メンタル屈強乙女、出目金。
屋敷の大広間にはきしと出目金、そして事件関係者が集められた。
広間はいかにも富豪らしい真作が集められており、漆塗の棚には壺や掛け軸、小さな文箱などの逸品がところ狭しと置いてある。
真ん中には二畳ほどあろうかという大きな一枚板の座卓が置いてあり、きしと出目金は下座で立っている。そして、座卓を囲むように右近、右近の嫁、女中、市郎、庭師の五人の男女が座っている。
全員の訝しげな視線を集めながら、出目金は無表情で淡々と話し始めた。
「とりあえず皆さん、お集まり頂いてありがとうございま……」
--バンッ!
「おいっ余所者! いきなり呼びつけて無礼だぞ!」
出目金の一言を遮るように座卓を叩いて声を張り上げたのは亡くなった左近の弟、右近である。
隣にいる右近の嫁は黙ったまま下を見つめる。まるで、私は関係ありません、興味ありませんという体だ。
嫁の向いに座っている女中は「じ、じ、事件の犯人がわ、分かったと、聞いたんですけど?」と怯えながら目を泳がせる。
女中の隣には年老いた庭師の男が口を一文字にして、一点を見つめたまま無言を貫いている。
「僕は構いません。犯人がいるなら捕まえるのが先決です」
市郎は奥に一人で座っており、落ち着いた口調で叔父を諭すように話した。
右近はそんな市郎を忌むように睨みつけ「ちっ。俺は忙しいんだ。四年間もふらふらして、最近やっと帰ってきたような道楽息子と違ってな!」と吐いてすてた。
「確かに。僕が留守をしていた間、叔父さんが屋敷を取り持ってくださったこと、感謝しております」
「ふんっ。そのなりだ。どうせ江戸で歌舞伎か何かにハマって遊んでたんだろ」
「……」
市郎は朗らかな表情を崩さず叔父の嫌味を聞き流す。
「皆様、大変なご無礼を申し訳ございません。これからこの者が事件を解決しますので何卒ご容赦を」
きしは小声で確認する。
「出目金、犯人がわかったんだよね?」
「いや、まだ分かっていませんよ」
出目金は平然と応える。
「……」
きしは閉口した。市郎に犯人が分かったので皆を広間に集めて欲しいと頼んだのだ。
「分かりましたきしさん。直ぐにこの屋敷にいる全員を集めます」
「はい。市郎様、宜しくお願いします」
「ところできしさん、お隣の女性は? きしさんお一人で来られたとばかり……」
市郎はきしの横にいる出目金に目を向けた。
「申し訳ございません、市郎様。挨拶もさせずに大変失礼いたしました。この女は大層な人見知りでして、今まで隠れていたのです」
きしが取り繕うと、市郎も特に気にすること無く相槌を打つ。
「はぁ、さようですか」
「今はもぅ慣れたようでいつも通り振る舞えております。ね? 出目金」
出目金は堂々としらを切る。
「出目金です。ご挨拶が遅れました。きしは私の助手です。きしは無作法者でさぼり癖もあり、怠惰で卑怯な男でございます故、仕事をきちんとしているか心配で、この私が物陰から見張っておったのです」
「……」
きしは悲しげな顔で出目金を見つめるが、出目金の方はきしには一切目もくれず澄んだ瞳で前を見据えていた。
広間にて余裕の表情を見せる出目金とじわりと焦り出すきし。
「まぁ、大丈夫ですよ。私に任せてください。策は練ってますから」
「……うん。分かった」
きしは今更もぅ後には引けないし、出目金のやりたいようにやらせようと腹を括った。
「とりあえず俺は出目金の気が済むまで付き合うからさ、出目金の好きなようにやってごらん」
出目金は言われなくともそうしますけど何か?という顔で頷くと、座卓に座っている五人へ話しかけた。
「事件当時、この屋敷にいた方はこれで全員ですか?」
「あ、はい。さようです」
女中は素直に応える。
「なるほど。で、さっき、きしさんから聞いたんですけど、この屋敷に辿りつくには、関係者しか知らない目印が施されている獣道を通る必要がある。つまり、部外者はこの屋敷に入れない、ということですね」
