おくのほそ道逃走編
※本作はフィクションです。実在の法律・人物・団体とは一切関係ありません。
「いやぁ、いい天気だなぁ」
「そうですねぇ。いい旅日和っすねぇ〜」
「…。」
ワシ芭蕉、出版社からの締め切りに追われる生活から逃げるために旅に出たら、編集の曽良に捕まった。
そのまま流れでみちのく二人旅(仕事付き)。
泣きたい。
***松島や ああ松島や 松島や***
「あー、…駄目っすね」
「まって!ちょっと聞いて曽良くん!ね、ね。先生の話ちょっと聞いてみよっか?ね。
…ワシ、割と俳句の大家じゃん?」
「自分で言います?それ。」
「と、に、か、く!ワシは巷では俳句のすご〜い人って認識なわけですよ。
そんなワシがね、こんな句しか詠めませんでした、ってなったら、皆はどう思う?」
「ボケたと思う」
「違う!!…『あの芭蕉先生でも表現しきれないほどの絶景か!』ってなるわけですよ。ね?
これはね、ワシの高名さを逆手に取った斬新かつ効果的な超絶技法なんですよ」エッヘン
「却下」
「なんでえ〜っ!?」
「そういうのは禁じ手っす。一生に一度やっていいかどうかの捨て身の技っす。
それに、斬新て言いますけど、誰もやってないってのは、『誰もが思いつくけど敢えてやらない』っつーだけっす!
藩校の中等生とか、寺子屋の上の子辺りで、ミョーな万能感に目覚めた子が、『誰も思いつかないこと思いついた俺天才!』とか勘違いしてやる、誰もが一度は通る道ってヤツです。先生、爺ぃでそれは寧ろ遅いくらいです」
「酷くない?」
「どうせ先生あれっすよね?昨日接待で酒アホみたいに飲んで、二日酔いでフラフラだから適当なこと言って終わらせようとしているだけでしょ?
なので、却下っす。ハイやり直し」ビリビリ-
「ああっ!わしの句がぁ〜!!」
ね?こいつ酷くない?
もうね、旅の始まりからずっとこれですよ。ワシのこと、少しも崇めないの。こんなド厚かましいのコイツくらいなモノですよ?
泣きたい。
❲曽良の編集日報 ◯月◯日❳
先生がまた逃げた。今回も何とか捕まえたが、全く度し難い。逃走癖さえ無ければ良いのにと常々思う。
しかし、先生はやはりさすがである。今日の句は、確かに先生のこれまでのキャリアという裏付けがあってこそ活きるもの。いわば先生の俳人としてのこれまでをすべて費やした壮大なオチである。素晴らしい。
しかし、先生の俳人としての評価が地に堕ちる危険性も高い諸刃の剣であることも事実。俳人から廃人へのジョブチェンジは流石に勘弁願いたい。
ここは一旦『従者曽良』の作という体で世に出し、様子をみようと思う。
***夏草や 兵どもが 夢のあと***
「うーん…まあ…良いんじゃないっすか」
「…」イラッ
ホントなんなのこいつ。ワシに対してこの態度、おかしくない?
じゃあ、お前がやってみろよ!っていったら、割と凄い句詠むしさ。
もうワシ要らなくない?こいつが旅して句詠んでくれば良くない?
ワシ帰って良い?
❲曽良の編集日報 ✕月✕日❳
やはり先生は素晴らしい。この曽良、先生の担当編集になれた幸運を改めて噛み締める。
今日はあまりの素晴らしさに、批評することも忘れてしまった。担当編集失格だ。しっかりしなければ。
***閑さや 岩にしみいる 蝉の声***
「セミが五月蝿い、ってしか言ってないじゃないすか?山寺感どこにあるんすか?」
「静かさとさぁ!じわーっと染み込んでくる蝉の声がさぁ!こう…グッとくるじゃないですかぁっ!?」
「語彙力貧困すぎません?」
「ワシにワシの句の解説をさせるなぁっ!!」
もうやだ。なんでこいつ、俳句雑誌の編集やってんの?ワシに対する会社ぐるみの嫌がらせ?もう他に移籍しようかなワシ。
❲曽良の編集日報 △月△日❳
セミの喧騒により、静寂を引き立たせるのみならず、その蝉の声の臨場感を表現させるその技量。この曽良、感服いたしました。我が社の宝、いやこの国の宝。逃がしません、逃がしませんぞ。
ただ申し訳ありません先生。それでも編集たる曽良、厳しいことを言わざるを得ぬのです。
***五月雨を 集めて早し 最上川***
「雨降ったら、多摩川だって荒川だって、なんならそのへんのドブ川だって流れ速いじゃないですか?」
「君、殴って良い?」
もうやだ…ワシ帰りたい。
❲曽良の編…(略❳
二人の旅は、もう少し続く。




