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金魚乙女は戦を泳ぐ- The Goldfish Valkyrie -  作者: 歌川金魚づくし
7/13

That hot mess girl ! 出目金!

きしは広間での異様な光景に戦慄した。

「一体何があったんですか!?」

五人の男女が座卓の前に行儀良く正座している。

そして全員の着物や髪が取り乱され、虚ろな目をして放心している。

「大丈夫ですか? 皆さんボロボロなんですけど」

青ざめるきしをよそに、出目金は平然と話し出す。

「きしさん、犯人は……」

「犯人は……?」

きしは固唾を飲み、次の言葉を待つ。


「犯人は私です」

庭師が自白した。

(犯人が自分で名乗り出た!)

「なに? ちょっと展開についていけなんだけど? 置いてけぼりなんだけど?」

真っ白になったきしの頭の中に雪崩のように疑念が押し寄せる。

「説明しよう!」

出目金は言い放ち、意気揚々と座卓に座る五人の周りを歩き出した。

「え〜まず、ここにいる全員を軽い拷問にかけました」

「へ? ご?」

思わず変な声を漏らすきし。

言葉の意味は理解できても、噛み砕くことができない。

「一番効率良く犯人を探すには、そう、拷問にかけて吐き出させる」

出目金は立ち止まると腰に手を当て断言する。

「これが最も確実かつ合理的な方法なんです!」


きしが庭で待機をしている間、出目金は広間に集まった全員を次々と関節技に掛けていたのだ。

「吐かないと腕をもぎますよ」

脅す出目金はどこか楽しげであった。



「……出目金、探偵って推理するものだよね? 拷問は推理とは呼べないよね?」

「確かに、推理とは呼べないかもしれません。ですが、既存の概念に囚われず、ルールすらぶち壊すのがそうこの私、出目金なのです。何しろ目ん玉が二つ飛び出ている金魚ですからね。目玉が突出してるなんてどう考えもおかしいでしょう。ですが、日本で最も親しまれ愛されている金魚でもあるのですよ、出目金は。よってきしさんの小さな計器で私を、私のやり方を計るなんてこれ、不可能なのです」

めちゃくちゃな詭弁を、さも正論かのように語る出目金に、きしは尚も食い下がる。

「そもそも、犯人以外はただ無駄に拷問を受けただけになってるけど?」

「えぇ、まぁそうです。でも、殺されるよりかは良いんじゃないですかねぇ?」

詰め寄るきしに、出目金は愚問だと言わんばかりに冷たい視線をぶつける。

「きしさん、合理的に考えてください。ここで犯人を取り逃してぇ、じゃあ次、誰かが殺されます、と」

出目金は説法をするようにきしに説く。

「こういうのってだいたい第二第三の被害者が出るのがお約束ですからね。一方、ここで軽い拷問には合いますけども、命は助かります、と」

出目金は座卓に座る五人に向き直る。

「どちらがより最善の結果になるか。普通の思考能力があればこれ、簡単に分かりますよね」

腕を組んで仁王立し、問いかけた。

「ねぇ、皆さん?」

「「はい、その通りです」」

まるで恐怖に支配されたように出目金に賛同する五人。

きしは五人の従順さに愕然とする。

どうやら拷問を経て、この場は完全に出目金の制御下にあるようだ。


もぅめちゃくちゃだぁ。

きしは目をぎゅっと瞑ると、現実逃避するように頭を抱える。


「いやぁ皆さん合理的な判断ができる方ばかりで助かりますね。ははは」

独裁者の顔で高笑いする出目金。

「出目金、これは流石に駄目だ。人間に危害を加えるなんて」

「きしさん、目的を遂行するためならば、ときには不道徳的な行動に出ることも必用なのです。なによりも! きしさんが好きなようにやってごらんと私に言ったのですよ? ご自身の言葉をお忘れで?」 

ハッとして、きしは返す言葉なく項垂れる。

出目金は不服そうに頬を膨らませた。


確かに自分の責任だと思った。出目金のことはよく知っているのに、全てを彼女に一任してしまったのは自分自身だ。

きしは諦めて遠くを見ながら本部に出す始末書をどう書こうかなぁ、と考え出した。


「出目金さんの言う通りです」

市郎の温厚な、それでいて固い意志を伴った声が広間に響いた。


ふと市郎を見たきしは、ぎょっとして後退った。

市郎は出目金の拷問で顔を殴られたために頰が膨れ上がり、瞼の上にあるたん瘤で目が半分も開いてない。

凹凸の激しい醜悪な面がそこにあった。 


(イケメンがボッコボコにされてるー!)

