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35歳無職、宝くじ3億円当選。従妹と即日婚約して不労所得生活始めました

作者: はせ

35歳、独身。趣味は「小さな幸せ日記」をつけること。

野良猫が鳴いた、挨拶を返してもらえた――そんな日々のかけらを10年間コツコツと書きためたその日、彼の世界は音を立てて崩れた。会社は倒産、彼女には振られ、家も失う。

だがその数時間後、奇跡が連鎖する。

サッカーくじで3億円当選。思い続けてくれた従妹との突然の婚約。不労所得で自由な生活。そして穏やかな新しい家庭。


「地道に生きるって、案外すごいことかもしれない」


――これは、毎日を大切に生きた一人の男が手にした、人生最大の幸福の物語。

「今日の幸せ。野良猫がこっちを見て、にゃーと鳴いてくれた。」


35歳、独身、彼の趣味は「小さな幸せ日記」を毎日書くことだった。通勤前にコーヒーを飲む時間、交差点で信号にぴったり間に合ったこと、スーパーでお気に入りのプリンが半額だったこと――何でもない出来事を、1日ひとつずつ、静かに綴ってきた。


10年近く続けたその日記は、その朝、ついに「1万個目の小さな幸せ」を迎えた。


彼はふと空を見上げた。雲は薄く、透けるような光に満ちていた。何かが変わる気がしていた。いや、希望というより、静かな達成感だった。


だが、その日の午前11時。


「……会社、終わった。今から2時間以内に荷物まとめてくれ。倒産だ。」


同僚たちの顔が青ざめ、泣き出す者もいた。だが彼は、意外にも冷静だった。


「終わったのか」とひとつ深呼吸し、長年使ったPCを静かにシャットダウンした。


職場を出た直後、スマホに着信があった。彼女からだった。だが開いたメッセージには、冷たい文字だけが並んでいた。


《ごめん。無職の人とは付き合えない。わたしの人生、計画があるから。》


心の底に、ふっと風が吹いたような虚無感。


全てが音を立てて崩れる感覚だった。


しかしそのとき、ふと彼の頭に浮かんだのは、先週駅前で買った「サッカーくじ」のことだった。週末の楽しみとして、何年も買い続けていたが、当たったことなど一度もない。


「まあ、どうせ今日暇だし……確認だけ。」


そう思って、スマホのカメラロールからくじの写真を開いた。コンビニのレシートと並べて写したものだった。


その場で検索した最新の当選番号を照らし合わせる。


「……は?」


一度見て、目を疑う。もう一度。何度も。


全部の番号が、完全に一致していた。


3億円。


彼の世界が、音もなく反転した。


手が震えるのを抑えながら、彼はそのまま銀行と連絡を取り、必要な法的手続きを調べた。SNSでは絶対に口外せず、静かに身元と口座を確認し、弁護士を通して受け取り手続きを始める。


そしてそのまま、彼は荷物を持って実家へ向かう電車に乗った。


実家には、従妹の彩が住んでいた。子供の頃、彼の両親が事故で亡くなったとき、彩の家が彼を引き取ってくれた。それ以来、兄妹のように育ってきた。


彩は、ずっと変わらない笑顔で出迎えてくれた。


「おかえりなさい。……ちょっと痩せた?」


「まあ……色々あってさ。」


食卓には、温かいお味噌汁と、炊きたての白いご飯。それだけで涙が出そうになった。


「話したいことが、たくさんあるんだ。」


彼がすべてを話し終えたとき、彩は少し涙ぐみながら微笑んだ。


「……お兄ちゃん、今までずっと頑張ってきたからだよ。」


「え?」


「私、ずっと好きだった。……兄妹じゃなくて、一人の人として。」


彼女は照れくさそうに視線をそらしながら、ふっと笑った。


「両親もね、最近ずっと言ってたの。『あの子と一緒になれば、安心だ』って。」


その夜、彼は彩と一緒に市役所に向かった。思いがけず静かな夜道に、蝉の声がまだ残っていた。


婚姻届けの欄を埋めていく手は、少しだけ震えた。


届け出を提出し終えた後、彩が言った。


「これで、毎日の小さな幸せは、ふたりで数えられるね。」


3億円のうち、2億5千万円はリスクを抑えた複数の国内外債権に分散投資し、年間800万円の配当が見込める設計にした。税金やインフレ、非常時の備えも専門家と相談して決めた。