出目金は目を見開くと、ことさら声を大にした。
「つまり! 犯人はこの中にいる!」
「……」
一同が静まりかえる中、出目金は腕を組みふんぞり返った。
(その台詞を言いたかったのか)
きしは出目金の満足気な顔を伺う。
「馬鹿かお前は。兄様の手には兄様の血の付いた刀が握られていただろう。兄様は自害されたのだ。話しはこれで終わりだ」
右近は付き合ってられん、と席を立とうとする。
「自害にしては、あの傷跡は不自然過ぎます。まるで真正面から斬りかかられたような傷跡でしたから」
出目金は抑揚のない口調で説く。
「でも、私達は物音がするまで皆同じ床の間にいたのよ。私達が犯人なんてありえないわ。でしょ?」
右近の嫁に同意を求められ、女中も応える。
「はい。大きな物音がして右近様に見に行くように言われて、私が部屋に最初に入りました。そしたら旦那様はもぅ……」
「では、第一発見者はあなたという訳ですね。だいたいこういうときの犯人って第一発見者なんですよね」
出目金は女中を睨む。
「えっ? わ、私ですか?」
「出目金、ちょっと待って、こじつけだよそれは」
きしは慌てて割って入る。
市郎は少し申し訳なさそうに切り出した。
「あの、僕からも良いですか? 父上は師範代で剣術の腕に関しては叶うものはいません。そんな父を真正面から斬りかかるなんて僕や叔父、ましてや女性には絶対に無理です。この家どころか近くの村の中でも父より強い剣士はいません。それに物音がしたときは僕はきしさんと一緒にいましたし」
(とすると全員にアリバイがあるのか)
きしは独り言ちる。
「コホンッ」
出目金は咳払いをすると他人事のように宣った。
「まぁまぁ、それは一旦置いておきましょうか」
(おいたー!?)
きしは冷や汗が出る。
(なんかもぅ無理そうだなぁ。推理が破綻しちゃって取り返しつかないよ……)
右近は「こいつ、馬鹿すぎる……」とどん引きし、驚愕の眼差しを出目金に向ける。
出目金は場の白けた空気には気にとめず、何故か堂々としている。
「本来であれば皆さんの証言を集め、検証し、矛盾点を導き出すのが常套手段です。ですが! そんな回りくどいことをしなくとも、この、名探偵美少女出目金である私が事件をスイス〜イと解決します」
何言ってるんだこいつ? という視線を集めるが、意に返さない出目金は声高に宣言する。
「そうですねぇ。今から四半刻以内に真犯人を当ててみせましょう!」
突然の一言に騒然となる。
「どうやって?」
きしも目を丸くして出目金を見る。
「きしさん。あなたは一度部屋の外へ出てください」
「え? なんで俺だけ?」
「きしさんは感情で行動する方ですからね。その点私は論理的思考を持ってして、物事を速やかに正確に判断できます。よってきしさん、あなたがここに居て、私情を挟むとかなり邪魔なんすよね。はい」
「……? なんか良く分からないけど、分かった出目金」
「犯人が分かり次第呼びに行きます。睡蓮鉢の辺りで待機しててください」
納得できないまま広間を出ていくきしを、出目金はほくそ笑みながら見送った。
きしは屋敷の広い庭に置かれている睡蓮鉢の横にしゃがみ込んでいる。
「出目金がやる気満々だから任せたけど、早目に退散した方が良いかもなぁ」
そして立ち上がりながら「よし、帰る支度しよ」と清々しく諦めた。
そんなきしの前に、出目金が軽い足取りで歩み寄ってきた。
「きしさん、お待たせしました。犯人が分かりました」
出目金は事も無げに言ってのける。
「どうやって!? 完全に推理破綻してたよ?」
「言っはずです。『策は練ってます』と」
「す、凄いね出目金! 偉い! 賢い! まさか本当に真犯人を捜せるとは思っていなかったよ」
出目金はしたり顔でニヤリと笑う。
「中で詳しくご説明しますよ。さ、戻りましょう」
「うん!」
得意気に屋敷へ戻る出目金の後を、きしはほくほくとした顔でついていった。