きしは面食らい唖然とする。当の市郎本人は顔の事など一切気にしていない様子で飄々と続ける。

「僕も父上が自害するとは考えられませんでした。あの人が自らを省みるような人間ではないことは、息子である僕がよく知っています」

女中は思うところがあるのか、目を伏せる。

「出目金さんのおかげで犯人が分かったのです。やり方は少し強引かもしれませんが、僕は感謝してますよ」

有り難うございます、と頭を下げる市郎に対して、誇らしげに頷く出目金であった。



穏やかな午後の日差しが広間に注ぐと、暖かい空気が皆を包みこんだ。



きしは「いや、なんか良い感じの終わり方になってるけど、やってること無茶苦茶だよ」と呟いた。




--パンッ

出目金は手を叩いて視線を集めた。

「え〜ではですね、皆様にご納得頂いたところで、はい、では犯人さん。え〜まぁどうぞ」

そして雑な進行を始めた。

「わ、私は……」

庭師は話しだした。


「予め竹で刃の形にしたものを作り、それを柄に留め、鞘に納めて旦那さまの部屋に置いておいたのです。中は竹ですが見た目は普通の刀です。竹は庭の横に生えている竹林から調達しました」

「なるほど、竹でできた偽物の刀を部屋に置いていた、と」

出目金はふむふむと聞くとそれで?と続きを促す。

「旦那さまがご自身の部屋で見慣れない刀を見つけたらなら、必ず手に取るはずです。そして、その刀を手にした瞬間を狙って斬りました」 

「確かに人は急に襲われたら、反射的に脇に差してある刀ではなく自分が今、手に持っている刀を抜こうとするでしょうね」

きしもここまでは納得できた。一点を除いては。

「はい。旦那様が竹の刀を構えた瞬間、その竹ごと旦那様を斬りましたです」 

「なるほど、剣術の師範代であった父上を、正面から斬ることができた理由が分かりました」

市郎は庭師に目を向けるが、その瞳には父親を殺された憎しみはこもっていない。


「そのあと、旦那様が握っている柄だけを残して目釘を外し、私の使った刃と旦那様の竹の刃を取り換え、また目釘で固定し直しました。竹は箪笥を支える柱に使いました。箪笥を斜めに傾けて、下に差し込んだのです」