残りの資金で、彩の家をフルリノベーションした。温かみのある無垢材の床、広いキッチン、猫が遊べるロフト付きの窓辺。静かな郊外の家は、ふたりにちょうどよかった。


「今日の幸せ。彩と庭にハーブを植えた。」


「今日の幸せ。朝の光が、すごくきれいだった。」


「今日の幸せ。ただいまって言ったら、彩がぎゅっとしてくれた。」


1万個を超えても、「小さな幸せ日記」は続いている。


そして今日もまた、一つページが増える。


「人生ってさ、やっぱり、悪いことばかりじゃないよな。」


彼はノートに、そっとペンを置いた。


春の柔らかな日差しが、レースのカーテンを通してリビングに降り注いでいた。

彼は大きく伸びをして、湯気の立つコーヒーに口をつけた。


その隣で、彩が静かに目を覚ます。


「おはよう。今日は何個、幸せがあるかな?」


「うーん……今の、この時間で、もう三つくらいあるかも。」


「早いね。」


「彩の寝顔がかわいかったこと、コーヒーがちょうどいい温度だったこと、そして……目が覚めたら、となりに彩がいたこと。」


「……そんなこと言われたら、私の幸せも三つ追加だよ。」


二人は笑った。


彼の日記には、幸せの記録が増えていたが、それはもう義務のように数えるものではなかった。

自然と心に湧いてくるものを、ただ書き留めておきたくなる。

宝物を箱にそっと入れておくように。


ある日、彩がふとつぶやいた。


「ねえ、お兄ちゃん。くじが当たったのって、本当に偶然だと思う?」


「え?」


「1万個も、毎日こつこつ幸せを集めた人に、何かが起こるって、あたりまえなんじゃないかなって思うの。」


彼は少し黙って、うなずいた。


「運っていうより、種をまいていたんだよね。ずっと。」


「うん。それで、奇跡っていう花が咲いた。」


彼は、あの最悪だった一日を思い出した。


会社がなくなり、家を追い出され、恋人には振られ――

けれどその全部が、導くための「はじまり」だったのかもしれない。


季節は巡り、庭には彩と一緒に植えたローズマリーやラベンダーが青々と茂っていた。


その年の秋、二人はささやかな結婚式を挙げた。近所の神社で、親しい人たちだけを招いての、静かで温かな式だった。


式のあと、彼は日記にこう記した。


「今日の幸せ。10年かけて1万の小さな幸せを集めたら、たった1日で、10万の幸せがやってきた。」


数年後。


「パパ、今日の幸せって、何?」


子どもに聞かれて、彼は笑った。


「そうだな。まずは、お前がここにいること。そしてママが元気なこと。あと、お昼に食べたカレーがすごくおいしかったこと。」


「ふーん。じゃあ、ぼくも書く。今日の幸せ帳!」


「それはいいね。パパもまた始めようかな。」


父と子が並んで、机に向かってノートを開く。外は夕暮れ。やさしい風が、カーテンをふわりと揺らしていた。


――人生に奇跡は、ほんとうにある。


でもそれは、突然降ってくるものじゃない。

地道に、丁寧に、日々を生きたその先に、ようやく咲くものなのかもしれない。


今日もまた、小さな幸せが一つ、そっと記録されていく。


彼の日記には、もう「数」は記されていない。

けれどそのページは、これまで以上に、やさしさと奇跡に満ちていた。

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