状態、すなわち、世界が認識する『時間』の影に潜んでいた。彼の視界に映る世界は、常にわずかな時間のズレを伴い、周囲の人間や物体の動きは、通常の三割程度の速度で動いているように見えた。これは、彼が世界に干渉しない限り、誰にも認識されない『非存在の領域』だ。
刹那は、東京郊外の古い教会の鐘楼を隠れ家としていた。ここなら、新生魔法庁の最新鋭の魔力感知システムも届かない。
「……二年か」
刹那は、冷たい石壁にもたれながら、窓の外の夜景を見下ろした。魔法庁の再建は順調に進み、神崎零司の主導のもと、組織の腐敗は一掃されたかに見えた。新聞やニュースは、彼の功績を称賛している。
(零司の『法』は、確かに世界を清めた。だが、『影』は残る)
刹那の『時間再構築』の能力は、過去の経験によって進化していた。彼は今、『時間跳躍』を『広域監視』に応用し、一週間先の『時間のノイズ』を感知することができる。
その能力が、今日、けたたましい警鐘を鳴らした。
違和感の感知と、最初のノイズ
深夜零時。刹那は、東京湾岸部の高層ビル群の一角に、極めて異質な「時間のノイズ」を感知した。それは、単なる魔力の乱れではない。『あるべき時間が、そこから綺麗に削り取られている』ような、空虚な違和感だった。
(これは……『時間停止』ではない。時間の流れを、局所的に『盗んでいる』?)
刹那はすぐに『時間跳躍』を発動し、自身の存在を時間軸に沿って、湾岸部のビルの屋上へと移動させた。彼は、通常の時間軸で、自身の魔力を最大限に抑制し、影から状況を監視する。
ビルの屋上には、厳重なセキュリティが施された大型金庫が設置されていた。新生魔法庁の『時空技術研究部門』の極秘保管庫だ。
金庫の周りには、魔法庁の警備隊が倒れていた。彼らの体は無傷だが、意識を失っている。
そして、金庫の扉は、魔術的な痕跡もなく、まるで最初から存在しなかったかのように、円形に切り取られていた。
その切り取られた空間から、冷たい風と共に、一人の少女が現れた。
時の管理者
少女は、十代後半に見える。黒いタイトな戦闘服をまとい、腰には、砂時計のような形状をした特異な魔導具を携えていた。彼女の瞳は、まるで夜空の星雲を閉じ込めたかのように、青く、そして深い輝きを放っている。
彼女は金庫内部に入ると、目的のブリーフケースを手に取り、無感情な表情で呟いた。
「完了。『座標T-49、一秒の回収』」
彼女が金庫から出てきた瞬間、刹那は彼女の背後から放出される微細な魔力に気づいた。それは、刹那の『時間法則』とは全く異なる、『時空の扉』を開閉するための魔力だった。
(時空を操る魔術師……。しかも、空間の移動ではなく、『時の次元』の移動だ)
刹那は、彼女が立ち去る前に、状況を理解しようと、『時間再構築』の応用技である『現象痕跡の読み取り』を放った。彼の魔力が、少女がいた空間に触れた瞬間、刹那の脳内に、たった一秒の映像が逆行して流れ込んだ。
少女が、金庫の扉を切り取るのではなく、『金庫が作られる前の時間』の空間を一瞬だけ呼び出し、そこから侵入する様子。そして、彼女が回収したブリーフケースの中身は、『一つの大きな、ガラスの破片』だった。
「時の協会……」
刹那の脳裏に、師である冴子から聞いた、都市伝説的な裏組織の名前がよぎった。彼らは、『時間』そのものを資源として扱い、歴史を裏側から操作していると噂される。
追跡者と、クールな接触
少女が、時空の扉を開き、消えようとした、その瞬間。
「動くな。『時の管理者』」
刹那は、自身の『非存在の領域』から一歩踏み出し、通常の時間軸に戻った。彼の声は、夜の屋上に、冷たく響き渡る。
少女は、自分の存在を認識した人間がいたことに、初めて表情を動かした。彼女の青い瞳が、刹那に向けられる。
「……私のコードネームを知っている。そして、私の『時空の扉』を感知した。あなたは……」
「九条刹那だ。君が盗んだものは、何だ」
少女は、警戒しながらも、ブリーフケースを強く抱きしめた。
「あなたは、世界の法則から外れた存在。私に関わるべきではない」
「僕は、世界の『法則』そのものを監視している。君の行動は、未来の大きなノイズになる」
刹那は、『時間停止』を発動することなく、ただ立ち尽くす。彼の魔力は、『空間干渉増幅器』を介し、少女の周囲の『時空の扉』の座標を、微細な時間のズレで乱していた。
少女は驚愕した。
「私の時空転移の座標を、時間干渉で固定した?まさか、この時代に、あなたほどの時間魔術師がいたとは……」
刹那は、クールな表情のまま、一歩踏み出した。
「君を追う者がいる。そして、僕は、君の行動が引き起こす『混乱』を、見過ごせない。話を聞かせてもらう」
刹那の背後の空気に、零司の空間魔術特有の、冷たい魔力の予兆が感知された。
(神崎零司だ。もう、追跡が始まったのか!)
少女は、自身の能力を刹那に封じられ、さらに後方からの強大な追跡魔力に気づき、静かにブリーフケースを置いた。
「……分かった。私はリナ。あなたと話す時間はある。だが、この追跡者は、厄介だ。私に、『時空の扉』を、『あなたにだけ開く一瞬』をくれれば、私はあなたを『未来の安全な場所』へ連れて行ける」
刹那の目の前には、零司の「法」の追跡、そして、リナの「時空の扉」という、新たな選択肢が提示された。
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