「部屋に落ちていた竹の破片はそれだったのですね」

出目金はふむと一人頷く。

「はい。時間が立つと箪笥の重みで竹が折れて、箪笥が倒れる大きな音がするように。竹の刃が粉々になれば証拠隠滅にもなりますし」

庭師は下を見たままとつとつと話し続ける。

「竹の刃が箪笥を支えている間に返り血を浴びた着物を着替えて、あとは皆様のいる床の間へ行き、お茶の用意などをしておりました」


右近は庭師が言い終えたと同時に立ち上がり、庭師を指差し凶弾する。

「お、岡っ引き! 主人殺しは死罪だぞ! 岡っ引きを呼べ!」

「待ってください」

市郎は右近を止め、庭師をじっと見る。

「まだ隠していることがあるんじゃないですか?」

きしも抱いていた疑念を投げかけた。

「刀と鞘はどうやって用意したんですか? かなり上等なものに見えましたが」

「盗んだんだ! こいつが盗んだんだよ! そうだ、勝手に! この薄汚い強盗め! 強盗なんて市中引廻しの拷問の刑だぞ!!」


出目金は目を細めて右近へとゆっくり近付く。

「急によくしゃべるじゃないですか。怪しいですねぇ」

右近は「え?」と声を上擦らせ、後へじりじり後退する。

出目金はなお、右近へ詰め寄る。

「こういうときってぇ、真犯人をなじるやつは、だいたい何かの罪を持ってるのがお約束なんです。はい」

「な、なんだと! 証拠がある……の……で、ごさいますか?」

右近は勢いで話しだしたが、先程拷問を受けた恐怖からまともに出目金を見ることができず、目を泳がせた。


市郎は落ち着いて、でも威圧感を持ってして庭師に問いかける。

「庭師さん、この犯行を計画し指示した者が他にいるんじゃないですか? 答えてください」

「いいえ、そんな人いませんです。全て私一人で考えました。私は仕事で旦那様にキツく当たられてましたから。恨みはそりゃもぅ溜まってましたよ」



庭師は思った。

例え拷問されようが娘を守るために口を絶対に割らない、と。

庭師は、右近に先刻言われたことを反芻した。

「もし犯行がバレてもお前一人で捕まれよ。お前の目的は病気の娘を療生所へ連れていくことだろ。俺の言う通りにしてくれたら金は勿論渡す。だが、俺まで捕まったら娘を療生所へ通わせる奴がいなくなる。だから、もしバレることがあれば全てお前一人で計画実行したことにしろ。まぁ安心しろ。お前が捕まったあとも娘の面倒はちゃんと見てやるよ。何しろ兄貴の相続は全部俺一人に回ってくるからな」

庭師は「約束ですよ! 必ず娘を養生所へ!」と右近へ縋った。 

「金はたんまり入ってくるからな。俺に任せろ」

打算的な笑みを浮かべる右近を完全に信じることはできないが、どんどん容体が悪化していく娘を見ていくことに庭師は耐えることが出来なかったのだ。藁にも縋りたいほどに。



「罪に問われるなら一人で死ぬ」 

庭師は覚悟を決めていた。


(馬鹿なやつ。お前の娘の面倒なんて見る訳ないだろ。薄汚い娘には野垂れ死にがお似合いだぜ。まぁこの調子なら俺は無罪で済むな)

右近は庭師の様子を見て安堵し、にやりと笑みを浮かべた。


突然、出目金は右近に背後から馬乗りになり関節技をかけながら指の骨を折り出した。

「ポキ」

「ポキ」

鈍い音が二つ続けて鳴る。

「ぎぇえ!! いててててて!!」

「けっこう良い音を奏でますね。人の指って」

叫ぶ右近の耳元に、出目金の潤った桃色の小さな唇がそっと近づくと、鈴の音のような声で囁いた。

「指は手と足、全部で二十本。さぁ、何本まで耐えれますかねぇ? あ、そうだ、ついでに爪も剥いじゃいましょうか?」

「きゃあああ! 痛いぃ! 言う! 言うからやめてぇ! もぅいやぁあああ! 許してぇええ!」

右近は涎と涙と鼻水を撒き散らしながら許しを請う。


きしは出目金を後から抱え、右近から引き剥がした。

右近は出目金の前で正座しており、震えながら号泣している。

「ヒック、ひどいわ、こんな、ヒック、ううぅヒック」

右近の着物ははだけ、汚い肩が露わになり生娘のように怯えている。


「吐け」

出目金は無表情で右近を見下し端的に命令する。

「わ、わ、わ、私め、が」

右近は極限の恐怖で喉が渇き、上手く声を出せない。

「う、私が庭師に指示しました。ど、ど、動機は、兄上の財産と相続権利を取ることです。に、にに庭師に病気の娘がいるのは知っていたので、養生所に通わせることを条件に兄上の殺害依頼をしました、あああ、けけけけ計画考えたのはぜぜぜ全部私です」


「相続が目的なら僕も殺そうとしていましたね? 父上が亡くなった後は長男である僕が家を継ぐことになりますから」

市郎は冷静だが、刺すような冷たい声で右近へ問いかける。

「……」

右近は図星をつかれ、思わず視線を逸らす。


市郎は右近を侮蔑するような眼差しを向けると、踵を返し庭師の方へゆっくり歩みよる。そして項垂れている庭師の横に屈んで、優しく話し掛けた。

「漢方で良かったら、娘さんの薬を調合してあげますよ」

「えっ」

突然のことに庭師は驚き、目を見開いて市郎を見上げた。

「でも、私はあなたの父上を…」

「あなたの罪と娘さんの病気は別です」

市郎は何でもないことのように続ける。

「僕は四年間、漢方を集めるために日本中を周っていました。病気の方が立場や給金に関係なく気軽に薬を飲める世の中になるように」

庭師は両目に涙を貯めて「ううう」と呻くと、畳に頭をつけ嗚咽する。

「宜しくお願い、します。ど、どうか娘を、娘を」


市郎は庭師の肩に手を当て、慈愛のこもった表情で頷いた。がしかし、顔の凹凸が激し過ぎる故、誰にも彼の表情は読み取れないのであった。






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