いつぞやの勝者は遊ばれる
5月某日。サークルを作ってから丁度1週間がだった。その間特になにもなく、ただいつも通りの平和な日常。
少し変わった点があるとするなら、大学が終わった後の夕方、一緒に過ごす友人が1人増えたことくらいだ。
もう一つある。サークルを作る際にサークル長を決める必要があるらしい。すると勝手に俺の名前が書かれていた。俺がこれを知ったのは夏美がサークル設立届けを出したその日の夜。
「あ、そういえば」
俺が部屋でゆっくり本を読んでいた。秋人はその日バイトでおらず、夏美は少し遅れてやってきた。そして部屋に入って、一息ついたタイミングで思い出したように言う。
「サークル長、冬馬にしといたから」
「……ん?は?え?」
あまりにも事後報告すぎる。
「だってしょうがないじゃん。代表の名前書かないとだったし」
「せめて相談して!?」
俺が食い気味に言うと、夏美は少しだけ肩をすくめた。するとなぜか首を傾げてから、ふっと距離を詰めてきた。
「んー。じゃあ、今相談する?」
近い。体が反射的に逃げようとするが、逃げ場はない。
「それよりさ、LINE。まだ交換してないんだけど」
そういいながら夏美は俺のスマホを覗き込むような形になった。覗き込むというより、体ごと寄せてきた。
腕に柔らかい感触がある。このままあと1時間は堪能したい。だが、絶対にわざとだ。多分。
「……夏美。なんか近くね?」
「え?そう?私仲良くなったらこんな感じだよ」
とぼけた声とは裏腹に距離は変わらない。なんならさっきより近い。
「ほら、LINEのQR出してよ。読みこむからさ」
言われるがまま、画面を操作する。彼女の長い髪が肩に触れる。そしてとてもいい匂いがする。
「……よし。登録しといたよ」
「そんでとりあえず離れてくれな?」
そう言っても彼女は口角をあげるだけで全く動かない。
「冬馬、サークル長なんでしょ?」
「それと今の距離になんの関係があるんだよ」
「連絡取れないと困るでしょ。責任者なんだから」
そう言って、ようやく一歩分だけ離れる。
胸の奥に残る妙な熱と、何事もなかったかのような彼女の笑顔。
——完全に遊ばれてる。
なんかいらないことまで思い出した気がする。
それでサークル長になった、柊冬馬つまり俺。そこまでを思い出したところで、現実に引き戻される。
大学の授業が始まろうとしていた。いつも通り授業を1人で受けようとしていた。教室の1番後ろ、しかも廊下に近い位置だ。集中する気のない俺にとってはこれ以上ない、ベストプレイスにいる。3人がけの席だが、隣に座ってくる人はほとんどいない。
さて、授業始まる前に飲み物でも買いに行きますかね。そう思い、何気なく隣を見ると1席開けた左側に夏美がいる。
夏美……????
気のせいだ。きっと回想してたものが見えちゃう病気になっちゃったんだ。もう一度隣を見るとやはり夏美がいる。それどころか微笑みながら手を振っている。
「冬馬って、反応面白いね」
「なんで夏美がここにいんだよ……」
俺はげんなりした声で飲み物を買うのを諦めて座った。
そのとき、少し前の方から、こちらをチラチラ見ながら
「あれって……榎本さんの彼氏かな?」
「どうなんだろう。名前呼びしてたからそうかも?」
そんな声が聞こえてきた。
確かに夏美が目立つ理由は、顔立ちだけじゃない。清楚な格好をしているのに、どうしても視線を集めてしまうところも含めて、夏美は学部内でそこそこ有名だった。真面目で優しく、笑顔も多い。そして可愛い。
このスペックを考えると、みんなが噂するのも頷ける。
「なんで隣にいるんだよ夏美。友達と受けるんじゃないの?わからんけど」
「友達には今日からサークルの人と受けるって言ってあるから。安心してね」
語尾にまるでハートマークが付きそうな言い方だ。
「俺と一緒に受ける理由なくない……?ちょっと待て。『今日から』って言った?」
「そうよ?冬馬は私と授業受けるのが嫌?」
彼女は眉をわずかに下げ悲しそうな表情になった。
そこで悲しそうな顔をするのはずるい。周りの視線も、さっきからやたら冷たい。ついでにいうと世間の視線まで冷たい。
「嫌ってわけじゃないけど……まあいいよ」
ため息混じりにそう答えると、
「知ってる。どうせ許してくれるから座ってたの」
夏美は悪びれた様子もなく、俺の方を見てにこっと笑う。
……こいつ、絶対わかっててやってる。悪魔め。
俺は思ってもいない返答が返ってきたので少々驚いたものの少しずつ慣れてきた。夏美はこういう性格らしい。
授業のチャイムが鳴る。先生がドタバタと教室に入ってきて、慌ただしく準備をしている。その直後隣から「あっ」と小さい声が聞こえ、見てみると
「パソコン充電するの忘れちゃった冬馬ちょっと見して」
そう言われて、俺はiPadを取り出しそれごと彼女に手渡した。その瞬間1席開けていたところを詰められている。
……突っ込むことはもう諦めた。諦めることも時に肝心。
「それ使ってていいよ」
「ありがとう。でも冬馬はいいの?」
夏美は不思議そうにiPadを受け取りながら答えた。
「俺はこの授業基本寝るから」
「……」
呆れたような沈黙があった。もう何を言っても無駄だと、無言で告げられているような気がする。
「じゃ、寝るからおやすみ」
そうして、俺は机に突っ伏した。
「冬馬、授業終わったよ」
夏美の声が聞こえる。どうやら授業はもう終わっているらしい。だが、まだ少し眠気が残っており俺はそのまま二度寝をしようと試みる。
しかし、それを許すはずもなく
「冬馬?起きて。終わったよ?もー……」
諦めたような声を漏らしたあと、夏美はふっと息がかかる距離まで近づいてきた。そして小さく他の人に聞こえないように耳元で小さく囁く。
「ね、起きないと……頬にキスするから」
!?!?!?!?
俺は反射的に飛び起き、夏美から距離を取った。思わず頬に触れる。何もされていないはずなのに、そこだけ妙に熱い。
顔を上げると、夏美が可愛らしく微笑んでいた。
「おはよう、冬馬。顔赤いね」
さも自分は何もしていません、という顔だ。誰のせいでこうなってるんだよ。
「……おはよ」
声が少しだけかすれる。動揺しているのが自分でもわかる。
「起きたね。いい子。それじゃ昼ごはん食べよっか」
当然のようにそう言う。
「……秋人と食堂行く約束してる」
そう返すと、夏美は一瞬だけ目を細めた。
「そっか。じゃあ私も一緒に行こっかな」
——逃げ場、なし。
夏美すごい可愛いですね
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